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2009.06.1320:05

ブーンたちは漂流したようです

レミングという動物を知っておられる方は多いのではないでしょうか。
彼らには集団自殺をするという極めて稀な習性を持っているということで有名です。
なぜ自殺をするのか。それはつまり、個体数を調整するためである、と。
生物を取り巻く環境には、収容力、つまり個体数の上限があります。
それを超えて繁殖してしまうと、その生物はやがて環境に受け入れられなくなり、絶滅します。
アリゾナ州のシカがなどがその一例として挙げられるでしょう。
人の手によって外敵を失ったシカ達は爆発的に繁殖し、やがてはえさを食べつくして消えていきました。
さて、レミングの話に戻りましょう。
彼らは数年に一度大発生することで知られています。つまり、個体数の上限を突破してしまうのです。
そうなった時、彼らは集団での移動を始めます。
そして一部が海岸から海に入って溺れ死ぬ、その様子が集団自殺の例として挙げられるのです。
森林におけるレミングの数が異常に増えてしまった。
このままではいずれ環境に適応できなくなり絶滅してしまう。
そこで彼らは集団自殺を行うことによって個体数を減じて種を存続させようとするのです。
これはつまり、個体が集団を優先させたという顕著な事例なのです。
生物の第一目的とは種の存続なわけですから、
このような行動が発生してもなんら不思議なことではないのです。
……というようなことが、さも真実であるかのように語られている節があります
しかしこれは、全くの虚偽であるのです。
レミングは決して種、或いは集団の利益を優先しているわけではないのです。

・・・

・・









―プロローグ 「およそ零秒間の消失」―

その日、その時。
テスト期間中でクラブも無いというのに、ブーンは放課後になっても学校から出て行くことがなかった。
彼は今日こそツンに告白しようと心に決めていたのである。

幼馴染である彼女を少し用事があるといって教室に待たせている。
彼女は何を疑うわけでもなく、

ξ゚⊿゚)ξ「まったく……はやくしなさいよ!」

と言って承諾してくれた。
多分、鈍感なのだろうとブーンは推測している。

掃除当番の生徒から無理矢理引き受けたゴミ捨てを終えて、教室に帰るまでの少しの距離。
思考時間とするにはあまりに短すぎた。
言葉が思いつかない。そのくせ、ツンを待たせているという焦燥感から歩調が自然と早まる。

いつの間にか、彼は教室の前まで来ていた。
もう時間はない。ツンがすぐそこにいる。
教室に入った。




ξ゚⊿゚)ξ「もう、用事ってなんなの?」

カバンを担いだツンが呆れ口調で言う、最早ほとんど聞こえていない。
声が聞こえるほどに距離を詰める。

(;^ω^)「ツ、ツン」

平静を装う。心臓が狭い体内でもがいている。
声が震えているようだ。ツンに気づかれているだろうか。

ξ゚⊿゚)ξ「何よ」

(;^ω^)「あ、あの……」

頭のコンピューターがオーバーヒートを起こしている。
最後に提示した答え。
直球で行けと。

(;^ω^)「ぼ、僕……」

時が訪れた。

(; ω )「僕、ツンのことが好きなんだお!」

ツンの目が見開かれた。
賽は投げられた――はずだった。
後は答えを待てばいい――はずだった。

彼女が口を開きかけたとき、ブーンは消えた。
その世界から、完全に消失した。


・・・

・・




その日、その時。
ペニサスは街角に立っていた。
視線の先に、想い人がいる。彼は友人と帰路を共にしていた。

壁に隠れながらついていく。
瞳は彼を捉えたままだ。
純粋な笑顔を浮かべる。そうやっていることが今の彼女にとって最上の幸福であった。

常に彼の傍にいるということ。
それは、つい一ヶ月前までは当然のことだった。

ペニサスはその男と付き合っていた。
彼女が告白すると、その男はあっさりOKしたのである。
およそ三ヶ月間、彼女は男に尽くしていた。

しかし、終わりはあっけらかんとしたものだった。

つまり、彼女は知らなかったのである。
いや、そのイノセントな双眸に入らなかった闇の部分ともいえるだろうか。

男が所謂プレイボーイであったという事実。
ペニサスとの関係が、遊びでしかなかったという事実。

悲しみが一時期彼女を包んでいた。
しかし、彼女はいつしかその事実を都合のいいように脳内変換した。
傍から見れば矛盾まみれでしかないような、妄想物語に。




ふと、男が後ろを向いた。一瞬、視線が交錯する。
ペニサスは慌てて電柱の影に隠れる。
男は吐き気でも催したかのような表情を浮かべると、再び歩き始めた。

ペニサスは笑った。無邪気に笑った。
脳内変換は強固だった。
全てがポジティブな方向に働いている。

見失いそうになったので、追跡を再開する。
どこまでもどこまでも男を求め続ける。
そうすることが自分だけでなく、相手にとっても幸福だと信じきっていた。

友人と会話を交わしていた男が、再度振り向いた。
今度は完璧に隠れることができたと思った。
ゲーム感覚だ。ペニサスは楽しんでいる。

影から様子を伺う。男が友人と共にこちらへ近づいてきていた。
彼女の胸が躍る。

頭の中には「あの人がもう一度私にチャンスをくれる」その選択肢だけが焼きついている。
険しい顔の男が目の前まで近づいてきた。至近距離に立つ。

('、`*川「なに?」

平静を装い、しかし心を期待で満たしてペニサスは言った。
男は拳を振り上げる。

男がペニサスを殴ろうとした瞬間、ペニサスは消えた。
その世界から、完全に消失した。


・・・

・・



その日、その時。
ドクオはいつものように部屋に篭ってゲームに勤しんでいた。
最早中毒である。お気に入りのキャラクターのレベルは500を優に超えていた。
プレイ時間は如何ほどか。数百時間ではきかない程度には達している。

('A`)「……よし、ここは同時攻撃すれば経験値が……」

挙句の果てには、画面に向かって喋りだす始末である。
無理も無い。他に話し相手がいないのだから。

少し前までは一人いた。母親である。
高校一年の夏から一年以上も引き篭もり続けている息子を心配して、
何度も何度もドア越しに声をかけていた。
それを、ドクオは全て尖った態度であしらってきた。
全て面倒なのだ。何も考えたくない。

彼の、六畳の世界はあまりにも安らかだ。

いつしか、母親の声もなくなっていた。
食事は深夜、寝静まった頃に適当に摂る。
動かないので腹も減らない。風呂も同時に済ませる。
トイレだけはその都度済ませるしかないのが厄介なところだ。

('A`)「あー、そっちじゃねえだろ……バカか」

醜い顔でテレビに映る敵キャラクターを罵る。
そのうち、彼は尿意を覚え始めた。




時刻は夕方。ドアを開け、薄暗い廊下の様子を伺う。物音一つ聞こえない。
母親は外出中だろうか。廊下を歩き、便所に向かう。

('A`)「ッ……」

意味も無く舌打ちをして、彼はトイレを済ませる。ドアを開ける。

('A`)「うぉっ……」

至近距離に母親が立っていた。
顔を若干俯かせ、哀しそうな、そのうえで何かを決意したような目がドクオを見据えている。

J( 'ー`)し「ドクオ……」

('A`)「なんだよ」

驚きから解放されないままドクオは答える。

J( 'ー`)し「ゲームは楽しいかい?」

('A`)「うるせえ、さっさとどけよ」

右手で母親をどかそうとした時、ドクオは彼女が何かを握り締めていることに気づいた。
包丁だった。

J( 'ー`)し「ねえ、ドクオ……」

一緒に死のう。
母親がそう言ったとほぼ同時、ドクオは消えた。
その世界から完全に消失した。


・・・

・・




その日、その時。
ハインリッヒ高岡は家出して三日目の午後を迎えていた。
繁華街は時間に関係なく狂騒が渦巻いている。
その片隅。細い路地の中で彼女は座り込んでいた。

从 ゚∀从「さーって……これからどーっすっかなあ……」

頬についた痣を気にしながら、彼女は所持品の確認をする。

从 ゚∀从「金が……ありゃ、千円札がねえな……掏られたか!?
      そういや昨日使ったっけか」

小銭が不幸な音をたてる。
溜息をついたところで、金が増えるわけでもない。

从 ゚∀从「こんなにすぐに鈍詰まりになるたぁ……ついてねえ、マジついてねえ」

運というよりは、必然の結果と言ったほうが正しいのだが。
夕空に雲が流れていく。
自分以外、何もかもが平和であるように思えてきた。




从 ゚∀从「んー、どこぞのオッサンに買ってもらうか、
      いや、そういえばそこのコンビニ、結構イケそうだったな」

とりあえずの生き延び方についてあれこれ思案するハイン。
そんな彼女の前に、一人の男が立った。

从 ゚∀从「……独り言聞くなんて趣味悪ィな」

ミ,,゚Д゚彡「つい通りかかったんだよ。それで、おいくら?」

黄色い歯を見せて笑う中年の男。
ハインはしばし考えて、右手でパーを作った。

从 ゚∀从「五千円で」

ミ,,゚Д゚彡「そりゃお買い得だねぇ」

从 ゚∀从「ありゃ、そうなのか」

ミ,,゚Д゚彡「えへへぇ、そそれじゃあ行こうか」

手を差し伸べられたが、ハインは自力で立ち上がる。
そのまま路地を抜け、騒々しい道路を歩く。

楽しいなあ、世界。
そんなことを思ったと同時、彼女は姿を消した。
その世界から、完全に消失した。

―――――――――――――――――――――――――


・・・

・・



いつか、どこかで。
一人の男が頭を抱えた。
完全なる失敗だった。予定数の十分の一にも満たない。
これでは再生は不可能だ。
果てに、笑うしかなかった。





十月六日 午後四時二十七分五十一秒。
その世界から四人の人間が消えた。
全員が黄色人種、十八歳。男子二名女子二名。
彼らそれぞれに何の因果関係も無い。完全なるアトランダムに摘出された。

育たない種が撒かれた。






―第一章 「殻世界」―

セーラー服姿の女が二人。
一方は清潔、他方は薄汚れている。
同じく制服姿の男が一人と、野暮ったい私服の男が一人。

計四名。見ず知らずの者同士が一堂に会してできることといえば、
ただただ沈黙することぐらいである。

最初は皆、それぞれ違った動作で驚きを表していた。
無理もない。個々の事情があるし、この場所が未知ということもある。
やがて、汚れたセーラー服……ハインが声をあげた。

从 ゚∀从「どこだ、ここは」

( ^ω^)「……」

言われてブーンも周囲を見回す。
だだっ広い部屋だ。体育館ぐらいの大きさがある。
天井、床、壁面その全てが白色に染まっている。
電灯らしきものは見えないが、明るい。
まるで空気を構成する原子一つ一つが淡く輝いているかのようだ。

遠くのほうに扉が一つだけ見える。
それだけだ。
それだけの空間に、彼らはいつしか突っ立っていたのだ。




从 ゚∀从「お前、何か心当たりあるか?」

( ^ω^)「え、いや、無いですお」

从 ゚∀从「俺にもねえや……んー、なんだ、何が起きた?」

伸び放題の髪をがしがしと掻き毟り、今度はペニサスのほうを向く。

从 ゚∀从「なぁ、お前」

('、`*川「ジョルジュくん、何をしようとしたんだろう」

从 ゚∀从「あ?」

('、`*川「手を挙げて……。
     あ、そうか。抱きしめようとしてくれたんだ。
     もう一度好きだって言ってくれようとしたんだぁ……」

从 ゚∀从「なんだ、こいつ」

本人は独り言のつもりなのだろうが、その場にいる全員の耳に届くほどの声量である。
お花畑で遊んでおられる。
少なくともブーンはそう判断したし、ハインも同様のようだった。




从 ゚∀从「お前はどうなんだよ」

ハインの矛先が、未だぼんやりと立ちつくしているドクオに向く。
彼は一度身体を震わせてから、おずおずとハインを見やった。

('A`)「あ、いや、その……」

从 ゚∀从「何か心当たりあるのか?]

('A`)「あ、え……」

何にイラついているのか、彼は一度舌打ちした。
しかし口から出る言葉は不明瞭なものばかりで、とても理解には達しない。
まるで他人と話すのは初めてというような口ぶりである。

从 ゚∀从「もういいよ、はっきりしねえ奴だな」

諦めたハインは再びブーンのほうを向く。
どうやら、一番まともに会話ができると判断されたらしい。

从 ゚∀从「ま、ともかく誰も心当たりが無いみたいだ。
      どうする」

ブーンは首を捻った。
何もかもわからぬまま、考えをめぐらすことも不可能である。
遠くに部屋から出る唯一の手段が見える。
先ほどからのハインの言動から考えて、外に出て行こうとするのではないかと思った。
そして次の瞬間、彼の予感は的中したのだ。




从 ゚∀从「とりあえず出ようぜ。ここには何もないみたいだ」

装飾品一つない部屋。確かに何かを疑う余地もなさそうだ。

( ^ω^)「で、でも、もしも誘拐されたりとかしてたら、どうするんですかお?」

从 ゚∀从「誘拐ねえ……っても、俺ら互いのこと知らないっぽいしなあ。
      何か共通点があるとも思えねえし、そもそも誘拐されたって記憶も無い」

それはそのとおりである。
ブーンにしても、彼はあの時教室で、しかもツンの目の前にいた。
それから一秒も立たずにここへ移動してきたのである。
気絶した覚えも無い。しかし、誘拐とでもしなければ合理的な説明ができない。

(  ω )「……ツン」

大体、もう少し空気を読めと言いたい。

从 ゚∀从「どうした?」

( ^ω^)「いや、なんでもないですお。
      ここから出るんですかお?」

从 ゚∀从「まずその敬語をやめろ、気持ち悪い。
      出る以外、何もやることねえだろ?」




ごもっともだ。しかし、いまいち踏ん切りがつかないのも事実である。

从 ゚∀从「何ボサッとしてんだよ。ほら、行くぞ」

一人で行けばいいのに、とも思ったが、殴られそうなので心の中で留めておく。

(;^ω^)「わ、わかりま……わかったお」

从 ゚∀从「お前らはどうすんだ?」

未だにぶつぶつと何やら呟き続けているペニサスと、挙動不審なドクオに尋ねる。
二人とも、特別反応を示さなかった。
その気持ちも、ブーンにとってはわからなくも無いのだが、ハインにはただただ鬱陶しいだけのようだ。

从 ゚∀从「ったく……」

溜息混じりに吐き捨てると、彼女は扉に向かって歩き始めた。
ブーンもそれに追随する。
結局残り二人も付いてきた。

およそ間抜けな行進が沈黙のままに続いていく。
大きな取っ手も何も無い滑らかな青色の扉の前にたどりついて、一同ぴたりと足を止めた。
一瞬の間。その扉は自動で開かれた。




( ・∀・)「おや」

扉は細い通路に繋がっていた。
明るさは全く変わらず、むしろ違和感を覚えるほどである。

そして、目の前に男が立っていた。三十代半ばに見える。
彼は四人を物珍しそうに観察してから、柔和な笑みを浮かべた。

( ・∀・)「どうしてここから出てきたんですか?」

从 ゚∀从「こっちが聞きてえよ!」

ハインが怒鳴る。

( ・∀・)「いや、私もね、いつかここから人が出てくるとは聞かされていましたが……
      この扉はどうやっても今まで開きませんでしたから」

从 ゚∀从「どうでもいい。それより、ここはどこだ?」

( ・∀・)「殻世界ですね、おそらくは」

やけに客体的な口調で男はそう告げる。

从 ゚∀从「からし……なんだって?」

( ・∀・)「殻世界。少なくとも私達はそう記憶しています」

从 ゚∀从「わかんねえな」

ハインは大仰に首を振った。




从 ゚∀从「とにかくな、俺達はわけもわからんままにここに来て迷惑してるんだよ。
      だからさ、帰りたいの。わかるよな」

( ・∀・)「そうもいかないんですよ。
      なぜなら、私の意志であなたたちがここに来たわけじゃありませんから」

从 ゚∀从「じゃあ俺らをつれてきた奴のところに連れて行けよ」

( ・∀・)「それも無理ですね。少なくとも、この世界に居る人達は誰も知りませんから」

ハインの頬が小刻みに揺れる。
拳の形をつくった手が持ち上がりかかっている。
「とりあえず」と、男は彼方を向いた。

( ・∀・)「出てきた人たちを受け入れるように、と命令されています。
      ついてきてください」

そう言うと、彼は答えも聞かずに歩き始めた。

从 ゚∀从「おい、ちょ、待ちやがれ!」

華麗に無視。
脳の血管を切って殴りかかろうとするハインをブーンが慌てて静止する。

(;^ω^)「ま、まぁ落ち着くお! 殴ってもどうにもならないお!」

从#゚∀从「うっせえ!」

(;^ω^)「一応ついていくしかないお……あの人、何か知ってるみたいだお」




そんなやり取りを背後にしても、男は全く反応を見せない。
もしかしたら彼らをあざ笑っているのかもしれないが、
それはブーンたちに知れることではないのだ。

四人は男についていく。
皆、少々心細げであるのは確かだ。

通路はどこまでも続いていく。
ここも白色だけが取り囲んでおり、いつしか遠近感さえ失くしてしまっているような錯覚に陥る。

( ・∀・)「一応、お名前を教えていただけますか。
      ああ、私はモララーといいます」

( ^ω^)「ブーンですお」

後が続かない。
ブーンが後続の三人を促して、やっと彼らは名乗った。

('、`*川「ペニサス」

('A`)「あ、ど、ドクオ……です」

从#゚∀从「ハインリ……ハインでいいや、畜生」

やはり、ハインは虫の居所が悪いようだ。




( ・∀・)「しかし、私の仕事も今日で終わりですねえ……いやはや、感極まる思いです」

抑揚の無い声でそう呟くモララー。

从 ゚∀从「なんだ? てめえいっつもあそこにいたのか?」

ハインが嘲り口調で尋ねる。
すると、彼は首を振って肯定した。

( ・∀・)「それが私の仕事でしたからね」

予想外の答えを聞いて、ハインはしばし黙り込んでしまった。
そして、「気持ち悪ィ」とひとりごちる。

やがて、先ほどと同じような形状の扉が見えてきた。

从 ゚∀从「あの先には何がある?
      それぐらいは答えられるだろ」

( ・∀・)「そうですねえ……あの先には、受付があります」




そのとおりだった。それはまるで役所の風景。
幾人かの人間が行き交い、カウンターでは老人が受付の女性と話し込んでいる。

とはいえ、それなりの設備があるわけではなかった。
コンピューターや書類の類は見受けられない。
代わりに、見たこともない大きな電子機器がいくつか、カウンター内にある机に設置されていた。

モララーはカウンターの中に入って奥へと進んでいく。
付いていく途中、老人と受付の会話が聞こえた。

/ ,' 3 「なぁ、どうにかならんもんか?
    老人を痛めつけても幸福は降りてこんぞ」

从'ー')「そう言われましても……」

/ ,' 3 「ほれ、一つか二つじゃないか、繰り上げてはもらえんか?」

女性は返答に困っているようだが、ブーンたちには一体何の会話であるかもわからない。

( ・∀・)「しょぼんさん、来ました」

モララーの声に一番奥の机で紙に何やら書き込んでいた男が顔をあげた。

(´・ω・`)「……ああ、例の?」




こちらも、モララーと同年代ぐらいであろうか。
幾分若く見えるが、実年齢がそうというわけでもない気がする。

( ・∀・)「それで……明日から自分は何をすればいいんでしょう?」

(´・ω・`)「ま、そのうち考えておく」

( ・∀・)「わかりました」

無気力な会話を済ませると、モララーはその場にいる全員に向けて一礼し、
何処かへと去っていく。残されたブーンたち四名としょぼんという名らしい男。
居心地悪いことこの上ない。

(´・ω・`)「……ええとね、何から説明すればいいんだろうね。
      あ、僕は殻世界でいろいろやってる、内部機構のしょぼんっていうんだ。
      どうぞよろしく」

从 ゚∀从「……とりあえず、なんで俺らがここにいるのか、説明してくれるか」

ハインが怒気を孕んだ声を出す。

(´・ω・`)「正直、わからないんだよ。確かに我々が君達がくることを知っていた。
      そのためにモララー君をあの場に置いていたんだからね。
      でも、その方法も理由も、時間もわからなかったんだよ」

从 ゚∀从「よくもまあそんな不確定な情報を信じてたな、オイ」

(´・ω・`)「なんだろう……どういえばいいのかな、この感覚。
      例えるなら人はいつか死ぬということを知っていることのような」




( ^ω^)「常識……ですかお?」

(´・ω・`)「そうだ、それだ。常識だ」

納得したように何度も頷くしょぼん。
そして遂に、ハインが怒鳴り散らした。

从#゚∀从「じゃあこの殻世界ってのはなんなんだよ!
      わけわかんねー、色々おかしいじゃねえか!」

言われてみるとおかしな点はいくつも見当たる。

例えば、職員の数。
ここには受付で未だ応対している女性としょぼん、
そして彼方でこちらに視線を送りながら立っているモララーしかいない。
いくらなんでも、これだけの数で運用できるはずが無い。
机の数から考えても、もっと多くの人が働いていてしかるべきだ。

例えば、役所の構造。
普通、こういう建物には職員専用の部屋へと続く扉がいくつもあったり、
エレベーターが設置されていたりするものだ。
しかしここには、先ほどブーンたちが出てきた扉と、外へと続くとおもわれる出入り口のみである。
他には何も無い。シンプル極まりない平面が一つなのである。張りぼてとでも表現するのが適切か。
そして、やはり内装、ほとんどの機器が白色、あるいは薄汚れた灰色なのである。

(´・ω・`)「ここは……」

答えを見つけようとしているのか、しょぼんは視線を宙に彷徨わせている。




(´・ω・`)「ここは、世界だよ」

やっとのことでしょぼんは苦し紛れに言った。

(´・ω・`)「そうとしか説明できない。
       この世界はこうやって成り立っているんだからね」

从 ゚∀从「ハァ?」

(´・ω・`)「君達もそうだろう?」

地球が当たり前のように存在し、当たり前のように役所のシステムがあるように、この世界ではこうなのだ。
それ以上説明できない。
しょぼんはそう説明したいのだろうか。

(´・ω・`)「それに、殻の意味は外に出たらわかると思う。
      とりあえず登録だけ済ませておこう」

どこかおどおどした口調でしょぼんは早口で言った。




( ^ω^)「登録ってなんですかお?」

(´・ω・`)「ここの住人であるという証明なのかな。
      そうすることで、君達は保護を受けることができる。
      実はね、No.000001からNo.000100までが欠番だったんだよ。
      君達のために用意されたものだ……」

从 ゚∀从「待て待て待て待て、俺達はここに住むつもりなんて毛頭無いぞ」

(´・ω・`)「え?」

从 ゚∀从「早くもとの世界に帰らせろ」

まったくもって同意だ。ブーンも頷いた。
「そうだ、そうだ」という雰囲気がドクオたちから放たれている……気がする。

(´・ω・`)「こ、困るなあ。そんな方法、わかるはずないじゃないか」

从#゚∀从「んだとコラァ! てめぇ人様を勝手に拉致っておきながらその言い草は……」

(;^ω^)「ハイン、ハイン落ち着くお」

ハインに再び詰め寄られ、ついにしょぼんはヒステリック気味な声をあげた。

(;´・ω・`)「もう、勘弁してくれないかなあ、僕に怒られても困るんだよ。
       こうすることを、僕らは常識として知ってるんだからさあ!」



逆切れかよ……
ハインが怒りを通り越し、呆然とそう呟いた。

(;^ω^)「仕方ないお。やっぱりここの人たちは何にも知らないみたいだお」

从 ゚∀从「……じゃあどうすんだよ」

( ^ω^)「ここは一応彼の言うとおりにしてみるお。
      保護とか言ってるし、多分悪いようにはならないはずだお」

从 ゚∀从「……ったく、今まで会ってきたどのオヤジよりもウゼェや」

(;´・ω・`)「な、納得してくれた?」

( ^ω^)「大丈夫だお」

(´・ω・`)「そうか。それじゃあ」

しょぼんは机の引き出しを開いて、そこから金属製のカードの束を取り出した。
そこから四枚抜き取って、各々に手渡す。

(´・ω・`)「これで君達は様々な施設を利用することができる。
       生活水準を満たすことができる、のほうが正しいかな」




施設、生活水準。
どれもこの世界基準の言葉なのだろうし、意味を解するには程遠い。

(´・ω・`)「モララーくん、モララーくん!」

彼は大声で彼方に、警備員のように突っ立っているモララーを呼び寄せた。

( ・∀・)「なんでしょう」

(´・ω・`)「とりあえず、彼らを必要最小限の施設につれていってあげて。
      ええと、第一と第二のホールね。それからついでに、住居への案内もお願い」

その口調から、もう会話するのは嫌だというような思いが感じられる。
さっさといざこざを解消し、元の仕事(のような何か)に戻りたいのだろう。

( ・∀・)「了解しました」

(´・ω・`)「よろしくね」

モララーは一つ頷いて、改めてブーンたちに向き直った。

( ・∀・)「それじゃ、行きましょうか」

そしてまた、有無を言わさぬ態度で出入り口に歩いていく。
ドクオが放った二度目の舌打ちが、一際大きく響いた。




自動ドアを抜けて、外に出た。
少し高台に位置しているらしいそこからは、驚くような街の全景がよく見えた。

建造物がいくつも連なっている。
ほとんど同じ、四階建てぐらいの直方体のビルの形をしている。
そして、それら全てに窓が無いため、ビルの面全てが灰色で塗り固められているようだ。

ところどころ、違う形の建物も見える。
それらは大抵ビルの二階から上を切り取ったような出来具合で、
つまるところ種類としては同じなのだ。

从 ゚∀从「飽きる街並みだ」

ハインの言うとおりである。
そして、何より驚くべきは。

( ^ω^)「空がないお……」

地上より遥かに高い場所。
そこには本来、青空を泳ぐ雲があったり、黒い雲が水滴を降らしているはずである。
それが、ない。
なぜなら、この街全体が、巨大な灰色の屋根に覆われているからだ。
ドーム状のそれは、確かに殻だった。




( ・∀・)「ここから見えるのが、大体全てですね。
      これ以外には何もありません」

从 ゚∀从「え、いや、でもおかしいだろ」

( ・∀・)「何がです?」

从 ゚∀从「この殻の外はどうなってんだよ」

( ・∀・)「外、ですか。考えるだけ無駄じゃないですか?」

ブーンたちは宇宙の果て、もしくはその向こう側がどうなっているのかを知らない。
知る術はないし、つまり考えるだけ無駄だ。
そしてその思考が、彼らにも当てはまる。
殻の外を知る術はない。つまり考えるだけ無駄だ、と。
それこそ、彼らの常識に他ならない。

ここは殻の中だけで世界が完結しているのだ。

( ・∀・)「さ、行きましょう。はやくしないと暗くなります」

モララーはマイペースに目の前の階段を降りていく。




从 ゚∀从「なぁ、ブーンよ」

( ^ω^)「お?」

从 ゚∀从「なんでここ、こんなに明るいんだ?」

( ^ω^)「……」

从 ゚∀从「電灯もないのに……それに、こんなに快適ってのもおかしいよな」

( ^ω^)「どこかで空調でも機能してるんじゃないかお?」

从 ゚∀从「なぁ、ここ、結構不器用に見えるけど、実はかなり技術進んでんじゃね?」

やはり、知る術はない。

・・・

・・




―第二章 「ゴミペット」―

野菜や果物を作るには畑が必要である。
魚をとるには海が必要である。
肉を育てるには牧場が必要である。

しかし、先ほど見渡した限り、そのような場所は見当たらなかった。
それだけではない。会社のような類も、工場の類もなかった。
ただあるのは奇妙に同一性を持った建造物群だけなのである。

( ^ω^)「変な感じだお……」

( ・∀・)「あ、そっちは行っちゃだめですよ!」

モララーに呼びかけられ、ブーンは慌てて立ち止まる。
考え事をしている間に、随分とルートを外れてしまったようだ。

(;^ω^)「も、申し訳ないお」

( ・∀・)「気をつけてくださいね。
      危険区域への立ち入りだけは避けるように」

从 ゚∀从「なんだよ、それ」

( ・∀・)「ところどころ崩れかかってるんですよ。
      足を踏み外して下に落ちたら大変です」




( ^ω^)「崩れかかっている……?」

ブーンは靴でとんとんと地面を叩いてみた。
確かに土ではなくコンクリートか何かであるが、
この下に何かがあるというのだろうか。

从 ゚∀从「下には何があるんだ?」

( ・∀・)「落ちたらわかると思います」

挑発するような台詞で、案の定ハインは「んだと!」と食って掛かろうとした。
慌ててブーンが止める。だが彼も、別の違和感を覚えていた。

なぜ彼らは下にある何かを調査しようとしないのだろうか。
好奇心の欠片でもあれば気になるはずである。
ただ危険区域を決めるのは如何なものか……

ここは、やっぱり常識が違う。
そう結論付けるしかなかった。




从 ゚∀从「しっかし、人いねえな」

無人と静寂で周囲の描写が片付けられるほどである。
気になるのは地面ぐらいだろうか。ところどころに

( ・∀・)「もうすぐすると人がよくいる場所になりますから」

歩きながらモララーがいう。
その間、ブーンは違う行動を起こしていた。

( ^ω^)「ど、ドクオっていうのかお」

('A`)「……」

( ^ω^)「ぼ、僕はブーンっていうんだお!」

('A`)「……」

(;^ω^)「よ、よろしくだお……」

('A`)「……あぁ」

コミュニケーションというにはあまりにも粗末な会話が早々に終了する。
どうにも、彼は人と会話することを得手としていないようである。
今も周囲を落ち着き無くキョロキョロ見回しているあたり、
もしや外に出ること自体あまりないのであろうか。
何にせよ、ブーンにとって未知の領域の住人であることは確かだ。




( ^ω^)「ええと、きみはペニサスだったっけお」

('、`*川「うん」

今度はすばやく答えが返ってきた。
それだけでもやや感動物である。

( ^ω^)「僕はブーンだお」

('、`*川「ん、よろしく」

( ^ω^)「よ、よろしくだお!」

結構普通の人じゃないか、やはり第一印象で決めるのはよくないな。
ブーンは嬉々として考えを改める。

( ^ω^)「それで、ペニサ……」

('、`*川「あのさ」

( ^ω^)「お?」

('、`*川「あまり喋りかけないで、考え事してるの」

( ゜ω゜)「……」

この気持ちをどう表現すればいいのか。
北極で釜茹でにされるような気分である。




( ・∀・)「つきましたよ」

ブーンが失意の内側に閉じこもっていると、モララーがいった。
彼の指差す先には、やはり先ほど違和感を覚えた一階建ての建物がある。

( ・∀・)「ここが第一ホールです。とりあえず、中に入りましょうか」

ホール、というと芸術鑑賞とかそういうことをする場所かと思いきや、そうではない。
自動ドアから中に入ると、
そこにはブーンたちが最初に出現した場所と同じような大きな空間が広がっているだけなのだ。

しかし、違う点が一つあった。
奥に備えられている巨大な装置である。

从 ゚∀从「なんだよ、ありゃあ……」

ハインが溜息ともとれぬ声をだす。
それは見るからに異様な形をしていた。
高さは2mほど。いくつものパイプが四方八方に伸びている。
そのパイプは天井や壁を伝い、最終的には床から地下へと繋がっているようだった。

( ・∀・)「食料を配給する装置です。
      カードをリーダーに通すことで一日一回、配給を受けることができます。
      とりあえず、覚えておかなければならない設備ですね」

从 ゚∀从「へぇ。それじゃあ早速……」

( ・∀・)「だめですよ。これは朝のうちしか機能していません。タイミングを逃さないように」




( ・∀・)「さぁ、次は第2ホールです。あまり使うこともないと思いますが……」

外に出る。
そこでようやく、人通りがあることに気づいた。
数人の人たちが、受付の施設に向かって歩いていく。

从 ゚∀从「そういやここ、遊べる場所がねーよな」

( ・∀・)「娯楽ならありますよ。施設でいえば、図書館がありますね」

从 ゚∀从「いらねー、マジいらねー」

( ^ω^)「……まぁ仕方ないお。ここはやっぱり、僕達の世界とは少しズレてるんだお」

( ・∀・)「そういうものですかね。私達にはこれが普通なのですが」

微妙にぎくしゃくした会話を繰り返し、彼らは第2ホールへと向かう。
その途中、角を曲がった時、ブーンはとんでもないものを見つけてしまった。





( ´∀`)「あ、もしかして内部機構の人モナ?」

( ・∀・)「はあ、そうですが」

( ´∀`)「このペット、一年過ぎたから処分しようと思うんだけど、ダストホールの場所を忘れちゃったんだモナ」

男は右手に持っていた鎖をぐいと引っ張った。
それを見て、ブーンたちは仰天した。
鎖に繋がれていたのは犬でも猫でもなく、裸体の少女だったからである。

(*゚ー゚)「……」

およそ十二歳ぐらいだろうか。
二本足で立ち、どうみても人間であるはずなのに首輪をつけられている。
そして彼女も抵抗せず、別段感情のない目で主人を見上げているのだ。

( ・∀・)「ああ、わかりました。ご案内します」

( ゜ω゜)「ちょ、これはなんだお!?」

( ・∀・)「何って……ペットですが」

( ゜ω゜)「人じゃないかお!」

( ・∀・)「何言ってるんですか、ペットですよ。
      これは、B型種ですね」




(;´∀`)「え、どうかしたモナ?」

( ・∀・)「すみません、ちょっと変わった人たちでして」

( ゜ω゜)「いや、いやいやいや!」

从 ゚∀从「おいブーンよ。お前だろ? ここはちょっとズレてるっていったのは
      それでさっき俺を無理矢理納得させたくせに」

確かにそうだ。
しかし、こればかりは看過できないだろう。
どうしても理解の範疇をこえているのだ。

( ・∀・)「可愛いものですよ、ペットは」

見当違いの説明を始めるモララーが居ます。

( ・∀・)「さほど頭はよくありませんが、芸も覚えますし、このとおりおとなしい。
      それなりに教え込むと人間の言葉も多少ながらしゃべるようになります。
      保護層には人気の趣味ですよ」

そういう問題ではない。
そういう問題ではないのだ。
そもそも人間ではないというのだから驚きである。
身体の造形は間違いなく人間のソレであるというのに。




ほとんど唖然としたブーンたちを引き連れ、モララーは足の方向を変える。
そして行き着いた先は、やはり先ほどと同じような建物だった。

从 ゚∀从「こりゃ道に迷いそうだ」

( ・∀・)「後で地図をお渡ししましょう」

そんな会話もブーンの耳にはほとんど入ってこない。
ペットと名づけられた少女は心配そうに周囲を見回している。

( ・∀・)「ここですよ。ついでに皆さんにも案内しておきましょう」

そういって、モララーは中に入る。
そこに、これまでとはまるっきり違う光景があった。

部屋一面を埋め尽くすほどの大きさの円形装置がある。
シートほどの薄さのようで、実は床が機械に沿う形で凹んでいるのだ。
そしてそれは、轟々とすさまじい音をたてていた。
近づいてわかったのだが、その装置は大きな渦を巻いて回転しているのだ。

装置の中心に穴が開いている。
それがどこに繋がっているのかは定かではない。
そして、更に近づいていくと、渦をかたどっているのが刃物であることが判明した。




( ・∀・)「これがダストシュートですね。
      主に粗大ゴミはここに捨てることになっています。
      まぁ、大抵は私達内部機構が巡回しているのでそれに任せてもらえれば結構なのですが。
      ペットは動くので各自処理という形をとっています」

処理。
それはつまり、どういうこと?
一人、先客がいた。
その男も――違う種類ではあるが――ペットを連れていたのだ。

( ・∀・)「大体ペットの寿命は一年なんです。
      それを過ぎると後々どうなるやもわからないので、
      とりあえず一年で処分してもらうようにしてるんですよ」

男はペットを機械の前に押しやる。
危機を察知したのか、ペットが一瞬飼い主に逆らい、逃げるようなしぐさを見せる。
その瞬間、男はペットを思い切り突き倒した。

後ろにのけぞる形になったペットはそのまま渦の中へ、落ちた。
瞬間、刃物がぐちゃり、ぐちゃと粘着質な音を立てて暴れまわる。
ペットと呼ばれた少女の皮膚が、剥き出しになったピンク色の肉が、
ザクロのように割れ、下からでてきた骨が、刃物に裂かれ、砕けていく。

最終的に、それらは全て細かい破片となって、穴の中へ落ちていった。




ハインたちは見ていなかったようだ。一様に顔を背けている。
ペニサスなどは耳まで塞いでいた。
しかしブーンだけはその光景を、最初から最後まで見届けてしまった。
赤黒い血はしばらく刃物にこびりついていたが、やがて消し飛ばされる。
彼女は跡形も無く消えてなくなったのだ。

気づくと、男の姿はもう無かった。
きっと、彼女が機械に巻き込まれるのを確認して、すぐに去ってしまったのだろう。

( ・∀・)「さて、我々も行きましょうか」

( ´∀`)「あ、ありがとうございましたモナ」

( ・∀・)「いえいえ、どうも」

どうすればいいのだろう。
目の前の少女も今にこうやって消えていく。
肉片になって消えていく。ここはつまり、保健所のような場所だ。
処分の方法は違う。しかし、やっていることはほとんど同じであるような気がしてならない。
そしてそれを、ブーンたちは別段言及もしない。




少女が機械のほうへ押しやられる。
少し不安げに、時々飼い主のほうを見る。
ハインが後ろから「はやくしろ」と叫んでいる。
動けない。
彼女の目が移ろって、一瞬こちらを見た。
純粋無垢な、美しい色だった。

( ゜ω゜)「ちょっと待ってくれお!」

気づいたとき、ブーンは男の肩をつかんでいた。

( ´∀`)「な、何するモナ?」

言葉が出てこない。
とにかく、どうすればいい。
ペットは飼い主の所有物で、そして彼女は所謂寿命を迎えていて。
処分を止める理由は彼女の表情だけだ。

( ゜ω゜)「え、えと」

从 ゚∀从「ブーン! てめぇいつまでグズグズ……」

( ゜ω゜)「その子、僕に預からせてくれお!」




( ´∀`)「……モナ?」

( ゜ω゜)「た、大切にするお! だから……」

( ・∀・)「どうしました?」

能天気な口調と共にモララーがやってくる。
今にも泣き出しそうなブーンとあきれ果てたハイン。
そして戸惑うばかりの男を見やる。

(;´∀`)「いや、ええと……」

( ・∀・)「ダメですよ、もう寿命が差し迫ってますし、その後のことは保障できません。
      欲しいなら、他のペットを第2ホールで……」

( ゜ω゜)「そういう問題じゃないんだお!」

ハインがじっとこちらを見ている。
嘲るような、同情するような。そんな目だ。
少女が不思議そうな目でこちらを見ている。
何も知らず。




( ・∀・)「……まぁ、いいんじゃないですか」

変わった人だ。
そんな、奇異なものを見る目のモララーがいう。
彼にとっては、ブーンの行動など最初から最後まで理解できないのだろう。

( ・∀・)「寿命が過ぎていてもそのペットを好むなら……あなた、いいですよね?」

(;´∀`)「別にいいモナ……でも」

( ・∀・)「とりあえず彼の要望に逆らうわけにもいきませんし」

( ´∀`)「わかったモナ……ほら、しぃ」

その少女の名前はしぃというらしい。
未だきょとんとしている彼女を、男はブーンの前へ押しやった。
不安げに男を振り返るしぃ。
男はただ首を振った。

( ´∀`)「その人が新しい飼い主さんだモナ」

(  ω )「……」

目を閉じ、考える。
正しいのか、いや、正しくは無い。
自己満足だ。




(*゚ー゚)「……?」

首を傾け、疑問の表情を作るしぃ。

(  ω )「服……」

( ・∀・)「はい?」

(  ω )「服を着せてやってくださいお!」

( ・∀・)「服、ですか……
      いるんですよね、たまに。ペットに服を着せる酔狂な人が」

言ってからモララーは口を噤む。
つい本音まじりの嫌味が漏れてしまったのだろう。
しかしブーンは意に介さず、しぃを見る。




何をすればいいのかもわからない。
しぃはじっとこちらを見ている。
まるで品定めでもしているかのようだ。
その頭を軽く撫でてやると、彼女はいかにも人間らしい鳴き声をあげた。

从 ゚∀从「……お前は相当のバカだよな」

(  ω )「……」

从 ゚∀从「明日になったらまた、ペットがミキサーで粉々になるんだろうな」

(  ω )「……」

从 ゚∀从「お前さあ、何がしたいの?」

ハインの、卑下するような、諭すような口調が、しばらく鼓膜に張り付いて離れなかった。

・・・

・・




―第三章「老いた影」―

第二ホールとはつまり、食料以外のものが手に入る場所だった。
第一ホールよりも空間も、設置されている機械も広く、大きい。
その機械には1から9までの数字が記載されたパネルがあり、
それを押して望む品物を手に入れる。ペット自身や餌もこちらから供給される。
……というような説明がモララーによって簡潔になされた。

从 ゚∀从「……煙草がねえや」

機械の表面にある、品物の一覧が表示された電子ディスプレイを眺めてハインが不平を漏らす。
実際、生活必需品と思われるようなものが並んでいるだけで、特に目を惹くようなものはない。
そもそも、種類がそれほど多くないのも問題である。

( ・∀・)「……そうだ、服でしたね?」

モララーの問いに、しぃを傍らに置いたブーンが一つ頷いた。
慣れた手つきで、モララーは数字パネルを押していく。
数秒後、重々しい機械音の後に機械下部の巨大な口から女物らしい衣類が吐き出された。

( ^ω^)「ハイン、お願いがあるお」

从 ゚∀从「はいはい、わかってるわかってる」

仕方ねえなあ、とでも言いたげに、ハインはしぃに服を着せてやる。
すんなりと頼まれてくれたことに、ブーンは多少の驚きを覚えた。

しぃは声もあげず、ただそれに従っているようだ。
そそくさとペニサスが近づいて、手伝いなどをしているようだった。
ブーンとドクオはなんとなく目を逸らしていたが、モララーは新種の生物を見つけたような顔つきでその光景を眺めていた。




从 ゚∀从「よし、終わり」

ハインが言って、ブーンたちはしぃを見る。
やっとまともに人間としての姿を与えられた少女がそこに立っていた。
そうしてみるとごく普通のかわいらしい少女だ。
それ以上でも以下でもない。

从 ゚∀从「しかし服にセンスがねえよな。
      もっと他の種類はないのか?」

( ・∀・)「男性用のものならありますが」

その二種類しかないのであろうか。
そういえばモララーもしょぼんも同じ服装だった。
仕事上の制服か何かだと思ったのだが、違うのだろうか。
受付にいた女性と、目の前のしぃもまったく同一のものを着ている、気がする。

( ・∀・)「とりあえずこれで最低限の施設の説明は終わりました。
      外に出ましょうか」




外に出ると、辺りが少しだけ薄暗くなったように感じられた。
赤に染まっているわけでも影が伸びているわけでもない。
ただ全体的に、夜へと近づいているように思えた。

( ・∀・)「ああ、一つ説明し忘れていましたが」

モララーは彼方を指差す。
そこに、最上部にスピーカーらしきものが取り付けられた電柱ほどの高さの鉄塔があった。

( ・∀・)「夜になる直前、あれからサイレンが響きます。
      それからすぐ、ほとんど視界が利かなくなるのでご注意を」

从 ゚∀从「危なっかしいシステムだな」

( ・∀・)「要は、遅い時間に出歩かなければいいのです」

从 ゚∀从「小学生の夏休みのおやくそくかよ」

( ・∀・)「さて、では最後に住居へご案内しましょう」

ハインの、おそらく意味の通じていない皮肉を無視して、モララーは歩き出した。
実際、もう行き交う人はまったく見られなくなっていた。




最初に現れた場所から更に離れたかもしれない。
逆に、少し元来た道を戻ったかもしれない。
そんな混乱を招くほど、変わり映えのしない景観が続いている。
それほどにこの世界は整備され、なんの障害もなしにこれだけの街を構築したのだ。
十分ほど歩いて、モララーはぴたりと立ち止まった。

( ・∀・)「ここがあなたたちの住むべき場所ですね」

モララーにしても、よくもまあ他人の住む場所まですらすらと案内できるものだ。
もしかしてこれも常識の範疇なのであろうか。
世界中の人間にとって、既知の事実なのだろうか。

彼が示したのはやはり似通った筐体のような建物のうちの一つだった。

( ・∀・)「ここの一階です。どうぞ」

灰色に溶け込んでいまいち判別のつかない入り口から中へと足を踏み入れる。
やはりどこにいようと明るさは変わらない。
段階的に暗さは増しているような気もするが。

廊下が一直線に伸びている。
それなりの間隔を置いて扉がいくつか設置されていた。




( ・∀・)「手前からNo.000001、No000002……となっていますので、
      各自カードをご確認ください」

ブーンは制服のポケットからカードを取り出した。
No.000001。一番手前の部屋だ。

( ・∀・)「軽く紹介をしましょうか。
      No.000001の人、カードを使ってもらえますか?」

( ^ω^)「わ、わかりましたお」

ブーンはリーダーにカードを通す。
やけに重厚なドアはゆっくりと自動で開かれた。
闇が広がっている。
モララーが先に行き、何かスイッチを押すと、室内全てが光に包まれた。




部屋の説明を三行で済ませるとするならば、こうなる。

・バス・トイレ完備
・キッチン無し
・ワンルーム

想像していたものよりは広い空間に、ベッドと見慣れぬ機械が一つ置かれている。
風呂も便所もあることがブーンにとって意外だった。
一応住居としての体裁は整えられているのだ。
台所がないのがいまいち不可解であるが。

( ・∀・)「どうですか? 何か質問はありますか」

( ^ω^)「この機械はなんだお?」

( ・∀・)「ああ、それはクリーナーですね。
      その中に衣類等を入れると、十分ほどで綺麗な状態に戻ります」

从 ゚∀从「すげえな、おい」

確かに、ブーンたちの住んでいた世界には無い機械である。

( ・∀・)「それぐらいでしょうかね?
      まぁ、こちらとしても他に大して説明する部分も見つからないのですが」

改めて部屋を見回しても、特に疑問点は見つからない。
というより、疑問にするほどの装飾物がないのだ。
隅っこにベッドが一つ。そして、壁には時計が一つ掛けられている。
それだけだ。他には目新しいものも、見慣れているものも何もない。
白い壁も相俟って、ここはまるで病室のようだ。




( ・∀・)「……さて、こんなところですかね」

やっと肩の荷が下りたとばかりに、モララーは大きく息を吐いた。

( ・∀・)「ああ、そうだ。最後に地図をお渡ししておきますね。
      また何か御用がありましたら、受付までお越しください」

ブーンは受け取った地図を眺める。
住居やホールの場所が明記されているが、
これを持っていても迷わないという自信はどこからも湧いてこない。

( ・∀・)「それでは、失礼しました」

そういって、モララーは扉の外に出て行く。
ガチャリとドアが閉まると同時に、全員が憑き物が落ちたような表情を浮かべた。

从 ゚∀从「疲れたぜバカ野郎」

(;^ω^)「痛い、痛いお!」

ハインが特に意味もなさそうにブーンの肩を何度か叩く。
ドクオはぽかんと天井を見上げて、ペニサスは魂ごとあの世に旅しているようだった。
しぃにいたっては床でゴロゴロしてる始末である。




从 ゚∀从「あいつさあ、第1ホールは朝しか使えないって言ってたよな?」

( ^ω^)「言ってたお」

从 ゚∀从「んじゃあ何か? 今日俺は何も食えないのか」

( ^ω^)「風呂場に洗面所が付いてたから、そこで水を飲むといいお」

从 ゚∀从「ぶち殺すぞてめえ」

朝から何も食ってねえのになあああああああ。
ハインは恨みがましくそう叫ぶと、ドサリとベッドに転がった。
そういえばここはブーンの部屋である。

( ^ω^)「……で、これからどうするお?」

ブーンは所在無さげに立ち尽くしている二人に尋ねる。

( ^ω^)「とりあえずみんなに一部屋ずつ与えられてるみたいだし……」

('、`*川「私、眠い」

( ^ω^)「とりあえず寝て、明日また考えればいいと思うお」

時間的にそろそろ夜だ。




( ^ω^)「そんなわけで今日は一度解散したほうがいいと思うお。
       ドクオ、それでいいかお?」

('A`)「え……あ、ああ、うん」

( ^ω^)「じゃ、決まりだお」

多少なりとも意思の疎通ができたことに満足しつつ、ブーンがいった。
まもなく、ドクオとペニサスはどちらからともなく動き出す。
しかし、二人が部屋を出て行った後も、ハインだけは出て行きそうな気配を見せない。

( ^ω^)「……ハインも部屋に戻るお」

从 ゚∀从「俺、ここで寝るわ。動くのだるいし」

(;^ω^)「ちょ、何言ってんだお」

从 ゚∀从「……お前さ、何考えてるの?」

(#^ω^)「何も考えてねーお!」




从 ゚∀从「ちげーよ、バカ」

ハインがケラケラ笑いながら上体を起こす。
そして、ふと目の色を暗くしてブーンを見た。

从 ゚∀从「さっきの……ダストホールだっけか……の答えだよ。
      俺まだ聞いてねえぞ」

ブーンは顔を俯かせた。
言ってみればあれは単純な自己満足に過ぎない。
しかし、それを口にすることは躊躇われた。そうすることが自己欺瞞であるように思えたからだ。

从 ゚∀从「こいつを人間扱いしようたって無理だろ?」

気持ちよさそうに目を閉じ、もうすでに睡眠体勢に入っているかのようなしぃを見てハインが呟く。

从 ゚∀从「結局ペットとしての生き方がこいつの生き方なんだし。
      そうやって今まで育てられてきたんだ」

(  ω )「でも……じゃあ、ハインはなんとも思わないのかお?」

从 ゚∀从「前の世界でもなんとも思ってなかったのに今更感慨もクソもねーよ。
      とにかくな、お前はもうちっと考えるべきだった。
      まぁあの時それを求めるのは無理だったろうけどな」

この、達観したような言動はどこから出てくるのだろう。
先ほど、モララーやしょぼんに怒鳴り散らしていた彼女とはまるで別人のようだ。




从 ゚∀从「ちょっとさ」

不意にハインが口調をガラリと変えた。

( ^ω^)「な、なんだお?」

从 ゚∀从「図書館で漫画借りてきてくれ」

( ^ω^)「え」

予想もしていなかった一言である。
まさかこの場面で使い走りの依頼とは。

( ^ω^)「で、でも、暗くなってるし……」

从 ゚∀从「地図あるだろ」

( ^ω^)「だけど……」

从 ゚∀从「うっせーな、背中に雌豚って刺青彫ってやろうか」

聴き慣れない脅し文句である。
しかし、本当にそうされたら困るので、ブーンはしぶしぶ承諾した。

( ^ω^)「じゃあ……行ってくるお」

从 ゚∀从「行ってこい行ってこい」




半ば追い出されるような形でブーンは部屋を出た。
理不尽だ。何度考えても理不尽である。
大体漫画が読みたいなら自分で借りてくればいい。

しかしながらブーン自身、この世界の図書館というものに興味を抱いているのは事実だった。
だからこそあっさりと引き受けたのだから(無論、ハインが怖いという理由もあるが)。

外はもうほとんど夜の様相である。
辛うじて先が見えるが、帰りのことを考えるとゾッとする。
それだけではなく、人通りのない住宅街は最早ゴーストタウンでしかない。
いつどこで骸骨を踏みつけても大して疑問に思わないだろう。
そういえば、モララーがところどころ崩れやすくなっているとも言っていた。
自然と足の回転がはやくなる。

( ^ω^)「ええと、図書館は……」

地図で確認するが、何せいちいち幾つ交差点を通過したかで考えなければならないので疲れる。
平安時代の京都を思わせるつくりの街並を走って、ブーンは図書館へと向かっていった。

やがて、彼は一つの建造物の前にたどり着いた。
そこはやはり第一・第二ホール同様のつくりで、図書館であることを示す看板もない。

( ^ω^)「不親切だお、まったく」

誰かに届かせたいような声で独り言を漏らし、彼は扉の前に立つ。

自動で扉がスライドし、開いた。
目の前に人がいる。




( ゜ω゜)「うぎゃおおおおおお!」

五大陸に響き渡るような叫び声をあげた。
それほどびっくりしたということなのだが、それは叫ばれた相手も同様である。

/ ,' 3 「うお、な、なんだなんだ」

ややしわがれた声が聞こえた。

( ^ω^)「……な、なんだ。人かお」

/ ,' 3 「まったく、叫んでこの心臓を止めようとしてもそうはいかんぞ」

( ^ω^)「や、決してそんなつもりじゃ……」

途中でブーンは気づいた。
目の前に立つやや背の低い男。
受付の女性を困らせていたあの老人であるのだ。

/ ,' 3 「ん……おお、きみは確かさっき……」

( ^ω^)「こ、こんばんはですお。
      ここは図書館であってますかお?」

/ ,' 3 「ああ、そうだとも」

そう言って彼は道をあけた。




ブーンが図書館内に入ると、老人も後ろからついてきた。
嫌というわけでもないが、さすがに気になる。

( ^ω^)「あの、何か用ですかお?」

/ ,' 3 「ん。ああ、いや、そういうわけではないよ。
     ただ、図書館を利用する人間が私以外にもいるなんて珍しいと思ってな」

( ^ω^)「そうなんですかお?」

/ ,' 3 「ここしばらくは、私以外誰も使っていないはずだな」

そういうものなのだろうか。
少なくとも公共施設として利用されているわけではないらしい。

館内は未だ光に満たされている。
歩くと足音が響いた。
しかし、それほど広いわけではない。学校の図書館ぐらいだろうか。

/ ,' 3 「きみはどこから来た?」

( ^ω^)「え……」

/ ,' 3 「いや、もしかしたらきみが例のあれなのかと思ってな」




( ^ω^)「多分、その『例のあれ』ってやつですお」

ブーンはややうんざりしながら答えた。
自分達の存在は「あれ」という代名詞で知られるほどなのだ。
姿無き有名人といったところか。

/ ,' 3 「そうかそうか……そうなのか」

納得したような口調は、すぐに落ち込んだ。

/ ,' 3 「ああ。私は荒巻という。
    どうかよろしく」

手を差し出されたので、何の気もなしに握った。
口調が若いのと裏腹に、その手は予想以上に乾ききっていた。

/ ,' 3 「しかし、きみたちがやってきたということは、そろそろ終わりということかな」

( ^ω^)「な、何がですかお?」

/ ,' 3 「この世界だよ」




( ^ω^)「……」

いまいち理解に乏しい。
ブーン達がこの世界に来たこと。
それはイコール世界が終わってしまうということなのだ。
荒巻はそう言っている。しかし、何故。

/ ,' 3 「まぁ実際、終わり始めているんだがね。
    少なくとも、私の中では」

荒巻はそばにあったソファに腰を下ろし、つられてブーンも座り込む。

/ ,' 3 「非保護層になったおかげで、もう生きていく術もない。
    明日からどう生きていこうか」

力無く笑う荒巻。
どこか哀愁を漂わせ、周囲にあるもの全てを嘲っているようにも見えた。

( ^ω^)「ひほごそう?」

/ ,' 3 「……そうか。きみは知らないんだな」

羨むような目でブーンを見た荒巻は、ゆっくりと語り始めた。




それは少し前のことだったらしい。
いつもは夜のサイレンしか響かせないスピーカーから、
聞き慣れない電子音声が流れ出したのだ。

「じゅうだいな、はっぴょうが、あります」

そうして電子音声は、緩慢な口調で制度の改訂を告げた。
それまで画一だった住民の身分が三つにわけられる。
保護層、半保護層、非保護層だ。

保護層はこれまでどおりの生活を続けることができる。
半保護層は第2ホールの使用が禁止される。
まぁ、こちらも生活を維持することは不可能ではない。

問題は非保護層。
こちらはどのホールも使えない。
というよりは、カード自体が失効するのだ。

/ ,' 3 「つまり、死ねということだな」

物憂げに荒巻は言った。




(;^ω^)「そ、そんなこと……」

/ ,' 3 「三つの層は番号ごとににわけられている。
    しかし保護層に存在する住民はどんどん縮小されていくんだ。
    私の番号は一万二千五百。昨日まで半保護層だったのだが、
    今日朝になってついに非保護層に落とされた。
    今、保護層は二千番ぐらいまでになっているのかな」

ブーンの番号は一。
つまり、最も優遇されるべき存在ということなのだろうか。
そしてこの老人は捨てられ、死んでいく。

( ^ω^)「そんなのおかしいですお!」

/ ,' 3 「もっとおかしいことがあるさ」

ブーンの同情を遮るように荒巻は笑った。

/ ,' 3 「こんな状況なのに、誰も革命を起こそうとしないことだ」

( ^ω^)「……」

/ ,' 3 「実際、受付に文句を言いに行ったのも私だけのようだ。
    それだけ、生物としての意志も枯れているということだよ」




( ^ω^)「生物としての、意志?」

/ ,' 3 「生物の第一目的は種の保存……本にそう書いてあった。
    つまり子孫を残すということだな。
    この世界の病院で最後に赤子が産まれたのはいつだと思う?」

( ^ω^)「……わかりませんお」

/ ,' 3 「さっき受付で聞いた。
    十二年前だそうだ。人間は生物として末期症状なんだよ」

十二年間、誰も産まれていない。
その間、人間は年を取っていく。
やがて子供を産むべき適齢期を過ぎ、老人ばかりの世界になる。
そうすれば、確実に終わる。何もかもが終わる。

/ ,' 3 「そのことを誰も不思議に思わない……
    私のように、捻くれてこの図書館に訪れようとでもしなければな」




( ^ω^)「この図書館にはどんな本があるんですかお?」

/ ,' 3 「色々な本がある。楽しいよ。
    過去の人々がどんなことを考え、行動したのかがよくわかる。
    私も一つ書いてみようか、などとも考えたよ。しかし書くための紙も思想も無い」

( ^ω^)「……?」

一つ疑問が生まれた。
ここの本は誰が書いたのだろうか、ということだ。
ブーンは立ち上がり、一冊手に取った。
見たこともない本だ。どうやら哲学書か何からしい。

パラパラとめくって、それが日本語であることを知る。
ページは全体的に黄ばんでおり、随分古いもののようだ。
特に読む気にもならず、ついに最後までめくり終えてしまった。
そして、何の気もなしに最後のページを見たとき、彼は凍りついた。

そこに「2003年 4月30日 第1刷発行」
と記されていたからだ。




西暦2003年。
ブーンたちにとって、およそ三年前。
その時代の本がここにある。
色あせた書物として残っている。

/ ,' 3 「君たちは……」

やがて直前までとは打って変わった、朗らかな声で荒巻が言った。

/ ,' 3 「種だと記憶している。
    この世界に撒かれる種だと」

ブーンは答えずに、数字列を何度も見直した。
いきなり数字が変わるわけも無く、ただそれは事実として目の前にあり続けた。
つまりそれは何を意味するのか。
わかりすぎるほどにわかることだ。




その時、けたたましい音が響いた。
思わず耳をふさぐブーン。
だが荒巻はいつものこととばかりに首を振って立ち上がった。

/ ,' 3 「もう夜だ。きみも帰ったほうがいいんじゃないか?」

(  ω )「……」

言われてブーンは本を棚に戻す。
そして荒巻と一緒に外へ出た。

暗すぎる。
明かりはほとんどないのではないかと思われるほどだ。
だが、夜目が少し利くから、ある程度の光は保たれているのだろう。

/ ,' 3 「……さて、どこに行こうかな」

荒巻は老体を思い切りよく伸ばした。
それからすぐに身体を折って腰をおさえ、ブーンを見てやや恥ずかしげに笑った。




彼にはもう行き場所が無い。
カードが失効になったということはつまり、住居に入ることさえ許されないのである。

( ^ω^)「あ、あの」

/ ,' 3 「どうした}

去っていこうとした荒巻をブーンが呼び止める。
振り向いた彼は、少しも辛くなさそうな表情をしていた。

( ^ω^)「革命を……起こすんですかお?」

/ ,' 3 「はは、無理だよ。
    一人で革命なんて、それはただの我侭に過ぎない。
    そういうのもありなのだろうけれど……なんなんだろうね、違うんだよ」

( ^ω^)「じゃあ、これからどうするんですかお?」

/ ,' 3 「誰かが死ねと言ったんだ。だったら死ぬ。
    それがこの世界なんだよ」

もう私の居場所はどこにもないんだよ。

そういい残して、荒巻は今度こそ宵闇の中へ溶けていった。
その姿が小さくならないうちに、彼はまるでその身体が影になったかのように存在を失った。

彼は二度と戻ってこないだろう。
なぜか、そんな確信をすることができた。

―――――――――――――――――――――――――――――




从 ゚∀从「……」

ブーンが出て行ってから。
ハインは床に転がり、すでに眠りこけているらしいしぃを眺めていた。
彼女が寝返りを打って、いかにも平和そうな表情がこちら側を向く。

从 ゚∀从「……いい子だなあ」

ベッドから降りて、その頭を撫でてやる。
むにゃむにゃと、何やら口が動いていた。
何かの言葉なのだろうか。寝言なので聞き取れないが。

この子がつい先ほどまでペットだった。
首輪と鎖で自由を奪われていたのだ。
だが、それを彼女は当然として受け入れてきた。
むしろ幸福であるとすら考えていたかもしれない。
モララーが、ペットの寿命は一年ほどだといっていた。
つまり、この少女は生まれたときから死ぬまでこの姿である、
何かのクローンだと考えるのが適切だろう。

ペットとして生きていく彼女に生の喜びはあるだろうか。
少なくとも他の住民よりはある気がする。
最後、ダストホールで削られるとしても、ブレの無い存在意義があるのだから。




从 ゚∀从「めんどくせええええええええええええ!!」

不意にハインは叫んだ。考えが煮詰まって爆発したのだ。
しぃが身体を震わせて起き上がった。不安と怯えと警戒の色を混ぜたような目がハインを射抜く。

从 ゚∀从「お、おう。ごめんごめん。起こしちまったな」

野生だなあ、と思いつつもう一度頭を撫でてやる。
それだけで、彼女は警戒心を解いて眠そうにあくびをした。

从 ゚∀从「似たもの同士、仲良くしようぜ」

そこで、ハインは一計を思いついた。

从 ゚∀从「なあ、しぃよ」

(*゚ー゚)「?」

从 ゚∀从「教えてやりたいことがあるんだ」

名前を呼ばれて不思議そうな顔をするしぃに、
ハインは策士の笑みを浮かべた。

・・・

・・





―第四章 「一欠片の勇気」―

ブーンがハインからの頼みをすっかり忘れていたことに気づいたのは、
行きよりも随分時間をかけて部屋に帰り、しぃとじゃれているハインの顔を見てからだった。
そこでブーンが一発殴られたことは言うまでも無い。

一段落ついてから、ブーンは図書館での出来事をハインに話した。
荒巻のこと、保護層のこと、そして、図書館にあったここが未来の世界であることを示唆する本のこと。
ハインはそれらを話半分で聞いたいたようだった。

从 ゚∀从「……つまり、何か。俺達は未来に来たって事か
      別の世界とか、そういうのじゃなくて」

( ^ω^)「そういうことになると思うお」

从 ゚∀从「なんでだ?」

( ^ω^)「それは……」

荒巻はブーン達が種であると言っていた。
それが何を意味するのか、理解できない。
推測のパターンはいくつかあるが、それらは全て確実性を持たないのだ。
故にブーンは黙って首を横に振った。

从 ゚∀从「明日もう一度あのふざけた野郎を問い詰めて……いや、ムダ、か」

ハインもハインで、なにやら色々と考えているようである。




( ^ω^)「まぁ、とにかく今日は寝たほうがいいと思うお」

実際は自分が眠りたいだけなのだが。
しかしその言葉に緊張の糸を切らしたのか、ハインが大きく欠伸して肯定した。

从 ゚∀从「あぁ、そうだな。頭の回転も何もあったもんじゃねえや。
      ……ところでよ、ブーン」

不意にハインが声を潜めた。
つられてブーンもトーンを落とす。

( ^ω^)「なんだお?」

从 ゚∀从「お前、ペット飼ったことあるのか?」

( ^ω^)「な、ないお」

从 ゚∀从「女の子飼った事は?」

(;^ω^)「あ、あるわけないお!」

从 ゚∀从「そういえばあのクリーナー、服を綺麗にするんだよな」

一瞬、ハインの台詞の意図するところがわからなかった。
しかし、解した途端にブーンは、自分でもびっくりするほど慌てていた。

从 ゚∀从「朝っぱらから女の子の服を脱がせる男子高校生ねえ」




(;^ω^)「い、いや。それはでも、決してふしだらなことをするわけじゃ……」

从 ゚∀从「そうやってさ、まず生活習慣に介入してさ、
      段々と調教するんだろ? 最後には足の爪剥がしても抵抗されないぐらいによ」

(;^ω^)「そ、そんなこと考えてねーお!
      じゃあどうしろって言うんだお?」

ハインはベッドから立ち上がると、腰に手を当てて宣言した。

从 ゚∀从「俺が預かってやる」

( ^ω^)「お?」

从 ゚∀从「そうすりゃあ問題は解決だろ。なぁ?」

(*゚ー゚)「~~」

ハインがしぃの頭を撫でると、
しぃは甘えているようにハインの両脚にしがみつくような姿勢をとった。
いつの間にこれほど距離が近くなったのかブーンには謎で仕方が無い。
同時にハインがうらやましくもある。
しかし、とりあえず預けても安心だという気持ちは湧き上がった。
一方で少しばかり寂しい気もしたが、余計な疑いをかけられるよりはマシである。




( ^ω^)「わかったお。じゃあ、ハインに任せるお」

从 ゚∀从「よっしゃ」

ハインは勝利宣言のような笑みを浮かべてしぃを立ち上がらせた。
そして、そのまま二人して玄関へと向かっていった。

( ^ω^)「あ、ハイン」

从 ゚∀从「ん?」

ハインが立ち止まって振り返る。
何か最後に声をかけるべきだと思った。
しかし適切な台詞など一つも浮かばない。
なぜか、過剰に混乱していた。

( ^ω^)「……なんでもないお」

从 ゚∀从「そうかい。じゃあ、おやすみな」

( ^ω^)「ああ、うん……おやすみだお」

扉が閉じて、孤独と静寂だけが残った。




クリーナーに入れるために服を脱ごうとして、ポケットに何かが入っていることに気づいた。
取り出してみるとそれは銀色の携帯電話であった。
当然ながら圏外。時刻と日にちが表示されているが、それが今正確であるはずも無い。

何気なく開いてみる。
新着メールが一件あった。受信時刻は四時二十五分。
ブーンがここに来る直前、テンパりながら廊下を歩いていたころだろうか。

宛名は送信者は斉藤またんき。
文面はただ一言「頑張れよー!」と。

ツンに告白するにあたり、ブーンはまたんきの協力を仰いでいた。
彼と何度人に見られたくない内容のメールを交換したか知れない。
しかし、彼の助力無しに、ブーンがツンに告白することはできなかっただろう。
いいやつだ。少々能天気すぎるのが玉に瑕であるが、
ブーンにとってはこの上ない良きクラスメイトである。

ブーンは携帯を閉じ、ベッドの上に軽く放り投げた。
頑張れよといわれても、最早頑張る術がない。

服を脱ぎ、クリーナーに放り込んで待っている間にシャワーを浴びる。
それが終わってクリーナーから取り出してみると、確かに洗浄済みのようであった。
下着も何もかも、一まとめに洗えるところは驚くより他無い。
再び服を着て、携帯を拾ってからベッドに寝転がる。
さて何をしようかと考えて、何もしなくていいことに気づいた。




宿題があるわけでもない。
前の世界ではテストに追われていたが、それもない。
しかし、逆に言えば何もできないのである。
ゲームもなければテレビもない。
ただ眠ってしまえと誰もが言っているようだ。

この世界では普通なのだろうか。
寝て起きて食べて寝る。
そして一部の人間だけがペットを飼って楽しむ。
そんな日常を疑いなく過ごしているのだろうか。

ここが未来の地球であるとして、そんな生活に人間達は適応してしまったのだろうか。
そもそもなぜこんな殻の中に篭っているのだろう。
外側はどうなってしまったというのか。

考え始めると止まらない。
しかし、いつしか疲労からくる眠気が勝り始めた。

ふと考えるのをやめたと同時に、彼は深い睡眠に落ちた。

夢を見た。
夢の中で、ツンが頬を赤らめて、一つ頷いてくれていた。

そうしているうちに、夜が過ぎていった。




彼らを覚醒させたのは、聞き覚えのあるけたたましいサイレン音だった。
心臓が跳ねて、ブーンが慌てて飛び起きる。

( ゜ω゜)「……」

しばし呆然と周囲を見回して、嘆息した。

(;^ω^)「目覚ましにしてはデカすぎるお……」

おそらく夜を告げるのと同じ鉄塔によるものだろう。
これだけ大きく聞こえると言うことは、室内にもスピーカーが取り付けられているということか。
昨日のうちに教えておいてくれなかったモララーを恨む。
のそのそと起き上がって大きく伸びをした。
それからやっと、明かりも消さずに眠っていたことを思い出した。

窓も無く、ほとんど密閉状態と思われるこの部屋からでは、
外がどうなっているかまったくわからない。
とりあえず外に行く必要があった。

扉を開けると、外はひどく明るかった。
前日同様空気全体が発光しているようで何か違和感を覚える。

しばらくして、隣の扉が開いた。
服を着崩すにもほどがあると言いたくなる様な格好のハインが寝ぼけ眼でこちらを見ていた。

从 -∀从「ふああぁぁあぁっぁああ……朝、かぁ」




とりあえずハインが格好を直してくるのを待っている間に、今度は別の扉が開いた。
見ると、ドクオはドアから顔だけ覗かせている。

( ^ω^)「あ、ドクオ。おはようだお!」

('A`)「んああ……うん」

会釈(のような首を動き)をして、彼は腰の引けた動作で扉を閉め、こちらにやってきた。

( ^ω^)「よく眠れたかお? なんだか目が赤いお」

('A`)「あ、いや、大丈夫・・・・・・」

( ^ω^)「そうかお……あ、そうだお。ドクオにも話しておくお」

ブーンは昨夜のことをドクオにも語った。
彼は聞いているのかいないのかよくわからない面持ちだったが、
ブーンが話を区切ると、彼は一度だけ小さく頷いた。
内容を飲み込むことはできたのだろうか。




从 ゚∀从「さて、やっとメシが食える」

突然扉が開いてハインが出てきた。
続いてしぃが現れる。

从 ゚∀从「おう、起きたのか」

('A`)「ぁ……」

相変わらずの挙動不審。特にハイン相手だとその色が強い気がする。
口調が荒いことに加え、女であることがネックなのだろう。

从 ゚∀从「さて……」

現在この場にいるのは四人。
ブーン、ドクオ、ハイン、しぃだ。
つまり、一人足りない。

从 ゚∀从「ペニサスはどうした?」




ハインが一番奥のドアを見やる。まだペニサスは眠っているのだろうか。
あの殺人的な音量のサイレンの中で起きないとすれば相当なものだが。
とはいえ、外部からあの扉を開ける方法はない。
唯一の鍵であるカードはペニサス自身が持っているだろうから。

( ^ω^)「もしかして、もう第一ホールに行っちゃったかお?」

从 ゚∀从「……かもしれねえな」

ハインが腕組みをする。
それなりに心配しているようだ。

だがやがて腕を解いて、

从 ゚∀从「まぁ考えても仕方ねえや。
      それよりさっさとメシもらいに行こうぜ。昨日から何も食ってねえんだ」

そう言ってのけた。




('A`)「あ、ちょ……」

第一ホールに向かおうと歩き出した時、ドクオが掠れた声を出した。

从 ゚∀从「どうしたよ?」

('A`)「い……あ、わ、わす、忘れ物……」

部屋に忘れ物をしてきた。
と言いたいらしい。それだけのことを伝えるのにやたら時間がかかるのは、一種の才能だろうか。

从 ゚∀从「んじゃ、取ってこいよ。先に行ってるから」

ハインの言葉にガクガクとうなずいて、ドクオは部屋へと踵を返す。
扉が閉まるなり、ハインが

从 ゚∀从「あいつ、変人だよな」

( ^ω^)「・・・・・・」

同意せざるを得ない。

从 ゚∀从「ペニサスも変人だし。まともな奴が半分ってどうなんだ?」

あなたも立派に変人だ。
言おうと思ったが、やはり飲み込んだ。



―――――――――――――――――――――――――――――




結局のところ母は自分を恨んでいたのだ。
憎ましく思っていたのだ。
邪魔だと思っていたのだ。

そうしたストレスが蓄積し、頂点にきたところで母は包丁を手に取った。
それだけのことだ、何も不思議ではない。

それゆえに、ドクオは複雑な心境を抑えこみきれないでいた。

どこかで信じ込んでいたのだ。
たとえ全世界の人間が自分に銃を向けようとも、母親だけは守ってくれるだろうと。
しかし、実際のところはなんのことはない、最初に自分を殺そうとしたのは母親なのだ。

まぁ、当然だ。
こんな屑同然の存在を飼っておく義務も必要もないだろう。

そのうえ、彼女は責任をも感じていたようだ。
だから、最後に彼女は言った。
「一緒に死のう」と。

クリーナーの上に置きっぱなしにしてしまっていた新品のカッターナイフをポケットにしまいこむ。
そもそもこんなものをいつも携帯していること自体異常なのだろう。
それも、護身だとかそういう前向きな理由からではなく、自傷目的なのだから尚更だ。
だが、実際にそういった行為に走ったことはない。
その証拠に刃はまだピカピカのままである。




外に出ると、もうブーンとハインはいなかった。
少しの寂しさを感じながら、ドクオは建物を出る。

孤独感など、所詮そのようなものなのだろう。
自分一人しかいなかった六畳の空間では感じなかったことだ。
もっと言えば、家の中では唯一の他人である母親ともつながりがあったのだから、孤独ではない。
こうして、見知らぬ世界を歩くことでようやく覚えることなのだ。

昨日と違い、道路には行き交う人々がいくらか見受けられた。
中にはやはり、裸の少女をペットとして連れている者もいる。

そんな中を、ドクオはやや小走りで進んでいく。

思い返してみると、そもそも外に出るのは何日、いや、何ヶ月ぶりだろうか。
別の世界とはいえ、その朝の風景がひどくまぶしく感じられる。

そのうち、彼はふと奇妙なことに気づいた。
歩いていくにつれ、人通りが少なくなっていくのだ。
もしや、もう第一ホールに設置された機械は停止してしまったのだろうか。

自然と歩調が早まった。




自分が第一ホールではなく、第二ホールを目指していたことに気づいたのは、
角を曲がり、一切人気のない道路に立ちつくした瞬間だった。

またこれだ。
こうやってヘマをしてばかりだ。
いつもなら部屋にある物や画面の中のキャラクターに当たるのだがここではそれができない。
蓄積するストレスのやり場を、ドクオは心得ていなかった。

ともかく、急がなければならない。
モララーが、第一ホールが使えるのは朝だけと言っていた。
遅れてしまって今日も何も食べられないとすれば、それは悲劇でしかない。

そうして、振り返ったときである。

ドクオは地面に横たわる人のような物体を発見した。

いや、それは確実に人だ。

ボロ雑巾のような様態だが、確かに人体であった。




おそるおそる接近してみる。
ピクリとも動かないあたり、死んでいるのかもしれない。
この世界ではあり得る話ではないだろうか。

それでも、よくよく見てみるとそれが生きている少女であると確認できた。
ペットだろうか。服を着せられているが。

しばらく、どうすることもできずに眺めていると、不意に少女が声を発した。

lw´‐ _‐ノv「なんで倒れてるの?」

('A`)「え……」

lw´‐ _‐ノv「本来……キミはそう聞くべきである。うむうむ」

少女は起き上がると、大きくのびをした。
そして、唖然としているドクオに「ぱんぱかぱーん」とまったくやる気のない喝采を浴びせた。

lw´‐ _‐ノv「特に意味はない」

('A`)「……あ、あの……」

自分より年下だろう。
黒い長髪は、乱れているが本来美しい物であると十分推測できた。

lw´‐ _‐ノv「米ェ!」

('A`)「……え?」

lw´‐ _‐ノv「意味はあっても意味はないのだ。うむうむ」




面倒なものにひっかかった。ドクオは心の中で率直に吐く。
目の前の少女は、確かにやや可愛く見えるが、理解にはほど遠い性格の持ち主らしい。
そもそもこうやって異性と対面なんて一秒ともしていたくない。
早々に逃げ帰りたいのだが、その手だてが思いつかない。

無垢な双眸に見つめられ、縛られ動けずにいるのだ。

lw´‐ _‐ノv「つまり、キミは私の頼みを聞いてくれるらしい」

('A`)「は……え、何……」

戸惑っていると、ぐいと腕を掴まれた。

lw´‐ _‐ノv「私と一緒にらぶみーてんだー?」

('A`)「い、意味がわからな……い」

なぜかまともに反論することができた。
それほどに少女が意味不明だからでもあるし、
おそらく年下であるということも作用しているのだろう。
とにかく、ハインほどの取っつきにくさを感じないのは事実である。




lw´‐ _‐ノv「時に、キミの名前はなんと?」

('A`)「え……あ、ど、ドクオ……」

lw´‐ _‐ノv「名前など飾りに過ぎない」

('A`)「……」

どうにも会話が成り立たない。
しかもそれがドクオのせいではなく相手のせいであることは稀だ。

lw´‐ _‐ノv「んー……」

('A`)「?」

lw´‐ _‐ノv「米」

('A`)「……こめ?」

lw´‐ _‐ノv「父の祖母の娘の母? が言ってたらしい。
       米が食べたいと。それに、響きがよい。ことめの絶妙なこんう゛ぃねーしょん」

そういえばいつ自分は食事にありつけるのだろう。
ドクオはそう考えるが、腕を掴まれたままの現状、どうすることもできない。
この少女、なにげに力が強いのだ。




少女に引っ張られ、連れて行かれた先は彼女の住居と思しき場所だった。

lw´‐ _‐ノv「でも」

入り口から入ると同時、少女は言う。

('A`)「?」

lw´‐ _‐ノv「ちょいと気に入った」

('A`)「え……?」

lw´‐ _‐ノv「あと二日もすれば父の次かその次ぐらいに好きになるであろう。うむうむ」

その言葉によって、ドクオの脳内に妄想でしかない展開が一瞬で作り上げられた。
しかし、当の本人はその言葉が重要であるとも感じていないようで、さっさと自分の部屋へと歩いていく。

lw´‐ _‐ノv「米……米なあ……」

その時点で、ドクオが浮かれ気味であったのは紛れもない事実である。
だが、そのときまでだった。

彼女の部屋に入り、ベッドの上に横たわっている死体を見た、その瞬間までだった。




今度は疑いようもない。
掛けられたシーツから出ている顔は全体的にやせ細っており、
窪んだ眼窩からのぞく目玉から、もはや光は失われていた。
臭いがほとんどないのは空調機能のおかげだろう。

lw´‐ _‐ノv「私の父でございます」

少女が平然とそう紹介した。

確かに死体は男のようである。
年もそれなりだ。少女の父といってもおかしくない。

そのときドクオの中に現れた選択肢は、唯一自己保身のみであった。
ドアに向かって駆けようとする。
だが、やはり少女に引き止められてしまった。
死に物狂いで逃走を試みるが、少女の無表情がそれを許さない。
そのときになって初めて、そんな彼女に恐怖を覚えた。

lw´‐ _‐ノv「まぁ待て。焦るな」

しばらく引っ張り合いは続いた。

そのうちドクオが観念し、或いは恐怖の絶頂に達してその場にへたり込む。
すると、少女もすぐそばに座り込んでしまった。




lw´‐ _‐ノv「私の祖母が言っておったのだよ」

怯えているドクオを気にする風もなく彼女は語り始める。

lw´‐ _‐ノv「人は死んでようやく永遠に愛し合うことができる。
       うむうむ、いい言葉だけど意味がよくわからんのだな」

およそ能天気でナンセンスな語り口は続いた。
少女の話はこうだ。

少し前に発令された「るーる」によって何も食べられない状況になってしまった。
父親はそんな少女に自分の食べ物をすべて分けてしまったのだという。
その結果がこれだ。

lw´‐ _‐ノv「つまり、なんだな。父は先に逝ってしまわれた」

そのるーるとは、ブーンが言っていた話と合わせて考えてみると、保護層がどうとかという話だろう。
つまりこの少女は非保護層にあてがわれてしまったのだ。
そんな娘を父親は守った。自分に与えられた食料すべてを費やして。

そして死んだ。
痩せ細り、ゾンビ同然の姿と化した。





('A`)「そ、それで……」

どうしても一つだけ疑問が残る。
そしてそれは重大だ。
解決しない限りドクオはこの部屋から出ることができないだろう。

('A`)「お、俺にどうしろって……」

lw´‐ _‐ノv「こめこめ……ん?」

('A`)「だから、俺にどうしろっていうんだよぉ!」

泣き声に近い悲鳴を上げる。
少女は目を丸くして驚いたあと、何か満足そうに数度うなずいた。

lw´‐ _‐ノv「ふむふむ。キミはいろいろ知ってる人と見たのだ。
       だから問いたい」

ずい、と少女の顔面がこちらに近づく。

ほとんど零距離で彼女は言った。

lw´‐ _‐ノv「死に方を教えてほしい」

('A`)「……はぁ?」




lw´‐ _‐ノv「つまり、祖母は言ったのだよ。
       人は死んでこそようやく永遠に愛し合うことができる。
       私の、父を好きであるという気持ちは愛しているというらしい」

家族愛という意味ではある種正解か。
しかし、である。

('A`)「そ、そんなこと……」

lw´‐ _‐ノv「思いつくことはいろいろやってみた。
       路上に寝てもみたけど、たぶんまだ私は生きている」

さきほどの奇行はそんな事情故なのだという。
驚いたことに、少女は死に方を知らないのである。
だがそれをドクオが理解する筋合いはない。

lw´‐ _‐ノv「どうすれば死ねる?」

少女の目に真剣の色が帯び始める。

lw´‐ _‐ノv「どうすれば死んで、愛し合える?」




その祖母とやらは厄介な遺言を残したものだ。
だが、その感情がわからないこともない。

こんな世界だ。
ブーンの話によると、人間として何かしら重要な部分が欠けてしまっている。
もしもあの世であれば……もしかしたら正常になっているのかもしれない。

或いは、その祖母はまともだったのかもしれない。
徐々におかしくなっていく周囲の人間を見つめていた存在だったのかもしれない。

だが、その全てがドクオには何ら関係のないことだ。

ドクオが少女の望み通りにして、少女が実行したとすればそれはあまりにも忍びない。
しかし逃れる術もないのだ。

どうすればいいのだろう。

ブーンならばどうする。
おそらく全力を持って彼女を止めるだろう。
それなりの言葉を伴うか、力ずくで抑えるか。

しかし、自分には話術も腕力もないのだ。
そして別に「少女を助けよう」などという正義感もない。
やはり「俺は俺のために逃げよう」という一点しかないのだ。




lw´‐ _‐ノv「どうした?」

少女が答えを急かす。
見れば見るほどかわいらしい。

確かに自分は知っている。それこそ無数に知っている。

('A`)「……息を、とめる」

lw´‐ _‐ノv「いき?」

なんぞや……と少女はつぶやく。
だがやがて理解したのか、小さく息を吐いてから、くっと口を閉じた。
ドクオは腕を掴まれたままである。

lw´‐ _‐ノv「……」

('A`)「……」

lw´‐ _‐ノv「……」

('A`)「……」

lw´‐ _‐ノv「……ぷはぁっ。
       ふぁ……く、苦しいぞ!」




それはそうだろう。
息を止めたぐらいで死ぬことができるなら突発的自殺者がやたらと増えてしまう。
そもそも生存本能がある(この世界の人間に備わっているのかは微妙だが)のだから簡単には死ねない。

……というようなことを途切れ途切れに伝えると、少女は納得してくれたようだ。

lw´‐ _‐ノv「ふむ……じゃあ他の方法を」

('A`)「いや……」

しかし、これは効果的かもしれないと思った。
こうやって無理な方法を次々に突きつければ、
少女はやがて諦めるのではないだろうか。

('A`)「じゃあ……次は……」

少しだけ勇気が湧いてきて、ドクオは立ち上がった。
そのとき、ポケットから何かが音を立てて落ちた。

lw´‐ _‐ノv「これは?」

少女が拾い上げる。

カッターナイフだった。




('A`)「あ、それは……!」

あわてて取り返そうとするが許してくれない。
彼女はそれをいじくり、遂に刃を突出させることに成功した。

lw´‐ _‐ノv「ふむう?」

どうやら知らないらしく。刃の先端にふれようとする。

('A`)「ま、待て!」

lw´‐ _‐ノv「んにゃ?」

('A`)「それは……かえ、返してくれ」

lw´‐ _‐ノv「どして?」

('A`)「あ、あぶな、危ない」

lw´‐ _‐ノv「危ない……ふむ」

少女の目が活き活きと光り始めた。




またヘマをした。
本当に自分はどうしようもないゴミクズだ。
刃物を彼女に渡し、そのうえそれがどういうものかを説明してしまったのだ。

奪い取ろうにも、ナイフの刃が自分に刺さればと思うと動けない。
ここでもやはり自己保身が先行した。

lw´‐ _‐ノv「よし、これでいこう」

('A`)「だめだ……!」

lw´‐ _‐ノv「これでやっと愛せるよ」

そんな言葉を聞き、刃物を見てようやく気づいた。
たぶん、自分の母親も同じようなことを考えていたのだ。

死してようやく愛せる。
生きているときは社会が邪魔してその願いは全うできない。

状況は、似ているのかもしれない。
どのみち、挽回は不可能だ。

そう思って、ドクオの中の何かが完全に萎えた。




単純思考をする。
彼女は自分と何の関係もない少女だ。
彼女が死んで自分が損することなど何もないのだ。
だいたい名前も知らない少女を心配すること自体ちゃんちゃら

むしろそうすることで自分は彼女の願いを叶えてやることができる。
いわば自分はキリストだ。神なのだ。

そう思考して、ドクオは心を落ち着かせる。

('A`)「その銀色のやつを」

lw´‐ _‐ノv「おう?」

('A`)「両手で思い切り首に刺せば死ねる」

lw´‐ _‐ノv「ほおう!」

案の定彼女は喜んでいる。
そんな表情を見て、ドクオは幸福を感じる。

lw´‐ _‐ノv「じゃあやってみよう……でもこれだと両手では刺せないな」

右手にカッターナイフ、左手にドクオの腕をつかんでいる少女がいう。




('A`)「大丈夫だよ……貸して。証明してやるから」

優しくドクオは諭していた。決して疑われないような笑みを浮かべていた。

lw´‐ _‐ノv「ほんとか?」

('A`)「本当だ」

lw´‐ _‐ノv「こめこめ」

少女からカッターを受け取る。
そして服の袖をまくった。
冷や汗が伝う。しかし彼女のためだ。
一欠片しかない勇気を吐き出し、彼は腕にその刃物の先端をあてがった。

赤黒い血が染み出る。

lw´‐ _‐ノv「なんだかお食事みたいですな」

少女が感慨深げにつぶやく。

('A`)「これがもっとたくさん出たら絶対に死ぬ」

lw´‐ _‐ノv「首にさすといっぱいでる?」

('A`)「でるよ」




lw´‐ _‐ノv「ありがたや!」

突如彼女は叫んだ。
ドクオからカッターを受け取り、もはや喜色満面である。

lw´‐ _‐ノv「さすが、私が目をつけただけのことはある」

('A`)「いや、いいんだ」

lw´‐ _‐ノv「こめこめだ。本当にこめこめだ」

ドクオは立ち上がると扉へ向かう。
彼女は今にも自分の首にカッターを突き刺そうとしている。

そうして扉を開け、外に出ると同時に、後ろから肉が裂ける音がした、ような気がした。
しかしその扉はすぐに閉じられ、もう中の様子をうかがうことはできない。

おそらく、永遠にこのままだろう。カードは中に閉じこめられたままだ。

彼女が今まさに痛みに苦しみ、のたうち回っていたとしても関係のないことである。
ただ彼女の感謝の言葉と、イノセントな笑顔さえ覚えていればいいのだ。
殻の空を見上げたドクオは、今までに感じたことのない清々しさを味わっていた。

・・・

・・




―第五話 「ゼロの表現」―

从 ゚∀从「なんだよ、こりゃ……」

第一ホールの機械から吐き出された「食料」を一目見たハインが、
明らかな失望の声をあげた。
隣に立つブーンも同様の心持ちだ。
ただ周囲の視線に晒されているしぃだけが不思議そうな表情をつくった。

从 ゚∀从「つーか、これだけの量で一日凌ぐのか?」

(;^ω^)「さ、さすがにそれは無いと思うお」

从 ゚∀从「でもここ、朝しか機能してないんだろ?」

後ろから苛立つような靴音が響く。
日常、機械的にここでの受領作業は流れていくのだろう。
停滞している自分たちは確かに邪魔な存在だ。

( ^ω^)「と、とりあえず外に行こうお」

ブーンは自分のカードを慌ててリーダーに通し、ハインを急かして外にでた。

彼らが両腕に抱えるモノ。
かつて居た世界で歯磨き粉などを入れる容器として親しんでいた、チューブであった。




ホールの外にでたハインが、早速キャップを取って、
普段見るそれの二倍以上の大きさがあるチューブをゆっくり押さえる。
にゅるり、と透明なゼリー状のものが顔を出した。

从 ゚∀从「……これを、食うのか?」

( ^ω^)「そうみたいだお」

見れば、すでに口に咥えている人間も見受けられる。
確かにこんなもの、調理する必要もないわけだから
受け取ってすぐに食べてしまうことも可能だ。
部屋に然るべき設備が無い理由が理解できた。

从 ゚∀从「フン……」

周囲の状況を一望してから、チューブの口に鼻を近づけて匂いを確かめるハイン。
「何も臭わねえ」と呟き、顔をしかめてからそのゼリーを舌先ですくい取った。
意味もなく二三度咀嚼。口の中で一通り転がしてから、ただ言った。

从 ゚∀从「無味無臭とはこのこったな」

言われてブーンも、慎重にそのゼリーを口に含んでみる。
確かに何の味もしない。まるで水のゼリーだ。
それどころか、口内ですぐに溶けてしまうので、
そもそも自分が今本当に食べたのかどうかさえ怪しい。
薬品という感覚もないが、少なくともこれを消費することを食事とするのはあまりにも切ない。




从 ゚∀从「俺は、食事は食うんじゃなくて味わうもんだと思ってたぜ。
      それで、これからどうするんだ?」

( ^ω^)「第二ホールに行かないといけないお。
      しぃの食べ物はそっちにあるみたいだお」

从 ゚∀从「統一しとけってんだよ……」

なまじ食事に期待していたゆえに、
ハインのテンションはどん底に落ち込んでいる。
それでも、よほど腹をすかしているのか、
ゼリーは次々と彼女の中へと押し込まれていく。

从 ゚∀从「うぷ……これ結構、腹に溜まるな」

( ^ω^)「そうなのかお?」

从 ゚∀从「腹持ちはいいみたいだ。
      まぁ……だからどうしたって話だがな」

このチューブで一日を乗り切るのだ。
速やかに消化されても困る。




从 ゚∀从「ずいぶん考え込んでるな」

( ^ω^)「お……」

いつの間にか歩調が緩んでいたようだ。
先を行っていたハインが振り返り、声をかけてくる。
ブーンは小走りでハインの隣に並び、再び第二ホールへと進み始める。

从 ゚∀从「とりあえず、第二ホールに行った後は図書館に行こうぜ」

( ^ω^)「お?」

从 ゚∀从「俺たちの時代の名残は、とりあえずそこにしか無さそうだ。
      まずは徹底的に調べ上げて、より多くの証拠を見つけ出すのが先決だ。
      次に役所にもう一度行った方がいいな。あのふざけた野郎をもう一度締め上げねえと。
      そういえば、モララーが下に何かがあるって言ってたな。そっちも調査し……どうした?」

(;^ω^)「あ、いや、なんでもないお。続けてくれお」

考えがまとまっていたとしても、これだけすらすらと喋ることができるだろうか。
平然とした表情で言葉を並べていくハインに、ブーンは圧倒されていた。




从 ゚∀从「……まぁとにかく、さっさとこっから出ようぜ。
      マジでうんざりだ」

(;^ω^)「お」

从 ゚∀从「ん?」

( ^ω^)「……」

从 ゚∀从「……」

( ^ω^)「……」

从 ゚∀从「お前が今、何を考えてるか当ててやるよ」

( ^ω^)「いや、遠慮しとくお」

从 ゚∀从「ハインってもしかして見かけによらず頭いいのかお?」

(;^ω^)「……」

从 ゚∀从「否定しろよ!」




図星なのだから仕方がない。
バッシバシとブーンの背中を叩き、しかしどこか嬉しそうなハイン。

( ^ω^)「でも、ほんとにビックリしたお。
      そんなにテキパキ考えるなんて、僕にはできないお」

从 ゚∀从「お前な……これでも成績はいい方だと思うぜ?」

( ^ω^)「そうなのかお?」

从 ゚∀从「そうだお?」

一呼吸置いて爆ぜたハインの笑い声が街中に響き渡った。

しかしややひっかかる表現だ。「思う」とは。
そのとき、ブーンは初めてハインの頬についた痣を気にかけた。


―――――――――――――――――――――――――――――

その頃、ペニサスが何をしていたのか。
やはり部屋の中にはいなかったのである。
しかし健全に、第一ホールへと赴いていたわけでもなかった。

時間を少し戻さなければならない。




出会いは数ヶ月前。
梅雨の時期に入り、じめじめとした日々の中のことであった。
帰り道、騒がしい街路を歩いていたペニサスに、一人の男が声をかけた。

彼女はまず、冷たい眼で相手を見た。
若者たちの掃きだめであるこの近辺ではいつものことだった。
極力コミュニケーションを嫌う彼女が、
そのような軟派の声に応じることはこれまでありえなかったのである。

しかし、その相手の容貌、雰囲気もしくはそのほかの何かが、
ペニサスを偶発的、運命的に射止めたのである。
彼女にとって、それはある種の予定調和だったのだ。

幸福が始まった。
それまでのゴミのような生活から一転し、ペニサスに生きる指標ができた。
全てをその恋人に捧げた。何をされようとも、それらを受け入れ、幸福に置換したのだ。
それら一連の、周囲から「キチガイ」呼ばわりされた行動が幼少期の反動であったことは間違いなかった。

その幸福は現在進行形である。
少なくとも、彼女にとっては。

夜の帳が下りて眠りについた街を、ペニサスは独り徘徊していた。
闇の中、何も見えず、彼女自身もまた、恋した人の姿しか追っていなかった。

('、`*川「……ジョルジュくん……」

寂寥たる路上に一人分の靴音だけが響く。
ひやりとした空気が、彼女の頬をなぜた。




しばらくして、ふと彼女は足を止めた。
目の前に光がある。どす黒い闇の中で、こうこうと輝いていた。
それは一つの建造物だ。第一・第二ホール同様、一階建ての這い蹲ったつくりである。
近づいてみて、しかし外からではそれがどのような種類の施設であるのかはわからない。

('、`*川「……」

その施設は、周囲から考えれば明らかに異質である。
特に躊躇うことなく、ペニサスは中へ入った。

これまでのホールのように、一つの大広間があるわけではなかった。
扉の前に奥まで続く廊下。
その両脇は、扉の無い部屋へと繋がれている。

とりあえず前に進み、それぞれの部屋を確認する。
どれも、この世界の住処同様シンプルなつくりだった。
ベッドがあり、そのそばにクリーナーと同種らしき機械。

ただ一つ違うのは、ベッドに大きな機械が取り付けられている点だ。
ベッド自体も、どこか機械的、近未来的なデザインである。
何かの装置なのだろう。
しかしペニサスは特に調べることなく(調べてわかるはずもなく)別の部屋に進んだ。

しかしそこも同じ出来だった。
どうやら、同じような部屋がいくつもあるらしい。

一番の奥の部屋にたどりつく。
そこに、人がいた。




(´<_` )「……誰だ?」

ベッドの傍、壁に背中をつけていた男が、垂れた頭をもたげる。
ペニサスは答えず、ベッドを見た。
一人の男が眠っている。死んでいるような、安らかな顔だ。
二人はよく似ていた。おそらく、兄弟か何かなのだろう。

(´<_` )「眠っていない人がいるなんてね。
      ……もしかして、キミは件の人たちなのかな」

独り言のようにつぶやく。
そして、柔らかい笑みを浮かべた。

('、`*川「……ここは、どこ」

警戒心を解いたペニサスが尋ねる。
男はやや驚いたような表情を見せてから、くるりと視線を宙に彷徨わせた。

(´<_` )「ここは病院だよ。
      そうか、やっぱり……そうなのか」

病院。
施設の構造も、そうであるならば納得できる。




('、`*川「……ここに、ジョルジュくんはいない」

(´<_` )「え?」

無用の場所だ。
そう判断し、ペニサスは踵を返し、立ち去ろうとした。
その背中に「待ってくれ」と声がかかる。

(´<_` )「何をしているのか知らないけれど、今はどこに行っても無駄だよ。
      明かりがないからね」

('、`*川「……」

(´<_` )「キミは種なんだろう? どこかからやってきた、種。
      少し話をしないか? いや、してほしい」

闇を彷徨することに意味はない。
うすうす気付いていたペニサスは、やたらと紳士的な態度の男に、渋面を向けた。
そしてやや戻って、部屋の入り口に立つ。




しばらく、無音だった。
ベッドで眠る男の微かな寝息さえひどくうるさく聞こえた。

(´<_` )「……兄者……俺の、兄なんだ」

('、`*川「……」

(´<_` )「……この病院は、どんな苦しみも取り除いてくれる。
      カードを入れて、機械を作動するだけで、みんな救われるんだ。
      俺や、妹の時もそうだった。
      ……でも、兄者は違った」

苦しげに、或いは自嘲気味に男は語る。

男の兄の病は新種であるということか。
この機械はインプットされたあらゆる症状を治癒するのだろう。
逆に言えば、インプットされていないものには手が出せないのだ。

だが、こうして見ているだけでは特に病気であるとは思えない。

(´<_` )「ずっと眠ったままなんだ。
      時々起き上がるけど、それも長い時間じゃない。
      今も……二日間、眠りっぱなしさ。睡眠時間もだんだん伸びていってる。
      そのうち、二度と目を覚まさなくなるんじゃないかって時々不安になるんだよ」




ペニサスは改めて男の顔を見た。
目の下が青黒く窪んでいる。ずいぶん寝ていない様子だった。
見つめられていることに気付き、男はやや顔を背ける。

(´<_` )「……常の生活を失ってようやく気付いたよ。
      俺らはどうしてこんな生き方をしているんだろうかって」

その目が彼方を見つめている。
ペニサスは静かに聞いていた。
というよりは、そもそもあまり興味を持って聞いていなかった。

(´<_` )「朝起きて食事をとる。
      それから夜まで特に何もすることが無くて、眠りにつく。
      それだけしかない孤立した生活を、誰が望んでいたのだろう。」

これだけ技術の進んだ街なのに。

男は今になって人間として当然のことを考えていた。
今まで考える頭すら持っていなかったのだろう。
確かにあったはずの生きる意味を、この世界では皆忘れているのだ。

(´<_` )「キミたちは、どこから来たんだ?
      そこは、どんな場所なんだろう」




('、`*川「……幸せです。こんなところとは違って」

ペニサスが初めて、皮肉を多分に含んだ他人行儀な答えを吐いた。
それを聞いて、男はただ小さな笑い声をあげた。

(´<_` )「そうだろうね。
      俺らと違う人にとっては不自然きわまりない場所だろうな。
      でも、ここはやっぱり住み心地がいいんだ」

キミたちが羨ましい。
最後にそう言って、男は黙り込んでしまった。
沈黙。男の兄の寝息。男が壁を指でコツコツと叩く。

('、`*川「……もう終わりですか」

居心地悪いことこの上ない。
自分は恋人を探さなければならないのだ。
たとえ暗闇でも、よく考えれば自分なら彼の姿を見分けることぐらいわけない。

そんな心情を、彼女は一言に集約させた。

(´<_` )「ああ、もう少しだけ……」

男が悲痛そうに言った。




壁から体を離して、彼は笑みを浮かべたまま、ペニサスの方へにじり寄った。

(´<_` )「兄者はどれぐらい生きることができるかな?」

('、`*川「知りませんよ」

鬱陶しいとばかりに彼女は短く答える。

(´<_` )「そうか。キミなら知っていると思っていた。
      俺らよりもよほどいい世界に住んで居るみたいだから」

('、`*川「……それだけですか?」

(´<_` )「うん……」

何か考え込んでいるように見える。
焦っているのが伺えた。
なぜか、単純にペニサスを引き止めたいだけのようだ。

('、`*川「それでは、失礼します」

そう言い放って、彼女は出て行こうとした。

男は何も言わなかった。
しかし、慌てた足音が一つ、背後で響いた。
そのとき。

「あにじゃー」

入り口のほうから陽気な叫び声が聞こえた。




ばたばたとせわしなく、少女がこちらへと駆けてきた。

从・∀・ノ!リ人「会いに来たのじゃー!」

(´<_` )「妹者」

ペニサスが振り向くと、弟者は慌てて彼女から離れた。
呆気に取られた表情をしている。
彼女の来訪は予想外だったのだろう。

从・∀・ノ!リ人「あにじゃー!」

(´<_` )「静かにしろ!」

男がややきつく少女を制する。
少女は立ち止まると、不満げに男を見上げた。

从・∀・ノ!リ人「どうしてなのじゃ?
        ちっちゃい兄者はいっつもおっきい兄者に会わせてくれないのじゃ……」

どうやらこの少女は男の妹であるらしい。
しかし、この男に「ちっちゃい兄者」などと、
ファンシーな呼び名は似合わないと、ペニサスは言い合いの横で思っていた。




(´<_` )「兄者の体に障ると言っている」

从・∀・ノ!リ人「でもちっちゃい兄者はいっつも一緒にいるのじゃ。
         不平等なのじゃ!」

(´<_` )「お前は静かにできないだろう?」

从・∀・ノ!リ人「むー……」

否定はできないらしい。
少女はむっと黙り込んでから、やっとペニサスの存在に気付いた。

从・∀・ノ!リ人「この人は誰なのじゃ?」

(´<_` )「ちょっとな。それより、ほら。
      早く帰れ。まだ夜中じゃないか」

从・∀・ノ!リ人「今日は一回しか転ばなかったのじゃ!」

少女は自慢げに、膝についた新しい傷を見せつける。
これまでにも何度か夜中にやってこようとして、そのたびに何度も転んでいたのだろう。




男はしきりに少女へ帰るように急きたてる。
しかし少女はなかなか応じようとしない。
部屋の入り口で押し問答は続いている。

从・∀・#!リ人「せめて顔ぐらい見せてほしいのじゃ!」

(´<_` )「……わかったよ」

結局は男が妥協するという形になった。
しかし、兄と妹をそこまでして近づけたくない理由とは何か。
見たところ、別に犬猿の仲であるようにも見えない。
他に、何かしら意図するところがあるのだろうか。

嬉々として、少女は騒動の中眠り続けている兄者の傍へ駆け寄る。

从・∀・ノ!リ人「でっかいあにじゃー……」

呼びかけたところで、返答するはずもない。
一分ほど少女が兄の寝顔を見つめていたところで、男が彼女の肩を叩いた。

(´<_` )「さあ、もう帰れ」




名残惜しそうに、少女は何度もこちらを振り返りながら帰っていく。
そしてその一部始終を、ペニサスは見届けてしまっていた。
扉の外に少女が消えて、男は小さくため息を吐く。

(´<_` )「……まったく、聞きやしない」

('、`*川「どうして、そこまでするんですか? 妹なのに」

ペニサスが当然の疑問を口にした。

(´<_` )「聞いても笑うだけだろうさ」

('、`*川「教えてください」

男は定位置に戻って腕を組む。
それから、ぽつぽつと語り始めた。

(´<_` )「いつだったか……兄者が言ったんだよ。
      『死ぬ前に妹者とたくさん話がしたいってね』
      死ぬ……俺ですら考えていないのに、兄者はもうそんなことを考えてるんだよ。
      もう一度、妹者に会って、兄者が幸せを感じてしまったら……
      今度こそ、もう起きてこないんじゃないかって思ってね」
      それだけ……それだけなんだよ。本当にね」




('、`*川「好きなのに」

(´<_` )「ん?」

('、`*川「あの子はあんなにお兄さんのことが好きなのに。
     会わせないなんてひどくないですか」

(´<_` )「そうなんだろうな、でも……怖いんだよ。
      現状を崩してしまうことが。できることなら、兄者にはこのまま生きていて欲しいんだ」

確かに、笑ってしまうような理由だ。杞憂にもほどがある。無知故に、とも言える。
しかし男は真剣だった。
単純な話、彼はどうしてでも兄を失いたくないのだろう。
妹についても然りである。
このまま、現状がいつまでも続けばいいと思っているのだろう。

だが実際はそう上手くいっていない。
兄の、謎の病状は進行していくばかりであるし、
これ以上不安要素を増やしたくない気持ちもわからなくもない。
ペニサスがいくら説明したところで、納得もしないだろう。
あまりにも原初的な悩みだった。

そして、あまりにも少女が不憫な話だ。

そのとき、ベッドの上からうめき声が発せられた。

(´<_` )「兄者?」

男が慌ててベッドに近寄る。





( ´_ゝ`)「……ああ、弟者」

(´<_` )「どうだ? 調子は」

( ´_ゝ`)「少し……眠いな、眠い」

(´<_` )「そう、か。
      とりあえず、食べるものは食べておこう。
      体が持たないだろう?」

男は部屋の片隅に置いてあった大きなチューブを拾い上げると、
上体を起こした兄に手渡す。
あれが食料なのかと、ペニサスは初めて知った。
緩慢な動作でチューブから何かを飲んでいる兄を、男は心配げに見つめていた。

( ´_ゝ`)「……ふう、あまり入らない」

(´<_` )「無理する必要はないよ」

( ´_ゝ`)「すまん。……それに、もう眠気が襲ってきたよ
      ……ところで、妹者はいないか?」

(´<_` )「……ああ、今はいないよ。夜中だからな」

これは間違いなく帰れる雰囲気だ。
そう判断したペニサスがゆっくりと部屋の外へと歩んでいく。
案の定男が何かを言うこともなく、ペニサスはようやく病院からの脱出に成功した。




が、しかし。
病院の前に、先程の少女がいた。

从・∀・ノ!リ人「あ」

('、`*川「……」

無視して帰ろうとする。
しかし、それを少女は許さなかった。

从・∀・ノ!リ人「待ってなのじゃ!」

叫んでから、ハッと少女は口をおさえる。
病院の中にいる男に聞かれるのをおそれているのだろう。
ペニサスは立ち止まり、少女を見る。

('、`*川「なに?」

从・∀・ノ!リ人「い、今でっかいあにじゃは……」

声を潜めて少女は尋ねる。

('、`*川「起きてる」

言ってから、しまったと思った。
厄介なことになりかねない。
思った通り、少女は好機とばかりに眼に輝きを取り戻した。




从・∀・ノ!リ人「でっかい兄者とおしゃべりしたいのじゃ……
         協力して欲しいのじゃ!」

('、`*川「……」

懇願してくる少女。
だが冗談ではない。それどころではないのだ。
ただでさえ無駄に時間を食ったというのに。

しかし一つだけ、ペニサスにとっても無視できない事項があった。

('、`*川「あなたは、好きなの?」

从・∀・ノ!リ人「?」

('、`*川「お兄さんのことが、好きなの?」

从・∀・ノ!リ人「もちろんじゃ!
        でっかい兄者もちっちゃい兄者も大好きなのじゃ!
        みんな兄弟なのじゃー」

大好きな人に会いたいのは当然。
自分がもしも誰かに恋人と会うのを邪魔されたらどう思うだろう。
その誰かを殺してでも、会いたいと思うに違いない。




その顔に嘘の色はない。それはそうだろう。
この少女も兄が病気になって、生活の中の何かが崩れてようやく、気付いたのだ。
その当たり前で、人間的な感情に。

('、`*川「……少しだけ待って、その後にお兄さんのところに行って
     気付かれないように、静かにね」

いつしか彼女は決断していた。
この少女の手助けをすると。
そうすることが、少女にとってだけでなく、自分にとっても必要であると思えた。

('、`*川「そうしたら、お兄さんと話せる」

从・∀・ノ!リ人「わかったのじゃ!」

疑いも持たず、ただ希望にみちみちた瞳で彼女は二つ返事で了承した。

ペニサスは再び病院の中に入る。
要するに男をその兄から一瞬でも遠ざければいい。
簡単な話だ。

病室にはいると、すでに男の兄はベッドに横になっていた。
しかし、未だ会話しているから眠ってはいないのだろう。

('、`*川「あの」

(´<_` )「ん……ああ、キミは……」





男がベッドのそばからこちらへやってくる。
少し不満げな表情だ。
数少ない機会を邪魔されたことに嫌悪感を抱いたらしい。

('、`*川「少しだけ、話があります。できれば、あなたのお兄さんに聞こえないところで」

無表情を顔に貼り付けてそう言う。
男はしばし黙ったままだったが、やはり気になるのだろう、
「すまない」と兄に言い残してペニサスの後に続いて部屋を出た。

隣の部屋へ移動する。
男を誘導して、通路に背中を向けるようにして立たせる。

(´<_` )「……それで、話というのはなんだい?」

('、`*川「好きなんですよね」

(´<_` )「ん?」

('、`*川「好きなんです。
     その気持ちを抑えるのは間違ってます。
     だって、好きなんですから」

(´<_` )「それは、どういう……」

('、`*川「少なくとも、私はそうしなければ生きていけません」

ペニサスの言葉と共に、男の背後を少女が通過していく。




(´<_` )「キミの世界に、好きな人はいるのか?」

('、`*川「だから幸せなんです」

(´<_` )「でも、その好きな人……が死ぬとしたら、キミはどうするんだ?」

('、`*川「死にません」

(´<_` )「ん?」

('、`*川「好かれている限り死にません。
     私も、ジョルジュくんも、あなたのお兄さんも、誰も」

男が黙り込む。
ほとんど意味を解することができないのだろう。
そしてその沈黙は、

从・∀・ノ!リ人「あにじゃ!」

という隣の部屋からの叫声によって破られた。

(´<_` )「!」

男が慌てて身を翻し、兄の病室へと走っていく。




病室で、ベッドの上の兄者とそのそばにしゃがみこんだ妹が互いを抱き締めていた。

その後ろで、弟もへたりこむ。

( ´_ゝ`)「妹者……久しぶり、だな
      元気だったか?」

眠たそうな眼で、しかしほほえみながら兄は妹に問いかける。

从・∀・ノ!リ人「全然元気なのじゃ!
        でっかい兄者は?」

( ´_ゝ`)「ああ、俺も元気だよ……」

兄と妹の何気ない幸福な会話が続く。
それは、ペニサスが元々いた世界ではあまりにも普通の光景だ。
しかし、この世界ではあまりにも新鮮な光景なのだろう。

そもそもこうして、他人を好きになって互いに接し合うということがあまりないのだから。
そしてその不自然を根本に成り立っている世界なのだから。

(´<_` )「……キミが手引きしたのか」

やや虚ろに男が言う。
しかし、立ち上がったその態度は、現実を見据えているような気もした。




('、`*川「好きな人同士は、一緒に幸せなのが一番なんですよ
     そうすれば、永遠に生きることができます」

(´<_` )「……わかっていた、わかっていたつもりだ」

('、`*川「じゃあ、これでいいんじゃないですか。あとは親でも呼び寄せれば」

(´<_` )「親はもういないよ。少し前、殺された」

('、`*川「……」

(´<_` )「あの頃は特に何も感じなかったのに……
      なぜだろうね、少しずつ、他人のことが気になり始めている
      俺も、兄者も、妹者も」

('、`*川「だんだん普通の人間らしくなってて、いいことなんじゃないですか」

投げやりにそういって、ペニサスは今度こそ立ち去ろうとした。

(´<_` )「……だがこれは、この世界に馴染まないことなんだな」

そんな男の呟きには、聞こえないふりをした。




外に出ると、やや明るさが増していた。

('、`*川「ジョルジュくん……今日私は、いいことをしたよ……」

早く会いたいと、そんな気持ちを殻の天井に向けたとき、
けたまましいサイレンが響き渡った。

・・・

・・



―第六話 「落ちた空」―

けほん、けほんと。
しぃが二度、立て続けに咳をした。

( ^ω^)「大丈夫かお?」

本を読む手を休めて、ブーンが彼女を気遣う。
しぃはしばらく不思議そうな顔をした後、軽く首を横に振った。

从 ゚∀从「忘れんなよ、ブーン。
      そいつの寿命。もうすぐ尽きるんだぜ」

ページから目を離すことなく、ハインがぼそりとつぶやいた。
ブーンは答えずに、しぃの背中を二三度撫でてやってから、
再び棚に置かれた無数の書籍を漁る作業に戻った。

(*゚ー゚)「~~~~……」

撫でられたしぃは嬉しそうに笑い、床に座り込んで二人の作業を眺めている。

しぃの食料を第二ホールで得てから、三人は予定通り図書館にたどり着いていた。
さほど広くない図書館とはいえ、目的のために一からで探索しようとすれば、
それは面倒であることに間違いない。

無論、そこに初老の男の姿は無かった。




从 ゚∀从「ダメだわ、やっぱ書かれてねえ」

ハインが諦めを吐いて本を乱暴に棚へ戻す。
足下には読み散らかした山ほどの本が転がっていた。
ハインと同様の気持ちを持ったブーンも、ため息を吐いた。

彼らが注視したのは歴史に関係する書物である。
つまり、どこまでの歴史が記され、残されているかということだ。
そして彼らが得られたのは、もっとも新しいと思われるもので彼らの生きていた年。

从 ゚∀从「考えられる可能性は三つだ」

棚にもたれかかってハインが言う。

从 ゚∀从「今が、俺らのいた時代の直後である可能性。
      俺たちがいなくなったとほぼ同時に世界が終わった可能性。
      或いは……歴史に空白期間があって、その間の書物は焚書処分されちまった……
      ブーン、お前はどれを支持する?」

( ^ω^)「……」

薄気味悪い笑みを浮かべるハインが提示したのは、
どれもいまいち考えにくく、また、考えたくない推論だ。




从 ゚∀从「まぁここが全くカオスに構成された世界だって可能性もあるにはある」

( ^ω^)「それはどういうことだお?」

从 ゚∀从「歴史も何もかも無視した超次元ってやつだ。
      SF的だろ? そうなると、俺たちは次元の漂流者だ」

( ^ω^)「……」

ちんぷんかんぷんである。
そんなブーンの心持ちを察したらしく、ハインは手を顔の前で左右させた。

从 ゚∀从「ああ、まぁやめておこうか。
      それよりも、俺たちがどうやって戻ればいいかを考えなくちゃならねえ。
      ここで得られる情報なんてこれが限界だろ」

ハインが勢いよく体を起こして、しぃを促し出口へと歩いていく。

(;^ω^)「ほ、本をこのままにしといちゃまずいと思うお」

从 ゚∀从「……へいへい」

面倒なのか焦燥に煽られているのか、
ハインは大仰に肩をすくめて、散らばった本を片付ける作業を始めた。




ブーンがしゃがみ、本を拾っては棚に入れる行為を繰り返していると、
ハインが「ん?」と疑問の声を出した。

( ^ω^)「どうかしたかお?」

从 ゚∀从「見ろよ、これ」

ハインに近寄り、彼女が指さす、棚と棚との僅かな隙間を覗いてみる。

その向こう側に、白い壁がない。
そこに銀色の、異質なものが見えた。。
二人して顔を見合わせる。

从 ゚∀从「なんだと思う、これ」

( ^ω^)「わからないお……」

棚の背面に隠されている何か。
気にならないわけがない。

从 ゚∀从「よし、ちょいと本棚どかせようか」

案の定、ハインがそう言った。




入れ始めていた本を床に運び出してから、二人で棚を動かす。
重労働だ。どちらかというと、ブーンにとっての方が苦痛に値する。
ずず、と重たい音を響かせながら棚をどかせていく。

そうして、そこに出現したのは銀色の扉だった。
一度に人間が三人入場できそうな、それなりに広い、スライド式の扉。
取っ手がずいぶん低い位置についている。
子供用なのだろうか。

从 ゚∀从「これは期待してもいいんじゃねえか?」

面白そうにハインが言って扉に近づく。
さすがに、すぐに開けようとはしない。
まず、二三度ノックしてみる。金属質の音が跳ね返ってきた。
それ以外の反応はない。

ハインが音を立てて唾を飲み込んだ。

扉の向こうに何が広がっているか、頭の中で期待と恐怖が交錯する。
最初、モララーと出会う直前に扉の前へ立った時とは何もかもにおいて重さが違うのだ。

若干体制を崩し、ハインは取っ手に手をかける。
異様な雰囲気に感づいたのか、しぃが不安げにハインの脚に抱きついた。

ぐい、と力を込めて開こうとする。




結果。
それはビクとも動かなかった。
一呼吸置いて、安堵の空気が渦巻いた。

从 ゚∀从「なんだよ、開かないのか」

ハインが負け惜しみのように言う。

とはいえ、予想できた事態だ。
そもそも隠すほどの扉がそう簡単に開くはずがない。

( ^ω^)「でもこれ、何の扉なのかお?」

从 ゚∀从「まず間違いなく、この世界の裏側が見れるんだろうな。
      ホールにある機械とか、いろいろな機能を働かせている何かが」

それは人間か、非人間か。
道徳か、非道徳か。

从 ゚∀从「……しかし気になるな。何かあるのは間違いないんだ。
      でも……どうせしょぼんとかも知らないだろうしな」

( ^ω^)「……だお」

とりあえず、今のところ自分たちにできることは何もない。
本棚を戻し、その扉を再び隠匿するぐらいだが、そこまでの気力が湧いてこなかった。

从 ゚∀从「……行くか」

今度は、ブーンもハインに賛同した。




外に出ると、再び人の行き交いが無くなっていた。
その風景を眺望すると、ここはまるでRPGに出てくる朽ちた街のようだ。
さしずめ自分たちは、謎解きクエストをこなす旅人一行といったところか。

明るさは朝より更に増し、昼が近づいているのを沈黙のままに教えてくる。

从 ゚∀从「さて、どうする?」

( ^ω^)「役所に行くかお?」

从 ゚∀从「うーん……今のところそれぐらいしか当てがねえんだよな」

それだけの会話で行き先は決定し、三人の足は役所の方を向く。

从 ゚∀从「そういや俺ら、ドクオとかペニサスほったらかしにしてるけどいいのか?」

( ^ω^)「お……」

忘れていた、とはさすがに言いにくい。
しかしながら、たかだか一日弱一緒にいただけの人間だ。
その間に友情が結ばれたわけでもない。
ましてやペニサスには突き放された身分である。

二人を本気で心配しようとは到底思えなかった。




だから建前で発言する。

( ^ω^)「ペニサスは本当にどこいっちゃったんだお……」

从 ゚∀从「……ん、まぁ気にしても仕方ないだろ。
      別段困るわけでもなし」

思いがけず本音が返ってきてブーンは沈黙する。
その反応を見たハインが苦笑いをして、傍を歩くしぃの肩を抱いた。

从 ゚∀从「他人なんてものは切り捨てられるときに切り捨てた方が楽だぜ。
      たとえ自分と同じような境遇に陥ってる奴が隣にいても、
      いざって時に共感できなきゃ話にならねえ」

彼女は何を見てその台詞を吐いているのか。
過去だとすれば、それはどのように飾られているのだろう。

从 ゚∀从「そうでもしなきゃ、俺の場合は家出もできなかったからな」

返す言葉が見つからなかった。
だから、別の方向に話題を向けた。

( ^ω^)「役所の方向、こっちで合ってるのかお?」

从 ゚∀从「あれ、違うか?」

どうやら、やや上の空だったらしい。
ブーンも同じであったが。




少しだけルートから外れていた。
通ったことのない道。
しかし既視感がある。当然だ。何も代わり映えしないのだから。

そそり立つ住居群の間を抜けていく。
交差点にさしかかったとき、ハインがふと立ち止まった。

从 ゚∀从「なぁ、ブーン」

( ^ω^)「お?」

从 ゚∀从「ここの奴らは、どうやって死ぬんだろうな?」

( ^ω^)「どうやって……?」

彼女の言葉を反復してからブーンは考えてみる。
恐ろしいほど平和な世界だ。
皆、最後はベッドの上で息を引き取るのだろう。

そしてその姿は誰にも発見されない。
カードと共に室内へ永久に封印されるのだ。

だが、

( ^ω^)「それがどうかしたのかお?」

問いに、ハインは黙って通りの向こうを指さした。
死体の山が築かれていた。
そしてそれは、緩やかなスピードでこちらへと近づいてきたのだ。




( ゜ω゜)「!」

( ・∀・)「おやおや、これは奇遇ですね」

よく見ると、死体の山の前に座る男が一人。
モララーだった。相変わらず、無表情か笑顔かわからない飄々とした風情である。
彼は何か、乗り物を運転している。

軽トラックを更に簡素化したものと言えばいいのだろうか。
窓や天井はなく、一人分の席の後ろに直接荷台が取り付けられている。
それだけで動いているのだから、よほど前衛的なデザインだと言えるだろう。

そしてその荷台に今、山ほどの人間が積み上げられているのだった。
どれも華奢な、棒きれのような肉体のものばかりである。
最早気味悪ささえ感じない。マネキンのようなものだ。

从 ゚∀从「なんだよ、これ」

( ・∀・)「あなた方のおかげで仕事が変わったんですよ。
      今は死体集めの仕事をさせていただいてます」

从 ゚∀从「なんだよ、それ」

( ・∀・)「たまに外で倒れる迷惑な人がいましてね。
      そう言う人たちを回収してダストホールへ運ぶのです」

しぃとは別種のペットを連れた一人の男が彼らの傍を素通りしていく。




从 ゚∀从「……そりゃあ、大変だな」

保護層が狭まり、非保護層が増えるばかりなのだ。
室内で死ぬものが多いとしても、そのあたりに転がる屍の数も半端では済まないはずである。

( ・∀・)「今は楽な仕事ですよ。少し前まではもっと忙しかったですから」

(;^ω^)「どうしてだお?」

( ・∀・)「一時期殺人が流行しましてね。
      そのときはもう踏み場もないほどの死体でいちいち回収するのが……」

平然と話されているが、聞く側にとっては気味悪い以外のなにものでもない。
モララーが更に続きを離そうとするので、慌ててハインが話題を変えた。

从 ゚∀从「ところでよ、ちょっと聞きたいことがあるんだが」

( ・∀・)「どうかしましたか?」

図書館にあった扉のことをモララーに話す。
しかし、返答はやはり、味気ないものだった。

( ・∀・)「へえ。そんなこと、初めて知りましたよ」




やはりこの程度の認識しかないのだろう、と。
ブーンたちはその瞬間に役所へ赴くことを中止した。
どうせたいした情報を得ることはできなさそうだ。
ならば次はどこへ行くべきか。
ともかく行動すべきなのだ。停滞していることに益がない。

( ・∀・)「ああ、そうでした」

去り際、何かを思い出したらしいモララーがブーンたちに声をかけた。

( ・∀・)「一つ、教えておきたいことがありました。
      あなた方が知りたがりそうなことです」

从 ゚∀从「……なんだよ、言ってみな」

( ・∀・)「いたんですよ、一人だけ。おかしな人が。
      いつも昼頃になったら道ばたで演説を始めていた人です。
      もっとも、最近はすっかり見なくなりましたが。
      その人の言葉が、あなたたちと似通っているような気がしましてね」

从 ゚∀从「へぇ……」

どうするよ、とでも言いたげにハインがブーンに振り返る。

情報が少ない。
ならば、もらえるものはもらっておいて正解だ。
取捨選択などしている場合ではない。

从 ゚∀从「詳しく聞かせろ」




( ・∀・)「少し地図を貸してくれませんか?」

そう言ってハインから地図をもらい、眺めるモララー。
やがてその中の一点をハインに示した。

( ・∀・)「このあたりによくいましたね。
      自宅へ帰るまでの道のりですから、よく彼の姿を見かけたものです」

その人間の演説など誰もきいていなかっただろうということは容易に想像できる。
とはいえ、確かに気になる内容だ。
もしかしたらその人は、失われた何かを持っているのかもしれない。

( ・∀・)「それではこのあたりで。
      私はこれからダストホールへ行かねばなりません」

モララーは一礼し、乗り物のハンドルらしきものを操作して彼方へと無音で去っていく。
それを見送ってからハインが、

从 ゚∀从「行くか」

とあまり気乗りしない様子で言った。
反対する理由はない。




モララーが示したのはかなり遠い場所。
歩いてたっぷり一時間はかかるような地点であった。
故に、その場所へ到着した頃には、ブーンもハインも完全に疲れ切っていた。

从 ゚∀从「はぁ……なんかあれだ。急に気力が失せた気がするぜ」

(;^ω^)「やっぱり……いないかお?」

辺りを見回しても、やはり無人。
その男はもうこの世界に存在していないのだろうか。

从 ゚∀从「……まぁいないとしてもだ。
      気になることが一つある」

( ^ω^)「お?」

从 ゚∀从「見ろよ」

ハインが彼方を指さした。
そこに一階建ての建造物。つまり、何らかの施設である。

从 ゚∀从「でもあれ、地図に載ってないんだよな」




地図にない建物。それは何を意味するか。
いくつか考えられるが、可能性として最も高いのは必要ない、というものだろう。
この世界の人間が普通に生活する以上、通うことのない場所。

逆に考えれば、それはむしろブーンたちの好奇心を揺さぶる。

从 ゚∀从「行ってみるか。収穫無しってわけでもいかないし」

何の代わり映えもしない施設。
しかし、扉の内側に広がっているのは明らかに異質な空間であった。

暗闇。
この世界の昼間において、暗闇なのである。
ジジジ、と何かを焼き付けるような音が耳を擽る。

从 ゚∀从「なんだこれ……おーい、しぃ、いるか?」

(*゚ー゚)「~~」

しぃを気遣いながら先へ進む。
しかし、そもそもどんな構成になっているかもわからないので無闇に探索できない。

( ^ω^)「なんか不気味だお……」

从 ゚∀从「男が先に弱音吐くな馬鹿。
      しかし、これはつまり捨てられた場所ってことか?」




たとえば、昔は何かのホールとして機能していたのかもしれない。
それが、保護層の縮小によってホールの稼働数も減らされた。
ここがその廃墟である可能性は十分有り得る。

从 ゚∀从「よし、ブーン先に行け」

( ^ω^)「……ハインも弱音吐いてるお」

从 ゚∀从「うるせえな。俺の場合は弱音とかそういうレベルじゃねえんだよ」

数度のやりとり。それはすべて視界ゼロの場所で行われている。
そして、次の瞬間だった。

「だれ?」

幼げな声が聞こえた。
しかも至近距離からである。
ヒッとハインが叫びを漏らす。
ブーンはそれすらできないほど硬直した。

直後。

前面が、ぼんやりと明るく輝いた。

そして、彼方のスクリーンに何かの映像が映し出されたのである。




从 ゚∀从「……映画館、かよ」

ようやく理解したハインが口を歪ませながら言う。
そして、何の予兆もなしにブーンの脇腹にグーパンチを放り込んだ。

( ゜ω゜)「いたい、痛いお!」

从 ゚∀从「まったく……ビックリさせやが……っ!」

目の前に子供が立っていた。
そちらは未だ解決せぬままである。

(-_-)「だれ?」

少年は同じ台詞を繰り返した。

从;゚∀从「あ、あぁ……えっと、俺はハインだ。うん。
      で、こっちがブーンとしぃ」

驚きのあまり、ごく普通に自己紹介するハイン。
少年はそれで納得したらしく、一度軽く頷いて奥の方へ戻っていった。

よく見れば、確かに映画館の構造である。
無数の席が並べられ、スクリーンには外国人がベッドで死に際を迎えていた。
「もっと光を」とその男は言った。




モララーたちは教えてくれなかったが、ここも娯楽施設の一つのようだ。
どうせ後に問い詰めても「教えてくれと言われませんでしたから」などと、
いけしゃあしゃあと返されるのがオチである。

从 ゚∀从「しかし、充実してるな。
      こりゃ探せばゲーセンとかカラオケとかあるんじゃないか?」

( ^ω^)「……かもしれないお」

ブーンは少年のことが気になってたまらなかった。
風貌がどう見ても小学生か、中学生である。
あの少年こそ、荒巻が言っていた彼ではないのだろうか。

( ^ω^)「ちょっといいかお?」

(-_-)「え?」

画面を食い入るように見つめていた少年が顔を固定したまま声だけ返す。

( ^ω^)「僕たちは『種』なんだお。
      いろいろ聞きたいことがあるんだお」

映画館にいるような、この世界に馴染まない少年ならば、
『種』という言葉に反応するはずだ。
少年はようやく視線を画面からこちらへ向けた。




(-_-)「そうなんだ。
     じゃあ……話さないといけないことがいっぱいある」

少年は席から立ち上がり、近づいてブーンを見上げた。

(-_-)「伝えるように、頼まれているんだ」

( ^ω^)「誰にだお?」

(-_-)「僕を育ててくれた人」

画面の中でフランス人形がぎこちなく踊っている。
相当古い映画らしい。ノイズが多々混じっているし、色褪せた雰囲気を醸している。
或いはただ劣化しただけかもしれないが。

(-_-)「その人は僕に全てを託してしまったんだ」

从 ゚∀从「託す? 死んだのか」

(-_-)「僕に半保護層のカードを渡して……消えちゃった」

少年がNo.003089と記されたカードを取り出し、
名残惜しそうに手を当てた。

(-_-)「形見ってやつ、なのかな」




( ^ω^)「半保護層でも映画は見れるのかお?」

(-_-)「これは勝手に流されてるだけだからね。特にカードを必要としないんだ」

从 ゚∀从「それで、お前は何を託されたんだ?」

(-_-)「真実を……真実を、託された。
     断片的だけど確実な、過去の真実」

从 ゚∀从「……えらくませてるな」

確かに子供らしい語り口ではない。
ずいぶんと大人びた口調である。
その様子を察して少年はやや寂しそうに言った。

(-_-)「生まれ落ちたと同時に必要最低限の知識が機械によって詰め込まれる。
     学校がないからね。
     だから、頭の出来は赤子も老人も大して変わらない。
     何に啓発されたか、どんな精神状態か、ぐらいの違いしか生まれないんだ」

从 ゚∀从「へぇ……」

感心とも嘲りとも取れないハインの声。
少年はそんな彼女をしばし見つめてから、もう一度話し始めた。

(-_-)「怪物がやってきたんだ……



その怪物はどこからともなく現れた。
なぜ、どこから、どうやって現れたのかもしれない。
ただ異形で大きなその怪物は、次々と人間を殺していった。

殺された人間は同じ怪物へと変貌した。
彼らはそうして仲間を増やしていったのだ。

やがてその怪物は進化し、海をこえ、山を越えて世界全体を席巻した。
驚くことに、どのような兵器も彼らには通用しなかったのである。

人類は敗れた。
敗れて、数を大幅に減らした。
もう再起不能と思われたときに、一つの奇跡が起きた。

そのおかげで今、不条理なこの世界で人類は生きていくことができるのだ。

(-_-)「……と、その人は僕に教えてくれた」

从 ゚∀从「……怪物ねえ」

ハインがせせら笑う。
どこからともなく現れた怪物が、地球を滅ぼした。

从 ゚∀从「そんなストーリー、ちょいと頭をひねれば出てくるぜ?
      大体、前後関係が成り立ってない。
      それに、一番重要な部分がわからないじゃねえか。
      なんだよ、奇跡って」




(-_-)「僕に言われても困る……
     とにかく、あの人はあなた達にそれだけを伝えるよう、僕に教えたんだ」

( ^ω^)「なんでその人はキミに託したんだお?」

(-_-)「それは……僕がこの世界で最も幼いからだって」

やはりそうか。
荒巻が言っていた「十二年前に生まれた最後の子供」
それが、この少年なのだ。

从 ゚∀从「おいブーンよ、信じるのか?」

( ^ω^)「信じたからってデメリットは何もないと思うお。
      他の可能性が見いだせないお」

从 ゚∀从「フン……
      しかしわかんねえな。なんでソイツは俺たちにそのことを教えようとしたんだ?
      別に知らなくてもいい情報じゃないか」

一つだけ、思い当たるところがブーンにはあった。
自分たちが過去に戻れる可能性だ。
その人は……もしかしたら。
自分たちが過去でその歴史を変えることを望んでいるのかもしれない。




(-_-)「とにかく、僕が教えられるのはそれだけだよ」

そういって、少年は再び席について、画面を眺める。
さっきまで踊っていたフランス人形を、男がオーブンで焼いて食っていた。

( ^ω^)「映画が好きなのかお?」

(-_-)「これぐらいしかすることがないよ」

从 ゚∀从「なぁ、クソガキ」

(-_-)「何?」

从 ゚∀从「お前も、もっとデカくなったらお前にいろいろ教えた野郎みたいに、
      街頭演説するのか?」

(-_-)「しないよ、するわけない」

まるで自分に言い聞かせているようだ。
彼はやり場のない拳を何度か膝に打ち付けて、
それでも足りずに何かを睨み付けるように目を細めた。

(-_-)「あの人も最後に言ってた。
     『なんで俺が人類のこと考えなきゃいけないのか』ってさ。
     こうしてここにいる方が楽だし、楽しいよ」




少年に礼を言ってから、三人は外に出た。

从 ゚∀从「とりあえず収穫……か?」

( ^ω^)「でも、知ったところでどうすることもできないお」

歩きながら二人は悩む。
有益であったことに違いはない。
ただ、それをどう使えばいいか、見当がつかないのである。

从 ゚∀从「つかもう、俺は疲れたよ。
      とりあえず帰ろうぜ。そうすぐに何かがあるわけでもねえだろ」

( ^ω^)「……そうするお」

彼らは家路についた。
混乱とまどろみばかりが脳みそを支配している。

しばらく歩いたとき、サイレンが響いた。

从 ゚∀从「うお、なんだ?」

立ち止まり、耳をすませる。
電子音声が聞こえてきた。




『保護層・半保護層の改訂を報告します。

 まず保護層につきましては、これまでNo.002000までだったところを、
 No.1500までと改訂させていただきます。
 これに伴いまして、No.001501からNo.003000までの方々は半保護層となりますのでご注意ください。
 
 次に半保護層につきまして、これまでNo.005000までだったところを、
 No.003000までと改訂させていただきます。
 これに伴いまして、No,003001以降の方々は非保護層となりますのでご注意ください。

 繰り返し、保護層・半保護層の改訂を……』

男とも女ともとれぬ、不思議な声だった。
これは全ての住人に届いているのだろうか。

そして、映画館の彼には。

从 ゚∀从「やめとけよ」

低い声でハインが言った。

从 ゚∀从「アイツも言ってただろう?
      他人の心配なんてしてる場合じゃない。
      アイツを助けられるほど、俺たちの懐は広くないぜ」

(  ω )「……」




その通りだ。確かにその通りだ。
自分たちは神でもボランティアでもない。
だから何も出来ないし、何もしない。

あの少年がスクリーンの前で死ぬのはそう遠くない未来だろう。

从 ゚∀从「しかし、おかしなもんだ。
      なんでこう、保護層がどんどん削られていくんだ?」

( ^ω^)「……わからないお」

そのとき、彼らの頭上から何かが落下し始めた。

从 ゚∀从「ん……?」

ひらひらと風に舞う木の葉のように落ちてきたそれをハインが器用に掌にのせる。
それは、灰色の紙より薄いプラスチックのようなものだった。

从 ゚∀从「……なんだ、これ」

それ一枚だけではなかった。
次から次へと欠片が舞い落ちてくる。
見上げた先に、灰色の天井があった。

从 ゚∀从「おい、まさか……劣化してるのか?」




そうとしか考えられない。
この薄い欠片はおそらく色づけのための何かだろうからそれほど心配には及ばない。
しかし、これから先。

何が起こるともしれないのだ。
ブーンはモララーの言葉を思い出した。

この街には、崩れかけている場所がある、と。

从 ゚∀从「……もうわけわかんねえよ、なんだよこれ」

ハインが力なく怒鳴る。

(;^ω^)「とりあえず休むことにしようお。
      今考えてもきっとロクなことにならないお」

从 ゚∀从「……アァ、そうしよう」

満身創痍の二人を余所に、空から落ちてきた灰色の雪に、しぃは嬉々とした表情を見せていた。

―――――――――――――――――――――――――――――




从 ゚∀从「あーあー……」

かえって来るなり、ハインはベッドに体を投げ出した。
そのまま二度ほどごろごろ往復して、しぃを見る。

从 ゚∀从「……あぁ、もうアレだよ。めんどくせえよ
      帰りたいとは思うんだけどな、どうにも……」

短時間でいろいろなことがありすぎた。
このまま泥のように三ヶ月ほど眠り込んでいたい気分だ。
だがそうもいかない。

(*゚ー゚)「?」

疲労困憊のハインをしぃが不思議そうに見る。
そんな彼女に、ハインは思わず吹き出していた。

从 ゚∀从「この幸せ者はまったく……」

(*゚ー゚)「~~~……」

从 ゚∀从「そうだ、一緒に風呂入ろうか」




服を脱ぎ捨て、クリーナーに放り込むと彼女のやたらスタイルのよい身体が露わになった。
華奢なくせに、出るべきところは出ているから不思議なものである。
しぃの服も脱がせて、風呂へ連れて行く。

从 ゚∀从「よっしゃ、お姉さんが洗ってやろう」

(*゚ー゚)「!」

シャワーから出てきた湯にしぃは少々驚いた様子だった。
ハインが爆笑すると、彼女は少し頬を膨らませた。

从 ゚∀从「よし、頭から頭から……」

昨日のうちに第二ホールから仕入れてきたシャンプーを取り出す。
それでわしゃわしゃとしぃの整った髪を洗ってやる。
戸惑ってばかりだったしぃも、やがては静かに、ハインにされるがままになっていた。

最後にシャワーで洗い流してやると、しぃは一度大きく身震いした。

从 ゚∀从「よっしゃ、次は俺の頭を洗ってくれ?」

(*゚ー゚)「??」

从 ゚∀从「今俺がやったようにしてみな。女は度胸だぜ?」





(*゚ー゚)「……ん~~」

なにやら妙なうめき声をだして、しぃはシャンプーを手にのせる。
だがその手がふと止まり、彼女の指がハインの背中に伸びた。

从 ∀从「ヒャッ……お前どこさわってんだコラ!
      け、結構くすぐったいっつーの! おい!」

しぃがなぜ背中などに興味を示したか。

それは、ハインの背中にはっきりと『雌豚』という二文字が刻まれていたからである。

・・・

・・




―第七話 「或る夜のプロローグ」―

从 ゚∀从もうやめねえか」

ブーンの周囲の世界が一変して、三日目。
何度目かの図書館への訪問を終えた時、ハインが諦観の表情で呟いた。
時刻は夕方。薄い闇が世界全体を柔らかく包み込んでいる。

( ^ω^)「何をやめるんだお?」

从 ゚∀从「なんていうかさ、無駄な抵抗を、だ」

その言葉に沈黙を返す。
しぃだけがやや元気に、嬉しそうな表情で一歩先を歩いていた。

停滞は無益であると、確認すら行ったはずである。
しかし、現状ブーンたちがしていることは停滞以外の何者でもなかった。

この世界は常に同じことを繰り返す。
特別なイベントが入り込む隙間は無いのだ。
あくまでイレギュラーな存在であるブーンたちが侵入しているとしても、である。
思えば、初日に全てが詰め込まれ、それ以降は何もない虚構が巡るばかりだ。

この不変の世界で、今日まで無駄に足掻いてみたものだ。
ハインと共に役所へしょぼんを問い詰めにも行った。
図書館にある開かずの扉をこじ開けてみようとリトライもした。

ただ映像を垂れ流す映画館へも行ってみた。
そこに件の少年は最早いなくなっていた。
達観の極地に至っていた彼が何を思って死んでいくのか、少しは興味を持った。




从 ゚∀从「これからどうする?」

ハインが無気力にそう投げかけた。

( ^ω^)「おー……」

ブーンも覇気の無い声を漏らす。

それは今のところ、自分たちにとって本題である。
しかし、どうにも考えるのが面倒であるし、考えたところでどうしようもない。
努力して何もかもができてしまえば、誰も苦労しないだろう。

从 ゚∀从「このままでいいんじゃねえかな、とか思っちゃうんだよな。
      別にこの世界を好いてるわけでもないが……
      なんていうか、無意味に足掻くほど嫌でもないだろって」

反論の余地を見いだせないのが些か悲しい。

( ^ω^)「でも……僕は帰りたいお。
      そのうち非保護層とかになっちゃったら洒落にならないお」

从 ゚∀从「んまぁ、そりゃそうなんだけどさ……」

自分には、まだ聞いていないツンの答えがある。
しかしそれすらも、大して重要なことでないように思えてきてしまう。
生きているのかさえ、確証が持てなくなってきている。
今、こうしている自分に意義はあるのだろうか。少なくとも、自己満足に足りるだけの意義が。

从 ゚∀从「でももう、詰んでるだろ。たった一つの可能性を除いてな」




( ^ω^)「それは……?」

从 ゚∀从「下だよ」

下。モララーが言っていた崩れかかっている場所。
そこから垣間見えるはずの、広がる空間。確かに、調べてみる価値はある、だろうか。
価値があるとして、下の空間へ降下する手段があるのか。

从 ゚∀从「まぁ何にせよ明日にしようぜ。
      急ぐこともねえし、そろそろ夜だ」

そう言って、しぃを追いかけ先をいくハイン。
ブーンもそれに同調した。確かに、それほど急く問題でもない。
しかしながら、当初ほどの焦燥が失われていることに不安も感じていた。

从 ゚∀从「……ん?」

ふと、ハインが足を止めて空を仰ぐ。
パラパラと、例のものがまたも空から降ってきていた。

天から舞い落ちる塗料は日毎に頻度と数を増していた。
それが兆す事実はいったい何であるというのか。

今宵も夜の始まりを告げるサイレンが響き渡る。
三日間。この世界に来て三度目の夜。
その間に何が得られたのかを考えると、零としか言いようがないのだ。

そしてそのとき、ブーンは目の前を通り過ぎていこうとする人影に気付いた。




( ^ω^)「ペニサスかお?」

つい声をかけていた。人影は立ち止まり、ゆっくり振り向く。
虚ろな表情、光の弱い、窪んだ瞳。
何やら拉がれた風情であるが、彼女は間違いなくペニサスである。

从 ゚∀从「お前……何やってんだ?」

ハインが興味も無さそうに尋ねた。
ペニサスは二、三度眼球を左右させてから、ぼんやりと答える。

('、`*川「……ジョルジュくんをさがしてる」

从 ゚∀从「そりゃあ……」

ペニサスと遭遇したのは久方ぶりである気がする。
最初に日に別れて以来ではないだろうか。
相変わらず「ジョルジュくん」とやらを追いかけているらしいから、大した根性だ。
螺旋階段の如くうねった根性であるが、それを指摘するのは愚かしい行為だろう。

何をどう考えても「ジョルジュくん」はここにいない。
ブーンは彼女の脳内構造を覗いてみたくなった。
きっと、滑稽なレイアウトで形成されているに違いない。

会話は途切れ、ペニサスは何も言わずに再び整然とした街並みの向こうへ消えていった。
それを見送る際、ハインがにやついていたのは間違いない。




そういえば、ドクオはどうしたのだろうか。
彼にも、あの朝以降全く会っていない。

完全なる挙動不審な性質を持つ彼のことだ。
おそらく部屋に閉じこもって、
無味無臭の時間経過を甘受しているといったところだろう。

从 ゚∀从「……帰ろう」

世界の光量が少なくなり、ハインが何か焦っているような口調でそういった。

( ^ω^)「うん……」

从 ゚∀从「しかしまぁ、俺たちももっと協力すべきだよな。
      端からてんでバラバラって、やる気ないにもほどがあるぜ」

協力なんて糞食らえ。
そう言いたげに、ハインは笑った。




部屋に帰り、ブーンはその足でベッドに倒れ込んだ。
そのまま寝転がって天井を見上げる。
狂気的なまでの白色が、今にも落ちてきそうな錯覚がよぎる。

今日も何もないままに一日が終わる。
明日も、おそらく明後日も。そして永遠に。
いや、それではダメなのだ。いつか変化しなければならない。
できれば、近いうちに。

しかし、そう思っている自分のどこかに、ハインに賛同している自分がいる。
つまり、このままでいいじゃないか、と。
ここに住み着いてしまえば、たとえば将来を考えなくて済むようになる。
受験もない、仕事もない。死の恐怖さえいつしか無くなるのだろう。

その心情に逆らうのは、手に入れられるかもわからない幸せや喜びが、
確実性を持って消えていくのを怖がっているなけなしの人間味である。

対立する二つの感情に挟まれ、今の自分は中間の甘美を受け入れている。
そうした心情であるとき、ここはひどく住み心地がよい。
何もしなくても、ただ順調に月日が流れていくからだ。




サイレンが唸りをあげた。
本格的に夜が始まる。

それが響き終えてから少しして、ドン、ドンと扉を乱暴に蹴る音がした。
いつものお客だ。立ち上がり、解錠に向かう。

从 ゚∀从「よう」

ハインが、片手をあげて入ってきた。
その後ろからしぃが、粛々とした態度で室内に足を踏み入れる。
未だ彼女から、何か危なげな兆候は、特に見られない。
物静かすぎるのがいささか気になるぐらいだ。
だがそれは、前の飼い主がそう教え込んだからかもしれなかった。

ハインは近頃――といってもここ三日ほどの話であるが――夜になると必ず部屋にやってくる。
特に何をするわけでもない。
ただぐだぐだと、くだらない話を展開させる、
或いはブーンを置いてしぃと遊ぶ、せいぜいその程度である。
そして、眠気が襲ってくると、ようやく自分の部屋へ戻っていくのだ。

そう、それだけなのである。




( ^ω^)「ハインは、夜中になるとなんで僕の部屋に来るんだお?」

从 ゚∀从「あぁ?」

意外と語気強く返されたのでブーンは少々たじろいだ。
ハインはしばし犯人を問い詰める刑事のような目でブーンを睨め付け、
やがて納得したように唇を笑みに見えるよう歪ませた。

从 ゚∀从「お前さ」

( ^ω^)「お?」

从 ゚∀从「溜まってるだろ」

ハインに陽気な口調で手榴弾を投げつけられ、ブーンは更に怯んだ。

(;^ω^)「な、何を言い出すんだお!」

从 ゚∀从「そりゃそうだよな。
      毎晩邪魔してることになる……
      つーかあれか、ぶっちゃけ俺とヤりたいか?」

民衆を虐殺する兵士のように、
平気な顔で下品な言葉を並べるハイン。
ブーンは、この話題を振った数秒前の自分に殺意を覚えた。
溜まっているのは事実であるから、尚更である。




从 ゚∀从「でもなぁ、正直」

ベッドに腰をかけ、脚を空中で揺らしながらハインは言う。

从 ゚∀从「俺とヤっても大して気持ちよくないと思うぜ。
      もっとも、お前がよっぽどオカシナ趣味を持っていたとしたら別だが。
      そうだとすりゃ、俺もそれなりには喜ぶ」

(;^ω^)「いやだから、その」

从 ゚∀从「まぁ心配すんなよ」

何を心配するなというのだろう。
しぃが、これでもかと言わんばかりの無垢な目でブーンを見つめている。
居心地悪いことこの上なく、ブーンは早々に話題の転換を図った。
質問をはぐらかされたことになるが、この際仕方がない。

そうして、その夜も変わることなく更けていくはずだった。

しかしそれは、静かに、或いは大仰に足音を立てて近づいていたのだ。

―――――――――――――――――――――――――――――




自責、後悔、罪悪感、そして開き直り。
矛盾しているような思いが混濁し、意識の前面に押し出され、
遂には形而下へと吐き出される。

喉を掻き毟り、そのまま肉と気管を削ぎ落として楽になってしまいたいという欲望。
しかしそれは実行されず、自らが作り出した暗鬱に飲み込まれていきそうになる。

('A`)「……」

部屋中に空のチューブが放置されている。
それは散々たる光景で、しかし彼にとって慣れた風景でもあった。

いつも自室にはペットボトルが散乱していた。
それがやや様相を変化させただけである。

ただ、ここにはゲームもパソコンもテレビすらもない。

ぼんやりと虚ろにマウスを動かすことも出来なければ、
画面に向かっての会話を行うことも出来ない。

完全たる孤独感に浸っているドクオに自虐の念が押し寄せていた。

あの、名前も知らない女の子を殺したのは自分だ。
無価値の自分が、価値が見いだせるかもしれない人間を消してしまった。




もう一度、拳を壁に打ち付ける。
音もしない。この建造物がよほど頑丈に出来ていることを証明している。
ちりちり、と熱を持った手を見下ろして、彼は笑った。
無表情のままに、首を絞められた鶏のようなぎこちない笑い声を垂れ流し続けた。

ややあって、彼は立ち上がり扉へと向かった。
外に出る。万鈞の重みを持った濃厚な闇が広がっている。

そこでドクオは、なぜ外に出てきたのだろうかと、自分の発作的行動に疑問を呈した。

('A`)「……ま、いいや」

簡単な話、一定の場所に居続けるのが辛かったのだ。
停滞していればしているほど、自分の骨を砕きたくなる。
目が慣れるのを待ってから、ドクオは住居から路上へ足を踏み出した。

閑散、というよりは終末的な世界。

自分の今の心境に似ている、などと。
ドクオは腐れたことを考えた。




適当にふらつく。
何も見つからない。変わらない景色。
そのうちドクオは、自分が地図を部屋に放置してきたことを思い出した。

このままでは自分は帰れなくなるかもしれない。
しかしドクオは焦らなかった。
焦らず、更に前へ進んだ。
目的もなく、ただ足と気の向くままに。

('A`)「めんどくせぇ……」

他の三人は何をしているのだろうと、ふと思考に耽る。
まさか自分のように鬱屈した、これ以上ないほど退廃的な生活を送ってはいないだろう。
特に、ブーンとハインはなかなか行動力がありそうだった。

今頃、帰る手だてを発見しているかもしれない。
いや、もう自分を放置して帰ってしまった可能性も有り得る。
そうだとすれば、随分なお笑い種だ。

そもそも自分の場合――。
仮に元の時間へ帰ることができたとしても、母親に殺される。




だが、それは回避できない事象でもない。
あのときはあまりにも突発的で、何も反応が出来なかった。
しかし今は違う。こうして、対処手段を選択するほどの時間が与えられている。

帰ったとき、もしあの時間から再開されるとすれば、
まず顔面をグーで殴りとばす。
あの虚弱体質の母親だ。十中八九包丁を取り落とすだろう。
自分はその間に逃げるか、その包丁を奪い取って母親を殺してしまえばいい。
それで万事解決だ。

夜陰の中で、彼はあまりにも自由気ままだった。

そうして、ドクオがさらに足取り軽く前へ進んでいたときである。

「おい」

(;'A`)「!」

不意に、誰かに声をかけられた。
その主を探す。




川 ゚ -゚)「ここにいる」

見ると、壁を背に、ぞんざいな態度で座っている女がいた。
ドクオよりは幾分年上だろうか。

('A`)「あ……」

川 ゚ -゚)「率直に言うと、腹が減ったから恵んでくれ」

('A`)「……」

川 ゚ -゚)「もしくはカードを寄越せ」

('A`)「い、いや……」

いつもの挙動不審が復活する。
女は痩せ細ってはいたが、しかし眼光は鋭さを保っている。
この世界には珍しく、まだ生きることに未練を持っているようだった。

川 ゚ -゚)「嫌か?」

('A`)「いや、っつーか……その、カードは持ってる、けど……」

川 ゚ -゚)「じれったい」

女は上からの目線で吐き捨てた。




女は億劫そうに立ち上がる。
その背丈の高さにドクオは驚いた。

川 ゚ -゚)「はいかいいえで答えろ。
     私にカードを寄越すか?」

他の人間とは明らかに威圧感が違う。

差し出した方が良い。
ドクオの弱気な本能がここぞとばかりに叫んだ。
仮に逃走を試みても、どうにも逃げ切れそうにない。

('A`)「わ、わかりました……」

ドクオは素直にポケットから金属製のカードを取り出し、女に手渡す。
女は小さく笑みを浮かべた。

そのとき。

彼らの周囲で、轟音が鳴り渡った。

―――――――――――――――――――――――――――――




いい加減に疲れてきた。
食料はきっちり摂取しているから、空腹に関する問題はない。
ただ、純粋に足が限界だった。
この三日間、ほとんど睡眠もせず歩きっぱなしなのだ。
元々運動能力が並みよりやや劣るペニサスである。
辛くないはずがない。

神経の機能していない足を彼女は決して崩れることのない強固な意志のみで動かしている。
肉体的な疲労など、考慮の範疇にない。

('、`*川「……ジョルジュくん……」

だが、それだけ努力しても、決して思い人が目の前に現れることはない。

これが純粋な恋愛物語であれば、苦しみ続ける彼女に、
そろそろ救いの手がさしのべられても良い頃であろう。
しかし性格のねじれた現実故、未だ世界は彼女を嘲ったままだ。

('、`*川「ジョルジュくーん……」

掠れた声で彼女は名前を呼ぶ。
しかしそれは、建造物群に反響し、あっけなく消え入ってしまった。
もう一度呼んでも結果は同じである。




('、`*川「……ジョルジュ、くん」

唐突に、彼女の目から涙があふれ出した。
それと同時に、彼女の身体がガクリと崩れ、その場に膝をついてしまった。
闇夜に、どれだけ探しても彼女一人しかいない。

(;、;*川「……あれ……」

涙の理由を、力が抜けた理由を、彼女自身理解できなかった。
しかしそれは表層上のことに過ぎない。

最初はただの恋人であったのに、
いつしかあまりにも巨大化してしまった「ジョルジュくん」という存在。
存在を延々追い続けなければ不安でたまらない自分。

その、心の深層に食い込んだ事柄を、彼女自身が理解していないはずがないのだ。

だが表層でそれを認めず、ただ彼女はさめざめと泣いた。
また、そんな自分に混乱さえしていた。

そのとき、彼女はザリ、ザリという忙しない音に気付いた。
それは人間の足音とは思えない、何かを引きずっているような効果音である。
顔を上げて、あたりを見回す。

遠くの角。
そこに、何かが現れた。





(;、;*川「!」

角から出てきた存在。
それは、人ではなかった。

横幅は人間の二倍ほどもあり、さらには天高く、鋭い角のようなものが伸びている。
遠目故に、シルエットでしか判断できない。
それ以上の情報は得られなかった。

その異形の怪物に、さすがのペニサスもたじろいだ。
叫び声すら喉から出てこない。

しかし、むしろ驚いたのはその怪物の方であったようだ。
ペニサスの姿を視認したらしいそれは、こちらへ迫ろうとする動作を止める。
そして、しばらく停止した後に、ザリ、と方向転換する。

彼女は、その怪物に、少なくとも四本以上の脚が備わっていることを知った。
その形相は、サソリのようにも見えた。

怪物が再び忙しない音をたてて消えていくまで、彼女は少しも動くことが出来なかった。
身体の中心あたりについていた一つ目が、彼女をはっきりと貫いたのである。

数秒後。
彼女は超音波にも似た金切り声をあげた。




彼女の中で何かが崩壊した。
元々不安定に成り立っていた精神が自身と、
謎の怪物によって完膚無きまでに潰されたのだ。

わけもわからず叫び続ける。
そのうち、その中に笑い声が混じる。
泣き声が混じる。
怒声さえも。

あらゆる感情が絡み合い、
終わることのない叫び声となって吐き出されていく。

それは永遠に続くかのようだった。
しかし、そうはならなかった。

直後、その世界を、轟音が包み込んだからである。

―――――――――――――――――――――――――――――




その直前、ハインはブーンの部屋から立ち去ろうとしていた。

从 ゚∀从「部屋移動するの面倒だなあ。
      今日ここに泊まろうかな」

( ^ω^)「だからダメだって言ってるお」

从 ゚∀从「でもよ、しぃも一緒だぜ?」

( ^ω^)「そういう問題じゃないお……」

毎夜恒例の会話を終えて、ハインが部屋を出て行こうとしたとき、
その轟音は突如として訪れた。

从 ゚∀从「なんだ……?」

重く、低い、まるで世界の形を歪ませているかのような音。
そしてそれは、音だけで収まらなかった。

突き上げるような震動。
次いで、左右に世界を動かす巨大な揺れ。

地震だ――そう気付いたところで、ブーンは何もアクションを起こせなかった。
ただその場にとどまろうと、態勢を整えようと必死で踏ん張っていた。
無論、何の意味もない。




まるで振り子の球の上にいるかのような不可思議な震動。
内臓までも吐瀉してしまいそうになる。
それと共に、轟音は断続的に、身体の内部までにも響き渡っている。
震度6はあるだろうか……そんなことを、頭の片隅で思う。

やがて、ドガッと何か大きな者が落ちるような音がした。
それ以降も何かが崩れる音、落下する音が相次いで発生する。
それらは密閉されているはずの、
この空間内にまで伝わるほどの巨大な響きを持っていた。

从;゚∀从「なんなんだ!?」

ハインがこの上なく動揺した調子で怒鳴る。
ブーンは返答もできずにただ揺れに耐えようと必死だった。
この建物の崩壊する前兆が見られないのは幸いと言えよう。

(*゚ー゚)「あー……ぁああ」

しぃも、不安げにうめいている。

その震動はまるで永遠であるかのように続き――

そして、まるで一瞬であったかのように停止した。




揺れが収まった後もブーンたちはしばらく動くことが出来なかった。
どれぐらい時間が経過したか――ようやくブーンが足を震わせながら立ち上がって、
ハインに近づく。

(;^ω^)「だ、大丈夫かお?」

从 ゚∀从「……」

(;^ω^)「ハイン?」

从 ゚∀从「あ、あぁ、うん……大丈夫」

扉の前でぼやっと座り込んでしまっているハイン。
しぃは傍に寄り添い、そんなハインを見つめている。

从 ゚∀从「し、しかしデカい揺れだったな」

足取りがおぼついていない。
ブーンが手を貸し、ようやく立ち上がった。

( ^ω^)「外は大丈夫かお……?」

从 ゚∀从「行こうぜ」

彼女は迷わず扉を開いた。




住居を出た瞬間、ブーンは驚きの声をあげた。
そこが、まるで昼間のように明るかったのだ。
まだ朝を告げるサイレンは響いていないし、そんな時間でもない。

地震は昼夜さえも狂わせたのだろうか。

从 ゚∀从「お、おい。あれ……」

ハインの視線の先に、大きな塊があった。
金属製の塊。それはやや地面にめり込んでいる。

从 ゚∀从「なんだ……?」

周囲の住居が崩れた様子は無い。
つまり……。

ブーンは空を見上げた。
灰色の天井の隙間に、微かに緑色が垣間見えた。

( ^ω^)「あれは……空かお……?」

見慣れない色彩。しかし、空以外の何であるというのか。

从 ゚∀从「……あーあ、ついに崩れちまった」




从 ゚∀从「しかし、屋根だとすれば意外と薄いな。
      っつーか、なんだ、この線」

よく見ると、確かにその塊からは複数の電線が顔を覗かせている。
殻には電線が張り巡らされていたようだ。
しかし、何を意味しているのか。

表……外側へ露出している部分は白色に塗られていた。
近づいてみると、微かにジジ、と何かを焼くような音が聞こえる。
間違いなく、この屋根には何かが仕込まれているのだ。

今になって気になる。
殻世界が殻世界である由縁とはなんなのだろうかと。
なぜ殻で覆う必要があるのだろうかと。

( ^ω^)「……! そういえば……」

从 ゚∀从「どうした?」

( ^ω^)「崩れかかってる場所は……大丈夫かお?」

从 ゚∀从「!」

先程の轟音の一部はもしやそれなのかもしれない。
いや、それである可能性はかなり高いと言えるだろう。
すぐに見に行きたい気もする。
しかし、もしも余震等々で自分たちの足場も崩されてはたまったものではない。

ここはまだ、その場所から遠いから大丈夫そうだが。




从 ゚∀从「ペニサスとか、大丈夫なんだろうな……
      しかし、すげぇな。こんなことが起きても静かだ」

確かに、誰一人として騒いでいる様子はない。
住人たちは皆、朝のサイレンが響くまで起き出さないに違いない。

未だこの世界は正常であるようにも思える。

( ^ω^)「とりあえず、ここに立ってるのは危険だお……
      また揺れたりして、デカい塊が落ちてきたら大変だお」

从 ゚∀从「……そう、だな」

だが、そのとき。

『……タダ、イマヨリ……ジュウダイナ……』

鉄塔のスピーカーが、ノイズ混じりの音声を垂れ流し始めた。

・・・

・・




―第八話 「緩慢で急激な墜落」―

『トウガイ……チイキニハ、チカヅカナイヨウ……
 マタ……コレニヨ、リ……ダイイチほーる……
 ……ノシヨ……ウ……ハ
 ……………………………
 …………フカ…………ノウ
 ……………………………………………………
 ……モウシワケ……………………
 ……………………………………………………
 ………………
 …………………………………………
 ……………………………………
 ………………………』

ネジのきれかけたオルゴールのようにぎこちない放送が、
ブツッと一際大きな音を最後に、完全に途絶えてしまった。

薄ぼんやりと耳を傾けていたドクオだが、
ふと我に返って未だはっきりとしない頭を左右に激しく振った。
チリチリと膝が痛む。見ると血がにじんでいた。
建物、それとも天井の破片で傷ついたらしい。
しかし、周囲の惨状を鑑みると、その程度で済んだことは僥倖と言えよう。

川 ゚ -゚)「……第一ホール使用不可、か。
     これでは、せっかくのカードが意味を持たないな」

あの震動の中。カードだけはきっちりと手放さなかったらしい。
片手で弄びながら、女がこともなげに呟いた。




その轟音と激震は突如として彼らを巻き込み、
たちまちその場は阿鼻叫喚の巷と化した。

高い天井は剥がれ落ち、その巨大な破片はビルや地面に落下して砂塵をまきあげる。
粉の雨が、勢い強くドクオたちに降りかかっていた。

何より。
ドクオは眼前にできあがった歪な穴を見遣った。
そこに、隕石ほども巨大な鉄塊が落下し、頑丈と思われた地面をいとも容易く突き破ったのである。
モララーの言っていた崩れやすい場所とはおそらくこの界隈のことだったのだ。

あと少し手前に落ちていたら、今頃自分は完全にすり潰された挽肉となっていただろう。

ようやくその事実を理解して、ドクオは今更震え上がった。

川 ゚ -゚)「これは……」

いつの間にか、隣に女が立っていた。
降りかかった災難など気にする風もなく、
彼女は穴に近づき、首を伸ばしてのぞき込んだ。

川 ゚ -゚)「……面白いな。下がよく見える」

少しも面白く無さそうに言う。つられてドクオも恐る恐るのぞいてみる。

眼下の、意外と近いところにその鉄塊は佇んでいた。
少し勇気を出せば飛び移れそうな距離である。




下の世界がある。
最初の日にモララーがそう言っていた。
鉄塊の隙間から僅かに感じられる光や風景は、
その証明に他ならない。

川 ゚ -゚)「あれは、なんだと思う?」

女が問うた。
冷徹そうに、まるでドクオを試すような口調で。
彼は答えることができなかった。
コミュニケーション能力の欠けた人間にありがちな、だんまりを決め込んだのである。

だが女の方も、ドクオの回答を待つつもりはあまりなかったらしく、
すぐにまた口を開いた。

川 ゚ -゚)「降りてみるか?」

その唐突な提案に、ドクオは目を見張った。
ちょうどよく砕けた鉄塊を頼りに、
その下へ降り立つことが完全に不可能とは言い難い。

川 ゚ -゚)「そうすれば真実が見えるだろうさ。
     わたしも、一度見てみたいしな」




相変わらず表情は硬いままで、しかし興味を持っていることが伺える。
そして、命の糧であるカードすら手渡してしまうドクオが、
その提案を断り切れるはずもなかった。
だが、それでも一言だけ抗った。

('A`)「でも……あ、あぶ、危ないん、じゃ……?」

女はしかし、笑って軽く首を傾げた。

川 ゚ -゚)「この世界の命など、どれもくだらないことで消費するためにある。
     そうは、思わないか?」

否定出来るはずもなかった。

この世界においての、最上の死を迎えたとしても、
それがドクオたちの居た世界ほどに満ち足りているとは到底思えない。
達成感も幸福感も、悲壮感すらそこには発生しないだろう。

だから、ドクオはそれ以上何も言わなかった。
女は同意を得たものと解して、身軽に鉄塊の上へ飛び移った。




とはいえ、意識の同調と実際に行動を起こすことの間には大きな壁が聳えている。

凹凸の激しい斜面を、どこか慣れているように女は下へと降りていく。
一方のドクオは、一歩足を踏み出すたびにバランスを崩し、
転がり落ちそうになりながらようやく踏ん張っているというような風体だ。

それでもやっとのことで途中まで降りて分かったことは、
鉄塊が下の世界の地面に到達しているというわけではないと言うことである。

高度を考えてみれば当然のことだ。
鉄塊は建物の上部に突き刺さっていた。
それも、一際高い塔の上部なのだ。

高所恐怖症でなくとも足が大げさなほどに震える。
しかしここで立ちつくしてしまっていてもどうにもならないと悟って、
ドクオは一気に鉄塊からその下の、塔の最上部へと降り立った。

川 ゚ -゚)「遅い」

一足先に辿り着いていた女が口を尖らせる。
ドクオは何も言えず、ただ周囲を見回した。

塔の屋上であるそこは、ちょうど学校のグラウンドほどの広さがある。
その中央に鉄塊が居座っているといった風情だ。
普段見るものよりも随分高い鉄柵に囲まれている。

展望台だろう、という推測がたつ。
ドクオが今立っている場所からは、下の世界がよく見渡せた。




一望したとき、ドクオは過剰なまでの郷愁を覚えずにはいられなかった。
そこに広がるのは、ついさっきまでドクオが居た無機質な世界とは対を成し、
十数年と心の奥底で感じていた世界とほぼ同じ様相を呈しているのだ。

大小様々で、色鮮やかな建造物。
その間を縫うようにして道路が敷かれ、植えられた街路樹さえ目に留まる。
数年と引き籠もっていたドクオにすら、何もかもが懐かしく感じられた。

ふらふらと歩を進め、いつの間にか縋りつくように鉄柵を手で握りしめていた。
得も言われぬ感傷が、口から不可解な呻きとなって溢れ出る。

なぜこんな場所に来てしまったのだろう。
改めてそんなことを思った。

川 ゚ -゚)「……もう、いいか?」

そんなドクオの一連の行動を見ていた女が溜息混じりに呟いた。

川 ゚ -゚)「ずいぶんと、感動しておられるようだな。
      まぁ、お前が種ならそれも当たり前のことか。
      でもな。お前は良いところばかりを見過ぎている」

言われてドクオは、女を睨むようにして見返した。
だが彼女はその鋭い視線を軽く受け流した。

川 ゚ -゚)「よく見ろ。動いているものが、何もないだろう?」




その通りだった。
この世界にはまだ欠けているものがあるのだ。
彼女のいう動くもの。そして忙しない環境音。

どちらも都市が文化的に機能しているならば欠かすことの出来ない要素だ。
それはしかし、何故だろう。
この街がすでに打ち捨てられ、廃墟と成り果てているのか。
それとも、住人が何らかの理由で絶えてしまったのか。

ここがまだ殻の中であることを考えれば、
後者の方が可能性は高いか。

いずれにせよ、言われるまで気付かなかったことに対して、
ドクオは屈辱にも似た恥ずかしさを覚えた。

川 ゚ -゚)「それだけではない。
      ここからだと少しわかりにくいが、下に降りれば別の違和感にも気付く。
      この世界は、私たちにとっての桃源郷ではない」

女はそう断言して、彼方の屋内へと続く入り口を指さした。

川 ゚ -゚)「あそこから行ってみよう。
      もっと間近で拝んでみたいだろう?」




開け放たれたままの、おそらく自動ドアと思われる扉から中に入る。
薄暗い空間に、下へと続く螺旋階段だけが存在を浮きだたせていた。

螺階を一歩降るたびに高い金属音が鳴る。
どうやら底の方まで吹き抜けになっているらしく、
一度発せられた音は不気味なほど長い残響を生み出した。

川 ゚ -゚)「最先端を行く奴らの施設であるというのに、昇降機もないとはな」

先を行く女が皮肉にしか聞こえない言葉を漏らす。

('A`)「……デケェ階段だな」

ドクオがふと呟いてしまうのも無理はない。
横幅、一段ごとの広さは、それぞれドクオが慣れ親しんでいた階段の倍以上はある。
とても人間のために作られたとは思えない金属製の巨躯が、塔全体を使って蜷局を巻いているのだ。

川 ゚ -゚)「当たり前だ。ここは人間のための施設じゃない」

('A`)「……じゃあ、誰の……?」

川 ゚ -゚)「決まっているだろう。怪物だ。
     私たちを蹂躙し尽くした怪物だよ」




川 ゚ -゚)「少し、休憩しよう」

意外にも女がそんな提案をし、ドクオの返事を聞く前にその場所に座り込んだ。
すでに疲労を覚えていたドクオを案じたのではないらしく、
彼女自身も、少しばかり苦しげに肩を上下させている。

どれだけの道程を進んだかわからない。
階段の始まりも終わりも、もう見えなくなってしまっている。

底部には暗澹たる闇が溜まっている。
その中へ徐々に身を投じていく自分たちが、
まるで緩やかに自殺しているかのような錯覚に陥った。

女は何度となく深呼吸をして、息を整えようと努めている。
ヒュウ、ヒュウと掠れた音が彼女の喉の方から吹き出た。

見かけによらず病弱なのだろうか、などと
ドクオは無闇なシンパシーを感じていた。




川 ゚ -゚)「……腹が、減った」

女が切なげな声を出した。
ドクオから拝領したカードを取り出し、恨めしげに眺める。

川 ゚ -゚)「ここ三日ほど何も口にしていないな。
     さすがの私も、そろそろ限界が近いかもしれない」

('A`)「そ、それまで、はどうやって生き延びて……?」

同情を欲しがるような響きに誘われ、ドクオは口を挟んだ。

川 ゚ -゚)「ずいぶん前にカードを奪って……まぁ持ち主を殺しただけの話だが。
      それで生き延びてきたんだ。
      だが、非保護層とやらになって、そのカードは使えなくなってしまった。
      ……このまま死期が迫ったらまた誰かを襲おうと思っていたとき、
      ちょうどお前が通りかかったよ。」

('A`)「……」

川 ゚ -゚)「まぁ、無駄になってしまったが、な」




('A`)「じ、じゃあ、あん、まりう、うご、動かない方が……」

川 ゚ -゚)「さっきも言っただろう。
     この世界の命など、くだらないことのために費やすためにあるのだ、と」

その表情に、先刻の勇ましさは少しも感じられない。
疲労に囚われ、纏っていたオーラを剥ぎ取った彼女は、
純粋無垢な少女のような面持ちをドクオに印象づけた。

('A`)「……」

川 ゚ -゚)「まぁもっとも、それは客体的に見た場合の意見だ。
      主体的に見れば、また別のかんがえも生まれるだろうな。
      想像するのも面倒だが」

言葉を切り、女は立ち上がる。
そしてまた、元通りの歩調で階段を降り始めた。

川 ゚ -゚)「急ごう。
      もしかしたら、あと僅かしか時間が残っていないのかもしれない」




それからも幾度かの休憩を重ねて、
ようやくドクオたちは塔から脱することが出来た。

('A`)「うぉ……」

淡い光に満ち満ちた街の風景に、
ドクオは驚愕し、嘆いた。

上空からでは感じ取れなかった異質が展開されている。
何もかもが巨大なのだ。

造形的な面では確かに人間たちのための建物であり、道路であるように思える。
しかしそれらは、螺旋階段同様に並外れた大きさを持ち、全てが
まるで巨人の国に迷い込んでしまったかのようだ。

望みが壊れた。

ここはどうやら都市部の中心地点にあたる場所のようだ。
様々なビルが建ち並び、住宅のようなものはこのあたりには見あたらない。
だが無人である以上、それらはただ寂寞を増幅させるのみだ。




女に従い、街の見物を始める。
観察するにつれ、それらから漂う共通の違和感に気付き始めた。
どれも人間が使うには少しばかり不便な出来をしているのだ。

路上に放置されたままの乗り物は、車とは程遠い形状をしているし、
中を覗いてみてもどのように操作すればいいのか一向に理解できなかった。

('A`)「……」

そろそろ、ドクオも感づいていた。
もう、あえて避けることもできないちぐはぐさ。

川 ゚ -゚)「これがこの時代、この世界の現実だ。
     言っただろう、支配者はグロテスクな怪物だ」

大木という言葉が似つかわしい街路樹の下で女は立ち止まり、言った。

川 ゚ -゚)「やつらは人間よりも遙かに大きくてな、
     知能も人間並みか、それ以上のやつがたくさんいた。
     もっとも、ただただ凶暴な奴もいたから殻なんてものが出来たんだが」

('A`)「怪物、怪物……怪物って……なん、なんだよ」

川 ゚ -゚)「ん?」

('A`)「地球は、この、未来は……か、怪物に……
    じゃ、じゃあ、人間は……?」




川 ゚ -゚)「滅びた……少なくとも、お前が知るような高尚な種類のはな」

('A`)「そ、そんなはずが……」

ドクオは知らない。何も知らないのだ。
彼の中に常識として存在する定義の中に、人類滅亡などというものはない。
それは当然、非常識や空想にカテゴライズされるべきことなのだ。
故に、さらりと口に出されたところで、信じられるはずがなかった。
論拠となる要素は、揃っているというのに。

川 ゚ -゚)「今残っているのは、上にいる、無気力で自堕落なゴミだけだ。
     それも、怪物に飼われているペットにすぎん」

('A`)「……ペット……?」

川 ゚ -゚)「お前は、第一ホールや第二ホールなんていう、
     無駄に高機能な施設を、あの輩共に作れると思うか?
     誰も使わない図書館や映画館が何故ある?
     保護層・非保護層を管理しているのは誰だ?
     あの忌々しいサイレンと放送の主は?」

('A`)「……」

川 ゚ -゚)「……全部、怪物だ。
人間という種が今まで生きながらえてきたのは、全て怪物のおかげだったんだよ
     しかし……なぜだろう。なぜここにいるはずの怪物はいなくなってしまったんだ?」




('A`)「そ、そんなの、お、おかしいじゃねえか……!」

人が人であるための矜恃。
そんなものを、ドクオは肩に担いでいるように感じた。
だが女は否定する。

川 ゚ -゚)「おかしくはないさ。
     過去、永遠と錯覚しそうなほど長きにわたって人間がこの世界を支配していた。
     その権利が譲渡されただけの話だ。
     怪物は人間を凌駕した。当然の成り行きだ」

('A`)「そ、そのか、怪物が、な、なんで人間を……ほ、保護してるんだよ……」

川 ゚ -゚)「だからペット感覚だ。優越感の表れと言ってもいい」

('A`)「そんなもん!」

ドクオがいよいよもって叫び声をあげた。
響くこともなく、それは空気の中に消え入った。




('A`)「そんなもん……」

川 ゚ -゚)「返す言葉もないだろうな」

('A`)「……」

そんなはなずはない。そんなはずはない。
ドクオは何度も心の中で繰り返す。
しかし、そうしたところで真実が捻れ、心が満たされるわけがない。

あの、退廃的な日々の裏に手に負えないほどの歴史が隠されていたのである。

それらを保ってきた殻は破られた。
これからどうなる。少なくとも。
もう、戻ることはできないだろう。

川 ゚ -゚)「諦めろ。お前もまた、種としての仕事を果たせないまま死んでいく」

('A`)「……」

泣けばいいのか、怒ればいいのか。
目の前の女を、殺せばいいのか、好けばいいのか。
何もわからなくなっていた。

そんな感情のほつれを、
上からくだらないと嘲る自分さえもが存在していた。




('A`)「……はは、ねーよ。
    ありえねーよ」

やがてドクオは、また自己防衛に走った。
あの少女を追い込んだときと同じだ。
都合の良いように、最も自分が守られる方向に思考を巡らせる。

('A`)「大体お前誰なんだよ……
    なんで、なんでそんなこと知ってるんだよ……なぁ。
    お前もここで生まれて育ったんだろ?
    だったら他の奴らと同じように何も知らないはずじゃねえか!
    そうだろ、そうなんだろ?」

女はしばし沈黙した。
ドクオは数瞬、勝利に酔うことができた。

川 ゚ -゚)「私が誰か、か」

女が、ずいとドクオににじり寄った。

川 ゚ -゚)「私を、どこかで見たことはないか?」

ドクオはヒッと小さく息を飲んだ。
女に、出会ったときの威圧感が復活していたのだ。

―――――――――――――――――――――――――――――




从 ゚∀从「……冗談じゃねえよ、マジで」

鉄塔から垂れ流された放送に、ハインが吐いた感想である。

彼らは今、再びブーンの部屋に舞い戻っていた。
少なくともここであれば安心であろうという、希望混じりの推測によるものだ。

外から、先程以上の物音は聞こえない。
ひとまず沈静化したようではあるのだが、
いつまた揺れが襲い、天井が崩れ落ちるかなどと考えていると、迂闊に外に出られない。

そのうえで、件の放送内容である。

从 ゚∀从「……つまりあれか。
      しばらくメシ抜きってことか」

(;^ω^)「しばらくどころか永久に、かもしれないお」

むしろ、復旧する可能性が考えられない。
この世界の誰が、そのような技術を持っているというのだろう。
考えられるのは放送の主、であるのだが、
その正体を、ホールを利用している人間の誰もが知らないというのだから、皮肉なものである。





从 ゚∀从「……どうするよ。食料、ゼロだぜ」

そろそろ日付が変わりそうな時刻。
空腹を覚え、食欲が露わになるのも時間の問題だ。
蓄えなど在るはずもない。

从#゚∀从「ま、大多数の人間は、この状況を受け入れて野垂れ死ぬんだろうけどな。
      冗談じゃねえや。大体地震ぐらいで一番重要な供給システムが潰れるってどういうことだよ。
      ここの技術は進んでるんじゃないのか」

苛立たしげに彼女は不平を言い連ねた。

( ^ω^)「しぃの食料は無事……なのかお」

ブーンがしぃを見つめ、彼女は上目遣いで視線を合わせた。
第二ホールのことは何も伝えられていない。
しかし、絶望であると考えて間違いではないだろう。

もしもこのままの状態が続いてしまえば、待ち受けているものは自ずと明らかだ。
餓死、そしてその前にやって来るであろう自己意識の崩壊。

あまりにも仰々しい。
心の片隅にある余裕の残滓がそう反論するが、
一方で叫びたくなるような焦りが大勢を占めているのだ。




それはおそらく、ハインも同様であろう。
まるで自分たちが、くだらない我慢比べをやっているように思えた。
どこかに、先に心を折った方が負けというような感情がある。

从 ゚∀从「これからどうするよ。
      何もかもほっぽり出して寝てやりたい気分だが、
      さすがに目が冴えちまってて、無理そうだ」

ベッドに寝転がり、虚ろに黒眼を彷徨わせながらハインが言った。

確実に、彼女は現実逃避しようとしている。ブーンはそう思った。
おそらくハインが求めているのは、
あるとは思えない現実的な解決策やシリアスな話題ではない。
他愛もない会話で、現状が風のように消えてしまうことを望んでいるのだ。

ブーンとてしかし、楽観的な姿勢を取ることができるはずもなかった。
急激に身近に感じ始めた死という言葉。
これまで以上に、早急に対処法を見いださなければならない。
だが、そうやって急いてしまえば確実に狂ってしまうだろうという確かな自覚もあった。

結局、舞い降りたのは今までで最も重い闃寂であった。




しばらくして、ブーンが根負けしたように口を開いた。

( ^ω^)「ハインは、なんでこの世界が殻に覆われていると思うお?」

从 ゚∀从「……ん」

それはさっきから頭に引っかかっていた疑問である。
この期に及んでやっと気付いたと言うべきか。

破れた殻の隙間から、緑色ながら空が垣間見られた。
つまり、外側にも世界は広がっていると言うことなのだ。

从 ゚∀从「知らねえよ、そんなことさ……」

案の定、ハインは乗り気ではない。
それでも「そう言えば……」と言葉を繋いだ。

从 ゚∀从「あの、偉そうなクソガキが言ってたよな。
      得体の知れない化け物が、人間を殺しまくったって。
      仮にここが人間たちを保護する空間なら、殻はそれを守っていたんじゃねえの?」




その可能性がもっとも高い。
しかしながら。

( ^ω^)「でも、人間たちにこの殻を作るほどの力があったのかお?」

从 ゚∀从「そいつは……うん、無いな。
      滅ぼされかけていた種族に、これだけの規模のものは作れない」

( ^ω^)「じゃあ、誰だと?」

从 ゚∀从「知ったことかよ」

ごろり、とハインは壁の方を向いてしまった。
何も事を進められず、思考さえも行き詰まる。
誰かに直接害を与えられたわけでもないのに、万策尽きているのだ。

立っていることがもどかしくなって、ブーンは床の上に転がった。
前触れもなく流れそうになった涙を、なんとか押しとどめる。

从 ゚∀从「せっかく、この世界を気に入り始めたってのになあ」

そんなハインの台詞は、妙に現実的な響きを持っていた。




それからのことをブーンも、おそらくハインもよく覚えていない。
ただ、気付いたらブーンは意識をなくしていて、
そんな彼を覚醒させたのは、他ならぬしぃだったのである。

(* ー )「……ん、……ーん」

( -ω-)「お……?」

(*゚ー゚)「ぶーん、ぶーん」

しきりに彼の身体を両手で揺さぶるしぃ。
ブーンは辛うじて目を覚まし、眩しそうな表情でしぃを見遣った。
そしてすぐさま、その事実に気付いたのである。

( ^ω^)「しぃ……今、僕の名前を呼んだかお?」

今まで、かすかに呻くような声を出したり、
鳴いたりしたことはあったが、名前を呼ばれたのは初めてではないだろうか。

確か、モララーも「人間の言葉を、多少ながらしゃべるようになる」とは言っていた。
そして、それが今現出しただけの話だ。

それだけなのに、ブーンはなぜか為体の知れない恐怖を感じずにはいられなかった。




(*゚ー゚)「ぶーん、ぶーん」

彼女は彼が起きたのを確認すると、今度は扉の方を指さした。
その顔に、叩き殺される寸前のような鬼気迫る、
そのうえで何も思っていないような乱雑な表情がはりついている。

( ^ω^)「外が、どうかしたのかお?」

声の震えが自分でもよくわかる。
嫌な予感は、予感で止まってなどいないのだ。
それが現実となってブーンを蹂躙するまでに、幾許ほども時間は必要だろうか。

すっかり眠り込んでいたために、どれほど時間が経ったかも分からない。
一秒か、或いは二千年か。
彼はゆっくりと扉の方へ歩いた。
今ここにあるのは、いつもと変わらない日常の風景だ。
しかし、その扉を開いた瞬間に、それが破壊されてしまうことは最早保証された未来なのである。

ブーンの意に反して、扉に手が伸びた。
絶叫を息と一緒に飲み込むと同時に、彼は勢いよくそれを開け放った。




一瞬落ちた静けさの後、空気を震わす咆吼が轟いた。
そこから連鎖的にあちらこちらで発せられる人にあらざるモノの雄叫び。
それはまるで、狂騒の宴のようだ。

しぃが高い声で悲鳴をあげて、ブーンに有り得ないほどの力でしがみついた。
だが彼にも支えてやれるほど心に余地がない。

ずしん、と上空から何かが落下する音が響く。
それはしかし、天井が剥がれ落ちたときのものとは異なる性質であるように聞こえた。
もっと軽く、そして小さなもの。

加えて、それは身近に着地している。

再び唸る怪物。
仄かに鼻腔をくすぐるのは血液の匂い。

ハインの予想はおおむね正解していたと考えて良いだろう。
この殻は、人間たちの平和で退屈な世界を守るために存在していたのだ。

ほぼ無心状態で、ブーンは建物の外まで歩を進めた。
そこから、空を見上げる。

今まさに、亀裂の走った殻を剥がし、中へ落下してこようとする何かが見えた。
それは遠く、何かとしか言いようがない。
明らかなのは、それが人間でないということだけである。




低い唸り声が後ろで響いた。
振り返る。
そこにいた。

それを説明するならば、蠍と表現するのが適切であろう。
人間の二倍ほどもある、巨大な蠍である。
尻尾のようなものが天高く伸び、その先端には寒気がするほど鋭い針が備わっている。

無数の脚が、ぞわぞわと一斉に動いた。
紫色の背中から突き出たこぶのようなものに据え付けられている、
拳大ほどもある一つ目がブーンたち二人を確実に捉えた。

瞬間、遂にブーンは口から血を吐かんばかりの絶叫を迸らせた。

・・・

・・




―第9話 「偉大なる献身」―

口の中を苦い唾液が満たす。
両の瞳が色を失っていくのをぼんやりと感じ始める。
そして次の瞬間には怪物に背を向け、無意識のままに地面を思いきり足で蹴っていた。

風を切る音が断続的に鼓膜を揺らす。視界が徐々に霞んでいく。
それでもブーンは、右手にしぃの手をしっかりと握り締め、死に物狂いで走り続けた。

交差点で右に曲がり、また、次の交差点では左に曲がった。
そうして一様に同じ景色を見せつけてくる灰色の街並みを駆け抜けた。
ゾゾゾ、という奇怪な足音が、背後からいつまでも追い縋ってくる。
振り向くまでもなく、怪物は追いかけてきているのだ。

或いは、怪物は見た目ほど速く走れないのかもしれない。
そうであれば、それはブーンたちにとって幸いなことであるが、
それほど肯定的な思考が働くわけがない。




狂気的なまでに整然と建物が並べられているこの空間に、ブーンたちの逃げ場所はなかった。
彼らを守るような組織はここには存在しない。警察も、軍隊も。
唯一内部機構と呼ばれる機関があるにはあるのだが、
あのような意義すら見失っているような連中をあてにできるはずもない。

自分の身は自分で守らなければならない。そんな、ある種当たり前の事を今更悟って、
ブーンは更に絶望の深淵へとたたき落とされた。

もう何度目ともわからない角を曲がって、ブーンは息を飲んだ。
そこに別の怪物が、無闇に人間的な両腕で意識を喪失した人間を掴み、
その前頭部に尾の先に備わった鋭い針を差し込んでいたのだ。

ブーンたち二人の気配に気付き、怪物はぎょろ、と拳大の眼球で彼らを睨め付けた。
後ろからは未だ断続的に彼らを追う足音が響いている。
爆発しそうな勢いで心臓を跳ね上がらせながら、ブーンは別の方向へ脚を向けた。

時折、上空から何か重たいものが落下したかのように、地響きが空間を包む。
灰色の空を仰ぐ。世界を覆う殻に走った亀裂を頼りに、
外壁を引き剥がし、中に侵入してこようとする怪物の群れがはっきりと見て取れた。




彼らは今まさに、このあまりにも凡々たる平和に満ちた世界に押し入り、
そこに住む存在の意志すら見失った人間を蹂躙し尽くそうとしているのだ。
最早それは虐殺、畜殺でしかない。強者が弱者に対して行う一方的な攻撃であり、強者である証明であった。

被害者になって始めてその救いの無さに気付く。
このまま逃げ続けて、逃げ続けて、そしてどうすればいいというのか。
いずれは殺される。それもさほど遠くない未来に。例えば今、この瞬間に前方から怪物が現れ、
後からも追いつかれてしまえばそれで終いだ。

(*゚ー゚)「ぶーん……?」

しぃの心配げな声に、ブーンは我に返る。いつの間にか彼は走るのをやめ、歩いていた。
怪物から逃れきったと思ったから、という要素もある。
しかしそれ以上に、今逃げてどうするのか。余計に苦しんでどうするのか。
いっそこのまま殺されてしまえばいい。そんな諦観が彼の中に満ち満ちたからであった。

じっとしぃを見つめる。彼女も、ブーンを苦しげに潤んだ両の瞳でしっかりと捉えている。
一瞬、時が停止したような感覚に陥って、しかしその寸陰は再び轟いた咆吼によって打ち破られた。




怪物が建造物の影から、不気味にてらてらと輝く鱗を携えて姿を現す。
獲物を追う異形の狩人は、昆虫じみた顔面にある双眸と、こぶの眼球、その三つを使って、
哀れたる小人を逃がすまいと血眼になって探している。

やがてブーンを捕捉したとき、怪物は亡者の呪詛のような唸り声を上げた。

対峙してブーンは、また赤子のように叫喚して、踵を返し、全速力で走り出した。
それは、例えばしぃを守るためなどという正義感や、
諦観という名の、人間としての矜恃のような素晴らしき行動理念からきたものではない。

ただただ、恐ろしい。
怪物という存在が、殻の中という世界が、自己に内在する感情が、死という概念が。
全てに恐怖して、故にブーンは逃げるのである。

さほど時間の経ってない過去を思い出す。
しぃをダストホールから救い出したとき。ブーンは彼女の表情に魅せられたからこそ、
モララーに向かって叫んだのだった。しかし、本当に理由はそれだけだったか。
「お前さあ、何がしたいの?」そんなハインの台詞がまざまざと思い返された。




思考の針も状況の針も負の方向に振り切ってしまっている。
再び怪物の視界から外れた事を確認して、ブーンは他の建造物よりも平たい、
所謂ホールの一つと思われる場所に逃げ込んだ。

電気供給が絶たれてしまっているのか、中は薄暗い。
中央に、奥まで続く廊下が見えた。その両端を壁が隔てているということはつまり、
ここは他のホールのように大広間があるのではなく、
少なくとも二つ以上の部屋に分けられているという事だろう。

(  ω )「大丈夫かお、しぃ」

(*゚ー゚)「……」

ヒュウヒュウと喉を鳴らしながらしぃは、しかし気丈に首肯した。
とりあえず、ここに隠れ潜むにしても、入り口に突っ立っているのは危険すぎる。
ブーンはしぃを従え、恐る恐る奥へと進む事にした。

ブーンの予想通り、このホールはいくつかの個室に区切られていた。
その部屋にも、部屋の隅にベッドが置かれ、そしてそのベッドには、
不可思議な形をした巨大な機械が設置されている。




病院ではないだろうか、しばらく部屋を眺めていて、ブーンはそう思い当たった。
部屋一つ一つが病室で、設置されている機械は、おそらく自動治療器具か何か。
この世界の先進技術ならば、おそらく造作もない事なのだろう。
問題は誰がそれらを設計、開発したかということなのだが。

一番奥の部屋に入り、ブーンは思わず小さな叫び声をあげた。
そこに、三人の人間がいたのだ。一人はベッドの上に仰臥しており、
後の二人は壁際に俯いて座り込んでいる。
ブーンたちが足音立てて入ってきても、誰一人反応しなかった。

(;^ω^)「あ、あの」

鼓動を抑えながら、声を出してみる。僅かに反響して、返事は無い。
ベッドの傍に座り込んでいるのは、髪の長さから考えて女性のようだ。
彼らが何をしているのか、ブーンにはまったく予想できなかった。

しかし、ベッドに近づき、そこに寝ている男の額に円形の穴が開いている事に気付いて、
ようやくブーンは悟った。悟って、ヒィと息を飲んだ。
それと同時、仰臥する男の喉元が真っ二つに裂け、肉片と共に繊毛を帯びた脚が飛び出した。




その亀裂は男の腹部にまで至り、そうしてそこから得体の知れぬ物体が何とか這い出ようともがいている。
映画館の少年が言っていた。怪物が殺した人間も、怪物に変貌する、と。
腐敗したような血液の臭気が周囲に漂う。
ブーンは腰を抜かしそうになるのをなんとかこらえて、後ずさった。

変化はベッドの上の男にだけ起こったものではない。
壁際の二人の後頭部からも、怪物が皮膚を破って脚を出し、そしてその脚を器用に使って、
母体である人間の身体を裂いていく。骨の欠片であったり、内臓の一部であったりが、飛び散る。
赤黒い液体はブーンに足下にまで届いていた。

数分もせず、そこには人間に寄生していた小型の怪物が三体、
外に出られた喜びを噛み締めるかのように、キィキィと高音で喚いていた。
抜け殻となった三人は、もう人間の形をとどめてはおらず、ただ血生臭い残骸として転がっている。

その光景を目の当たりにして、ブーンはその場を動く事ができなかった。
狂ったように首を左右に振って、激しく呼吸をするのみである。
やがて一体の怪物がブーンに気付き、蠍のように反り返った尾をうねらせながら接近しはじめる。

そのとき、つと、ブーンを守るかのように、誰かが彼の前に立ちふさがった。
しぃである。彼女は両手を左右に目一杯広げ、ブーンを守ろうとしていた。




( ゜ω゜)「しぃ……?」

情けないほど弱々しい声を出す。しぃに守られようとは思いもしなかった。
いや、彼女にそのような本能が備わっているとさえ考えていなかった。
彼女は、自分が守らなければならない。そういう正義への欲望が今なお続いていた。
そんな欲望さえ、今や自己同一性の大半を占めるようになってしまっていた。
生きる事を、アイデンティティーの存在と定義づけるならば、彼はもう死に直面している。

怪物がしぃに飛びかかろうとしたその刹那、ブーンはしぃの手を取り、出口に向かって駆け出した。
彼女は自分が守らなければならない。
そうしなければ生きていけない。そうしなければ、生きていけない。

病院を出て、更に走る。ともかく安全な場所を探さなければならなかった。
ブーンにせよ、おそらくしぃにせよもう体力は限界点にまで到達してしまっている。
このまま路上で朽ち果てるよりは、どこかに隠れた方が幾分ましだろう。

しかしそこがもう、先程のように襲撃されてしまっている可能性も否定できない。
事実、生まれたばかりと思われる怪物の幼体にも幾度か遭遇した。




今まで一度も使った事の無かったエレベーターを使い、最上階へ向かう。
そして廊下の一番奥に向かって、ようやく腰を落ち着けた。
その瞬間、途轍もない嘔吐欲がこみ上げてきたが、何とか飲み込む。

(*゚ー゚)「ぶーん、ぶーん、だいじょうぶ? 大丈夫?」

( ´ω`)「大丈夫、大丈夫だお。全然、全然大丈夫……」

これからどうすればいいのか。最早どうしようもなくなってしまった。
元の世界へ帰るなどとは夢のまた夢。それどころか、住居に戻れるかどうかさえ怪しい。
そういえばハインを置いてきてしまった。今になってようやく思い出す自分を責めながら、
他方で仕方がなかったのだ、と言い訳する事も忘れない。

第一ホールは使えなくなってしまっている。つまり食料を得る事は出来ない。
どの道を辿るにせよ、程遠くない場所に待ちかまえているのは死のみである。
唐突に訪れた空腹感に苛みながら、ブーンは二度目の諦観をした。




(*゚ー゚)「大丈夫、大丈夫……ちっちゃいのは、だいじょうぶ」

( ´ω`)「お?」

(*゚ー゚)「ちっちゃいのは、だいじょうぶ。あたし、が死んだら、それで、けほ、おしまいになる。
     大きいのはだめ……一人、じゃおしまいにならない。あきらめよう、あきら、めよう」

しぃが咳き込みながら紡ぐ言葉を、ブーンは沈黙して聞いた。
ぎこちなくはあるが、はっきり自分の意志を持って彼女は話している。
所謂オウムのような類とは違うのだ。彼女は言語能力そのものを覚えたというのだろうか。
それに。

( ^ω^)「そんなこと、なんで知ってるんだお……?」

今の言葉は、そもそも怪物のことを知らなければ発せられない。
この殻の中にいる限り、そのようなことはわからないはずだった。
まるでそれは、彼女の中に原初的に存在していた記憶であるかのようだ。




(*゚ー゚)「おしえられた……そういう、ふうに教え、けほ、られた。オトナを守るために、おしえ、られた。
     ……ぶーんは」

( ^ω^)「?」

(*゚ー゚)「ぶーんはいま、怖がっているよ」

不意にしぃがブーンの胸の辺りに頬をすり寄せた。
そうして、座り込んでいるブーンの背中に腕を回し、彼に身体を埋めるようにして抱き締める。
突然の事にブーンはどうすることもできず、ただ子猫のようにじゃれつく彼女を見下ろす。

(*゚ー゚)「怖がってるなら、抱いて、いい、
     みんな、こわがってると、き。けほ。すごいおかしなかおしてあたしを抱いたよ。
     だから、ぶーんも、だいていいよ」

それらの、彼女の記憶の残滓はまるで刃のようにブーンの脳髄に突き刺さった。
そうして、やがてブーンがそれらの意味を解したとき、彼の両目から取り止めもない涙が溢れだした。


―――――――――――――――――――――――――――――




(;'A`)「……」

ドクオは時折、不安そうに天上を見上げる。
尋常とはとても思えないような地鳴りが響いてくるのだ。
砂塵のようなものも降ってきているような気がする。

彼とクーは、変わらず下の世界で歩を進めていた。
何を見るわけでもない。観光や散歩といえば聞こえがいいが、実際それほど悠長にしてもいられない。
相変わらず、誰とも遭遇する事はなかった。
この空間の、全ての生物がある日突然神隠しにあったかのようにまったくの無人である。

川 ゚ -゚)「ここに入ろうか」

クーの提案に、示す方向を振り向くと、そこには六階建てほどの巨大な建造物。
どうやらショッピングセンターか何かの類のようだ。
ショーウインドウに、衣類らしき奇怪な形をした幾つかの製品が展示されている。




クーの顔を密かに眺めると、彼女が相当疲労している事が伺えた。
それにしても疲れやすい体質のようだ。それも、異常なほどに。
ドクオは沈黙して同意した。少しは疲れていたし、建物の中にも興味を持ち始めていたからだ。

クーに続いて、開け放たれたままの自動ドアから中に入る。
まず、天井が無闇に高い事が目についた。そしてそこ蛍光灯は設置されておらず、
しかし天井全体が薄ぼんやりとした明かりを供給している。
それはドクオに、この世界に最初に来たときに突っ立っていた部屋を彷彿とさせた。

一階は、どうやら衣料品売り場が展開されているようだったが、
やはりどれも人間のためにつくられたとは思えないものばかりだった。
どのようにして着用するのかも分からず、ゆえにドクオはクーが言うクーのいう、
「グロテスクな怪物」について、その姿を想像する事も出来ない。

川 ゚ -゚)「……どうする、上に行くか、下に行くか」

若干息切れしながら、クーがドクオに尋ねた。
彼女にしては珍しい事だ。ここに来るまで全て彼女が独断でドクオを引き回していたというのに。
過度に疲れ果てたため、判断基準さえ委ねてしまおうとしているのだろうか。




('A`)「あ……あ、あの、つ、つかれて、るんじゃ……」

ドクオが怖ず怖ずと進言すると、クーは事も無げに頷いた。

川 ゚ -゚)「そうだな、もうそろそろ死ぬのかも知れない」

('A`)「そ、そんな……」

更に言い募ろうするが、クーは彼を眼光鋭く見遣った。
「何度も言わせるな」。そう、無言で命令しているかのように見えた。
ドクオが口を噤むと、彼女は先に、停止してしまっている下りのエスカレーターに足を乗せた。

まさにそのとき、何の前触れもなく、彼女の左腕から何かがどさり、と落ちた。

('A`)「ああっ……」

ドクオの表情がみるみるうちに青ざめていく。
彼女の左腕から落ちたのは、他ならぬ左腕そのものだったのだから。




それはまるで藁でできていたかのように、余りにもあっけなく、取れて落ちた。
乾いた血の欠片が散らばる。しかし液体は流れ出なかった。
衣服の下に隠れていた彼女の腕は、もう完全に壊死してしまっていたのだろう。

川 ゚ -゚)「……ああ。さっき崖を降りたとき、もうちぎれかけていたからな」

小さく溜息をついて、クーはそれを右腕で拾い上げた。
彼女は少しも悲しまず、驚いてさえいないようだった。
気違いじみたその冷徹さに、ドクオは恐怖を覚えずにいられない。

川 ゚ -゚)「何をしている、はやく行くぞ」

ドクオは泣きそうになりながら、しかしそれでも彼女に逆らう事が出来ず、
涙目で何度も頷きながら、彼女の後をついていった。

一段ごとの幅がやけに広いエスカレーターを降りていくとまず、
巨大なプラスチック製らしきカゴが幾重にも積み重ねられているのが見えた。
どうやら食料品売り場らしいとドクオは予想し、続いて現れた光景に、
その予想はいとも簡単に裏切られてしまった。




緑と紫を混ぜたような色の鱗。
その持ち主である怪物が今、この地階のフロア全体に敷き詰められているのだ。
どれも、寸々たりとも動かず、つまりそれら全てが死体である事がわかる。
死臭のようなモノは漂ってこないが、それがかえって不気味さを増長させていた。

川 ゚ -゚)「これは……」

さすがのクーも驚いたらしく、言葉を失ってしまっている。
とりあえずエスカレーターを最後まで降りきってはみたものの、
そこで二人が出来る事など何もなかった。
ドクオは初めて見る、巨大蠍のような怪物をおっかなびっくり観察する。
腕のあたりが無闇に人間らしい形状をしているのがあまりにも気持ち悪い。

('A`)「あ……」

ドクオは背中のこぶについた眼球を見つけ、身を震わせて後ずさったが、
それが最早完全に白濁し、機能を失ってしまっている事を悟ってやや安堵する。

川 ゚ -゚)「何か、病気のようなものだろうな。兵器でも傷つかない奴らがやられる理由は、
     おそらくそれ以外考えられないだろう。そしてここは……共同墓地といったところか?」




そのとき、フロア中に濁りきった声が響き渡った。

「そこにいるのはだれだあ?」

ハッと二人は振り向いた。
整然と並べられた死体のうちの一つが、口を開いたのである。
正確に言えば、それは死んでいなかった。
無数の脚を動かし、こちらへと近づいてきている。

川 ゚ -゚)「くるな!」

クーが力の限り叫んだ。ドクオは完全に腰を抜かし、その場にへたり込んでしまっている。
怪物は、クーの言葉にあっさりと従って、その場で足を止めた。
そして、背中の眼球で二人を凝視する。その眼球も白く濁っていた。

<○>「こんなところに、なあんでヒトがいるんだあ?」

('A`)「あ、あ……あ、あぁ……」

<○>「ああ、だいじょうぶ、だいじょうぶだあ。おれ、おまえらを取って食ったりしねえからな」




がらがらとした声は聞き取りにくいが、それでも何を言っているかはなんとか理解できる。
どこか弱気な口調であり、しかしクーは憎悪の念をたぎらせてその怪物を威嚇し続けた。

川 ゚ -゚)「嘘をつくなよ。貴様らが私たちにどれだけの仕打ちをしたか。
     どれだけの人を殺したか。どれだけの人が死んでいったか。
     全部お前らのせいだ。わかっているんだろうな?」

<○>「なあんでお前、今でもそんなこと……まあいいやあ。
     それはそうだ。ごめんよお、おれたちの先祖はヒトに悪いことしたなあ。
     でも、それはとっくの昔までの話でさあ。おれたちはヒトと共存していくんだよお。
     現に、この殻の中にヒト専用の空間をつくっただろお?
     まあ、でもそれももう終いだなあ。おれたちはみんな、みいんな死んじまったんだ」

川 ゚ -゚)「この街の怪物は全滅したようだな。いい気味だ」

<○>「そうだよお。たぶんおれが最後さあ。それにおれも、ほうら、目玉がにごってるだろお?
     これが病気の印なんだあ。だからもうすぐ死んじゃうと思ってなあ。
     仲間もみいんなここに集めたし、おれも一緒にねむっちまおうって思って
     本当はもっとちゃんとしたとこがいいんだけど、ここには、余分な場所がないからなあ」




川 ゚ -゚)「……」

ドクオはそれを傍で聞いていた。
そもそもこのような怪物が人語を解し、話す事自体が謎すぎる。
しかし同時に、クーの話が真実であったのだという事を確認できた。

そして、ここはやはり怪物が築き上げた墓場らしい。
この怪物が一人で……いや、他にも生き残りはいただろう……死体を集めたに違いない。
だからこそ、街路には倒れているモノもおらず、一体もいなかったというわけだ。

<○>「おめえ、腕が取れているじゃないかあ、だいじょうぶなのかあ?」

川 ゚ -゚)「怪物に心配される謂われもないな。行くぞ、ドクオ」

クーは未だへたっているドクオを軽蔑の目で見下ろし、そしてさっさと踵を返した。
ドクオは少々驚き、それは怪物にとっても同様だったらしく、

<○>「お、おい、もう行っちゃうのかあ?」

と慌てて呼び止めようとした。




川 ゚ -゚)「これほどつまらんとは思わなかった。怪物がいれば一矢報いようとも考えたが、
     死に損ないを殺しても面白くない」

<○>「……お前、ペットだろお? なんでお前がそんなに、ヒトをかばうんだあ?」

その言葉に吃驚したのはドクオだった。
すぐさましぃを思い浮かべる。ペットは、しゃべる存在ではなかったはずだ。
確かに、モララーが言葉を覚えるというようなことを言っていたような気もするが、
ここまで饒舌になるよう、成長するのだろうか。
確か、寿命を迎えてしまっていたしぃは一切言葉を発しなかったはずだが。

川 ゚ -゚)「私も人間だ。それ以上の理由が必要か?」

<○>「ヒトはペットに酷い事してたそうじゃないかあ。それに……」

川 ゚ -゚)「五月蠅い、ドクオ、行くぞ」

クーは怪物の言葉を早々に遮って、先を行こうとする。
しかしそのとき、初めてドクオは彼女に抗った。




('A`)「お、俺たち……人間は、人間はどど、どうなった、んですか。
    な、なんでこんな……末路、を」

<○>「……そうさなあ」

怪物はゆっくりと話し始める。
遠い昔、自分たちの先祖が人間を殺し、繁栄するようになった事を。

<○>「……最初はみいんな、キチガイだったんだなあ。
     なあんにも考えずに、ただただヒトを殺してばっかりだった。
     でもそのうち、ヒトから生まれるからだろうなあ、知恵を持つ奴も現れたんだ。
     そういう奴らは、ヒトみたいな進化を望んだんだよお。
     長い、ながあい時間が必要だったみたいだよお、そして遂に、知恵を持つ奴らだけの、
     平和な社会が生まれたんだなあ」




川 ゚ -゚)「嘘をつくなと言った。だったら……」

<○>「ところが、それも長くは続かなかったんだなあ。
     なぜなら、知恵を持たない奴が生き残っていたからさあ。
     そいつらはたびたび知恵を持つ者の世界を襲った。子孫を残すため、
     わずかに残っていたヒトを取って殺したりもしていたそうだあ。
     そういう、戦争はそれもまたながあく続いたんだあ。
     それに辟易した、おれたちの少し前の人たちが提案したそうだあ。
     殻に覆われた世界をつくって、閉じこもろう。そしてもう知恵を持たない奴と、
     交わらないようにしようってなあ」

川 ゚ -゚)「そうして殻世界が誕生した……か。そして?」

<○>「そのとき、ヒトをどうしようかって議論がもちあがってなあ。
     このまま野放しにしておくと絶滅しちゃうかもしれないってなったんだよお。
     我々に次ぐ知的生物を絶滅させるのはかわいそうってさあ。
     だから、一緒に殻の中に入れちゃおうってなったのさあ。
     そこで人間達を集めたんだけど、予想以上に抵抗されちゃってなあ。
     仕方ないからちょっとした手術をして……」





('A`)「し、手術?」

<○>「元々ヒトがやってたやつ……確かロボトミーだったかなあ。それの応用さあ。
     それを使って、ヒトをより扱いやすいよう改造したんだよお。
     あとは、人間が快適に生活できるような空間をつくりあげて……」

共存するようになった……そう締めくくって、怪物の話は終わった。
しばしの沈黙が流れた。ドクオはどう反応すればいいかわからなかった。
あまりにも幻想的、フィクションらしいストーリーだ。
しかし、そのようなプロセスを踏みでもしなければこの状況が生まれないことぐらいはわかる。

クーもしばらくは何も言わなかったが、やがてつかつかと怪物に歩み寄った。
そして、右手で拳をつくり、怪物の顔面にめり込ませた。
どす、と鈍い音がした。一向に効いていないらしく、怪物は不思議そうな表情をつくりばかりだ。
むしろクーのほうに痛みは響いたらしく。彼女は苦々しく顔を歪ませた。




川 ゚ -゚)「ふざけたことを……、そんな残虐なことをしておいて、
     自分達は平和を愛しているかのように気取るとはな。ダブルスタンダードもいいところだ。
     カス野郎が」

<○>「でも、でもな、仕方がなかったんだよお。
     それに、お前達人間が逆の立場に立っても、多分おんなじことをしていたと思うぞお」

その理論に、ドクオは妙に納得していた。
それが、下等生物に対する扱いなのだろう。
この怪物は上位の生き物として、人間達を自分たちに適するよう処理しただけなのだ。

<○>「まあ、今となっては取り返しのつかないことさなあ」

怪物は孤独感を漂わせながら、どこか虚ろにそう言った。

―――――――――――――――――――――――――――――




('、`*川「……」

もういやだもういやだもういやだもういやだ。
なんで私がこんな目にあわなければならないの。私が何をしたっていうの。
ジョルジュくんは……なんで私を助けてくれないの。

怪物から逃げまどいながら、ペニサスはしきりに何かを責め立てた。
狂い笑い泣き怒って、そしてまた狂いそうになる。

地震が起こったかと思えば、上空から襲ってきた怪物。
彼らは一様に彼女を捕らえようと迫ってくる。
それらから逃げ続け、さすがにもう疲労困憊してしまっていた。

座り込む。怪物の姿を見つける。また走る。その過程を幾度繰り返した事か。
足取りおぼつかなくなった彼女は、いつしか一つのホールの前にいた。

迷いもせずそこに入る。怪物が、後から迫ってくるのが見えたからだ。




しかしそこにも逃げ場は無かった。
中はどうやら図書館らしく、本棚がいくつかあり、床には本が散乱している。

迫り来る怪物。身を隠すような場所はない。逃げなければならない。
一握り残った、少なくとも正常といえる生存本能だけが働いていた。

ふと壁を見た。そこに光明があった。
本棚で隠されていたのではないかと思われるような場所に、一つ鉄扉が存在していた。

その扉が今、開いている。

・・・

・・




―第十話 「孤人たち」―

从 ゚∀从「……ッ!」

覚醒すると同時に、ハインは反射的に飛び起きた。
慌てた風で辺りを見渡す。背中を汗がつたい、奇妙な寒気がした。
それから、両腕で自分自身を密やかに抱き締めた。溜息が零れる。

从 ゚∀从「あぁ」

虚ろに呟き、やがて腕をほどいた。
そこは変わらぬ殻世界の空間だった。今の彼女にとっては、それが何より安堵の要素となり得る。
彼女はただ悪夢に苛んでいたのだ。それは彼女の精神の根幹を貪るような、
耐え難き悪夢である。やがて彼女は自分の女々しさを嘲笑した。

从 ゚∀从「ったく、こんな時に限って訳わかんねえ夢を見るんだからな」

こんな時。そう口にしてからようやく、周囲の異変に彼女は気付いた。
もう一度周囲を見回す。だが、この複数人が同居するにはやや狭い一室に、
ブーンやしぃの姿はどこにも見あたらなかった。

ハインはベッドから降り、立ち上がって逡巡する。
彼らが消えた事、それ自体はさしたる問題ではない。
むしろ、彼らが何故消えてしまったのかというその理由の方が懸念すべき事項である。
遂に何かが発生したのか。そうだとして、自分は置いていかれてしまったのか。

从 ゚∀从「俺はお荷物だった、ってか」

天井を見上げる。あまりの静寂は世界の終末さえ感じさせた。




この閉塞空間で思考を巡らせてばかりいても仕方がない。
平和的に保護されたここは、外部の状況が全く知れないという弱点に晒されている。
ともかく外に出なければならなかった。

孤独であるが故の寂寞は微塵も感じず、むしろ身軽になったように思えた。
大体、この世界に来るまで、自己決定を優先させてきたのだからそれも当然だろう。
ハインを守る者は誰もおらず、またその必要もなかった。
強いわけではない。野垂れ死ぬ可能性は常に付きまとう。

ハインはただ平然と扉に向かう。そうして、躊躇する事もなくそれを開いた。
外に出て、最初に感じたのはやはり静穏だった。だが、しばらくして遠方からの衝撃音が鼓膜に届く。
住居から抜け出てまず目についたのが崩れたコンクリート片。
そこら中に散乱しており、一種の瓦礫の山を形成していた。

周囲の建造物は、それぞれどこか欠けて崩れ落ちている。
先程の地震では、ここまでの被害は無かったというのに。

見上げれば殻が破れて緑と紫が不協和的に交じった空が露出している。

紫が交じり始めたのは日没のせいか、日の出のせいか。或いは太陽など存在しないのか。
それはハインにとってさしたる問題でなく、むしろ壊れた殻の端々に群がり、そこから次々と落下している、
謎の物体の方が深刻であった。

从 ゚∀从「なんだぁ、ありゃ」

まるで他人事のように言って、ハインはしばらくその降下を眺めていた。
やがて、そんな冷めた視線でしか見つめていなかった自分を危惧し、どうしようもなくて笑みを浮かべた。
おかしい、寝ぼけているためか、どうもいつものように頭が冴えない。




だが、それは遠目から確認できる程度で、ハインには今のところ関係のない事柄だった。
現に、直上の空には最早コンクリート片さえほとんど残っておらず、物体の気配は感じられない。
いや、周りの惨状から察するに、もうこのあたりは蹂躙され尽くした跡なのだろうか。
だとすれば随分素早い仕事だ。確かに、この世界の住人は無闇に無力だが。

从 ゚∀从「……」

人影は見えない。さてどうしたものかと考える。
外敵が襲いかかってくるならば、おそらく安全地帯であろう、住居に引き籠もっておくのも手だ。
だがそうしたところでいつまで保つだろう。ホールが破壊された現在、
そのまま生き延びる事は不可能に近い。
だからといって、逃げ場があるのかといえば、これもまた疑問だ。

しかし、そういえばモララーが言っていた。下の世界が存在すると。
時間稼ぎにもならないだろうが、そこに逃げ込めるならば逃げ込むのも一つの手段である。
これほどの被害が出ているならば、もしや脆弱な足場は崩れきっているのではないか。

そこまで考えて、ハインは行動目的を決定した。
とりあえず逃げてみよう。しかし途中で敵に出くわしては話にならない。
慎重な行動が要された。

歩き出してみる。およそ遠くからの衝撃で、時折地面が小刻みに震えた。
整然たる街並みは、それゆえに恐怖心を増幅させ、それでもハインは笑い声をあげた。
他人に配慮せず、自分の意志で動くことができるという喜びだ。

从 ゚∀从「楽しいねえ、素晴らしいねえ」




音や振動が伝わってくる方向から逃げることばかりを考え、だがそれは成功の様相を呈している。
謎の物体に遭遇することもなく、ハインは順調に歩を進めることができた。
だが、鈍い赤色に塗れた物体を発見したときには、彼女は思わず足を止めた。

地面に横たわるそれは、どうも人の形をしているようであったが、まるで空気を抜いた風船のように、
皮膚だけが取り残されているのである。
つまるところ、本来そこにあるべき臓物や血管といった類のものがすべからく抜き取られているのだ。
まるで中身だけが、皮膚を脱いで出て行ってしまったかの状況。
現に、背中と思しき部分が大きく裂けている。

髪の長さから考えて、どうやら女性らしかった。とはいえ、知っている人物ではなさそうだ。
ハインは皮肉めいた表情を浮かべて、
その、最早人と呼ぶことすら躊躇われる物体に向かって手を合わせた。
そして同時に、かの少年の言を思い出していた。

从 ゚∀从「こういうことねえ」

少年は、怪物は人間を襲って、その人間をも怪物に変貌させると言っていた。
この残留物は、所謂抜け殻といったところであろう。
中身は怪物と成り果て、どこかへ消えてしまったのだ。
SF映画あたりによくありそうな設定である。

从 ゚∀从「……死ぬわけじゃ、ないんだな」

そんな安心を、ハインは図らずも得ていた。
例え襲われても死ぬのではなく、怪物として生存し続ける。
その怪物が確固たる自己であるかは甚だ疑問であるが、何にせよ生きていられるだけ僥倖である。

ハインにとっては、死ななければそれでいいのだ。
大体、過去の世界に於いても、彼女は人並みに生きていたわけではなかったのだから。




そういった『抜け殻』に注視すれば、そこかしこに散見する事が出来た。
生者には一人として出会わない。いつしかハインの鼓膜には、
自身の足音しか響かなくなってしまっていた。

やがて彼女は整列した建造物群を抜けて、やや開けた場所へとたどり着いた。
目の前には階段があり、その上には、ホールと同じような造りをした、
だがそれよりもややスケールの大きい、平屋建ての建物が目の前に鎮座している。
そうだ、ここは役所だ――ハインはすぐに思い当たった。

この世界に舞い降りたとき、最初に立った場所。それがこの役所にある一室だった。
意外と早い原点回帰だ。何も得られずに戻ってきてしまった事だけが悔やまれる。
異なる世界に生きて、少しでも成長できたかと問われれば答えは否であった。
これでは、場末のジュブナイル小説としても成立しない。

ただただ日々は空虚に過ぎていた。出会いはあったが、それが一体何をもたらしたというのだろう。
独りだから、思考が降下の一途を辿るのだろうか。いや、本来の性分がこうなのだ。

後退する事は憚られ、ハインに残された手段は階段を上る事だけであった。
溜息をつき、一段目に足をかける。
今気付いた事は、どうやらこの役所が、殻状空間において最も端に位置するという事であった。
逃げるにせよ、ここで行き止まりなのである。左右を見ると、何やら倉庫らしき建物が散見できた。

从 ゚∀从「ここでまた、収穫と」

階段を上りきって、彼女は自動ドアの前に立つ。




( ・∀・)「おや」

カウンターに、モララーが座っていた。彼と会うのはこれで、三度目か。

从 ゚∀从「また、奇遇だな」

( ・∀・)「奇遇も、二度目になると何か作為的なものを感じますねえ。
      あるいは、私たちは何者かの手によって操られているのでしょうか」

从 ゚∀从「そうだとしたら、ソイツにちっとも面白くねえと怒鳴ってやりたいな」

ハインがせせら笑って周囲を眺望する。
彼以外に人がいる気配は無かった。そもそも初めて来たときも、ここには三人しかいなかったのだから、
あまり人手を必要としないのかも知れない。

从 ゚∀从「しょぼんとか言ったっけ、あいつはどうした?」

( ・∀・)「あちらに……」

モララーは後ろの方を指さすが、やはりそこに誰かいる風は無い。

( ・∀・)「……皮だけ残ってます」

从 ゚∀从「なんだ、もうここは襲われてたのか。よく助かったな」

( ・∀・)「ほら、貴方たちが出てきた部屋があるでしょう? あの前で少し居眠りをしていたのです。
      そうして、気付いてこちらに来たときは、もう事後でしたよ」




从 ゚∀从「へえ。なんでまた、あそこに居たんだ? 俺らが来たってことは、
      もうお前の役目は終わったんだろう?」

( ・∀・)「慣れ親しんでいるからか、あの場所は妙に落ち着くんですよねえ。
      それに、私の役目は完全に終わったわけでは無かったのですよ」

一呼吸おいて、モララーは更に言い募る。

( ・∀・)「確かに種はこの世界にやって来ました。しかし種はいずれ育たねばなりません。
      貴方たちにそういった点で種と言うには論拠が乏しく、
      つまり本当に貴方たちが種であるかが極めて怪しいのですよ」

从 ゚∀从「……俺たちが、不完全だと?」

( ・∀・)「ですが仕方の無い事なのです。貴方たちとてただの人間のようですし、
      何よりたった四人でどうにかなるのであるほど事態が容易いとは到底思えない」

確かにそうだ。ハイン含め、四人は別に戦隊ヒーローでも無ければ、
そもそも正義の味方ですらない。大体ブーン以外は何かしら病的な要素を抱えているわけで、
そんな連中に、この世界に概念として存在する『種』などという役目を果たせるわけがないのだ。

从 ゚∀从「随分饒舌だな」

( ・∀・)「そうでしょうか。何せ暇なものでして」




从 ゚∀从「そういえばお前はここで何をしている?
      さっさと逃げた方がいいんじゃねえのか」

( ・∀・)「受付係も、しょぼんさんもいなくなってしまいました。この上私までいなくなったら、
      誰かが訪れたときに困ってしまうではないですか」

モララーは平然とそう答え、ハインはただ呆れかえるより他なかった。

从 ゚∀从「……お前の常識はよくわからん」

( ・∀・)「それはお互い様というものですよ。私にだって、貴方たちの常識などはかり知れません。
      あれは、確か最初の日でしたか。貴方のお連れの方が、ペットを必死に擁していた」

ブーンのことだろう。『お連れの方』という表現はいささか違う気がするが。

( ・∀・)「あんなもの、私たちの世界では考えられない事ですからね。
      ですがむしろ、種であるのだということを一層感じましたよ」

从 ゚∀从「悪かったな、役立たずで」

( ・∀・)「いえいえ……それに、こうなってしまってはもう、どうしようもありませんからね」

モララーはそう言い切って沈黙した。つられてハインも黙り込んだ。
言葉が無くなると、この空間もやたら静寂しきっていた。




しばらく、ハインは役所の中をぐるぐると徘徊した。
ここにいてもただ手持ち無沙汰だ。だが、出て行ってもやはり手持ち無沙汰なのだ。

从 ゚∀从「なんでこんなところに来たんだろうなあ」

ハインがここに来たところで、何も変わらなかった。
それはこの世界にとっても、ハイン自身にとっても、である。自分の存在はあまりにも無意味だった。
殻世界は変わらず虚ろなままであり続け、今こうして定められたかのように崩壊している。

全てが最初から設定されていたかのようだ、それほどにハインたちは無意味なのだ。
何が『種』だ。ただの劣弱な人間だというのに。
モララーは口をつぐんだままである。そんな彼に、ハインは思い出したように尋ねた。

从 ゚∀从「お前、怪物のことは知っていたのか?」

( ・∀・)「ある程度は教えられましたねえ。私たちにはもう関係のない、
      古代の産物であるというような説明で」

モララーが朗々と語り出す。
怪物には二種類いて、それを簡単に分類するならば、知識を持つか否かである。
知識を持つ怪物は賢く、文明を築き上げた。
そして、知識を持たぬ怪物と幾度となく争いを起こした。
やがて知識を持たぬ怪物は滅びてしまった。そうして、世に安穏が訪れた……。

( ・∀・)「ですがこの状況を見る限り、それらは捏造だったようです」




从 ゚∀从「今襲ってきているのは知識を持たない怪物だと」

( ・∀・)「そう考えるのが妥当じゃないですかねえ。
      というか、怪物という呼び名では無いと思いますよ。具体的には教えられませんでしたが。
      しかしまぁ、何故捏造された知識などを教え込まれたのでしょう。
      こうして、たった少し天井が剥がれるだけで事実は明るみに出てしまうのに」

从 ゚∀从「そりゃあお前、その教育システムか何かをつくったのが当の本人だからだろうさ。
      自己顕示欲のために自分たちのことを教えずにはいられない、
      でも本当の史実は恥ずかしい。
      だから捏造するんだろうよ、高等生物の阿呆が考えそうなことだ」

( ・∀・)「そんなものですか」

从 ゚∀从「そんなものだ、まあ、お前の常識じゃ分からないだろうが」

「ええ、さっぱり」とモララーは頷いた。何か面白くなく、ハインは彼から視線をそらした。

( ・∀・)「貴方も、何か捏造していますか?」

从 ゚∀从「いや、俺はそもそも誰にも身の上は教えちゃいない。
      教えてドン引きされても困るしな」

( ・∀・)「じこ、けんじよくというものは無いのですか?」

从 ゚∀从「聞きたいか?」

( ・∀・)「何せ暇ですからね」




从 ゚∀从「っても、そんなに大したことじゃねえよ。俺には戸籍がない。
      まぁ、この世界で言えばあの番号ってやつかな。
      俺は、自分の存在を他人に認められていなかったんだよ」

( ・∀・)「それは、随分困りそうなモノですがね」

从 ゚∀从「ところが、だ。そんな俺を育てるキチガイがいたんだよな。
      俺は少し前までそいつのところにいたよ。
      だが奴は、あくまで俺を自分だけのモノにしたかったらしくてな。
      ずうっと閉じこめられっぱなしだったよ」

そういった身分の人間は、ハイン以外にももう一人いた。
年は同じぐらいで、名前は努めて忘れる事にしたので覚えていない。
ハインは軟禁されたまま、その男の元で育てられた。
人並み以上の教育も施されたおかげで、無駄な知識は豊富に身についた。

時が過ぎて、ハインは普通ならば中学生というところの年齢にまで成長した。
この頃になると、当然反抗期に入る事になる。
ハインは主人である男に反抗を始めた。
そればかりではない。ハインは教育のおかげで世の中の事を無闇に知ってしまった。

世に出たいと思った。自由に生きたいと思った。
だがかの男はそれを許さず、常に反逆的な態度をとるハインに逆上した。

男の虐待が始まる。それは暴力ばかりでなく、性的なものにまで及んだ。
被害を受けるのはハインだけではない。当然もう一人の少女にもである。
それでもハインは反抗をやめなかった、男の虐待は日々エスカレートした。
ある日、ハインは背中に「雌豚」と大きな焼き印を押された。




いずれ殺されるであろう事を、ハインは察知していた。
それまでにどうにか逃げ出さなければならない。
ここまで来てもまだ、男はハインが自分に従順である可能性を持っていると考えていたようだった。

しばらく、ハインは以前のようにおとなしく振る舞った。
男は安心し、元通りに優しく接するようになった。
それについて、ハインはもう一人の少女にも説得を試みていた。

彼女は反抗する事は一度もなく、だがしかし被虐的な立場にばかり立たされていた。
それでも彼女は最初、ハインの行動をあまりよしとは思っていないようだ。
「何故そこまで従っていられるのか」と、ハインはたびたび彼女に疑問を投げかけた。
「バカだから」とその度に少女は答えた。

男が完全に油断しきったところで、ハインは遂に決行する事にした。
その日、男を殺して少女と共に逃げ出す……その手はずだった。
だが、土壇場で少女が裏切った。裏切りという表現が正しいのかはわからない、
ただ、彼女は「行かない」と宣言した。

そうなってしまっては、ハインにとって少女はあまりに足手まといだった。
だが失敗すればどうなるかわからない。必ず逃走せねばならないのだ。

从 ゚∀从「で、殺したよ、二人とも」

少女を殺したのは男の盾になられては困るからという意味もあった。
だが、それよりも何かどうしようもない憎悪の方が大きかったのだろう。
彼女はあまりにもバカだった。素直すぎてバカすぎた。

男を殺し、ハインは街へ飛び出した。
だが、そんなところで、何も身寄りを持たぬハインが生活できるわけがなかった。
思いつく手段と言えば、テレビで見た援助交際ぐらいである。




一度手にした自由を手放したくなかった。
一人で生きていくためには、それぐらい仕方ないとも考えた。
繁華街で待っていれば、そういったことを目当てとする大人はいくらでも見つかる。
そうしてハインは食いつなぐ事にした。

ある日、いつものようにハインは客を捕まえた。
そしてその時、彼女は世界から忽然と姿を消した。

从 ゚∀从「そんな顛末」

ハインが話し終えると、モララーはしばらくキョトンとした表情で彼女を眺めていた。
しばらくして彼は、「難しいですね」とだけ呟いた。

从 ゚∀从「ああ、この世界じゃ考えられないな」

( ・∀・)「殺した事に、後悔は無いのですか?」

从 ゚∀从「……さあねえ。よくわかんねえよ。あの時はああするしか無いと考えていた。
      今も大体そう思ってるが……正しいかどうかは知らん」

( ・∀・)「まぁ、私が物言える事でも無さそうです」

从 ゚∀从「……話しがいの無い奴だな」

口ではそう言っておき、一方でハインは安堵していた。
無駄に突っ込まれても困るし、今更同情されたくもない事柄なのだ。
それでも話してしまったのはやはり、自己顕示欲故なのだろう。




( ・∀・)「しかし、気の毒ですね」

从 ゚∀从「うん?」

( ・∀・)「せっかく自由を手にしたのに、こうしてまた種として拘束されてしまったわけですから」

皮肉にしか聞こえないが、おそらくモララーはそういう意味で言ったのでは無いだろう。
そもそも彼には、自由という概念がいまいち理解できないらしい。
まぁ仕方のない事ではある。この世界に、正常たる自由などどこにも無いのだから。

从 ゚∀从「まぁ、そうかなあ。でもよ、年食ったらそのうち身体も売れなくなるわけよ。
      そうなりゃ今みたいに生きてはいけない。
      結局野垂れ死ぬんだからなあ、結末としちゃ大して変わらないんじゃないか」

ハインが投げやり気味にそう言った時、ふと、小さな衝撃が地面から足に伝わった。
二人は沈黙して耳をすませる。遠くの方から、徐々に轟音が近づいてきていた。

从 ゚∀从「また、戻ってきたらしいな」

( ・∀・)「この世界を隅々まで歩き回ったんでしょうかねえ」

冷静に会話する。今更焦燥には駆られなかった。
どうしようもない。見つかれば殺される。
見つからなくても、ホールが機能しないのだからそのうち死ぬ。





从 ゚∀从「あいつらに襲われても、完全に死ぬってわけじゃないよな」

( ・∀・)「それはどういうことです?」

ハインはモララーに、かの少年に聞いた事をそのまま告げる。
即ち、怪物は人間を、人間として殺し、怪物として生かすのだと。

( ・∀・)「……それが、どうしたというのです?」

从 ゚∀从「わかんねえか? 怪物として生きれば、おそらく自由だぜ。
      知識を持たなくなるからその分、な」

( ・∀・)「……」

从 ゚∀从「どうせ死ぬなら怪物として生きるのも手段の一つだ。
      そう、思わないか」

ハインは冷笑し、モララーは異常者を見る目つきをした。
轟音と震動は未だ接近し続けている。

―――――――――――――――――――――――――――――




扉の向こうに、下の方へと続く緩やかな階段が存在していた。
怪物はすでに背後にまで迫ってきている。ペニサスに選択は与えられなかった。
血を吐くように絶叫しながら、彼女は鉄扉の向こう側に暗闇に飛び込んだ。

ペニサスにとってはあまりにも不幸すぎる事に、
その通路は怪物が通るにも十分なほどの幅が確保されている。
ゆえにまったく安心などできるわけもなく、事実怪物は彼女の後を追い、階段に脚をかけていた。
図書館から入る僅かな光を怪物の巨大な影が遮るのを視認し、
ペニサスはもう振り向かずに疾走を続けた。

通路は完全に闇というわけではなく、視界は僅かながらに利いていた。
しかし現在のペニサスがその感覚を駆使する事など不可能であり、彼女は何度も躓き、転びそうになる。
そのたびに彼女は怒り狂うように顔を歪ませて立ち上がり、嘔吐欲をこらえながら再び駆ける。

階段が終わって、今度はまっすぐ彼方まで伸びる一本道を彼女は走る。
その道は永遠のように思えた。耳鳴りのように鼓膜を震わせる怪物の叫声が、
もはや幻聴か現実かさえもわからない。
あまつさえ、自分が今何をしているのかさえ曖昧に頭の中で混濁し始めていた。

その中で彼女は、ただ一つ確固たる事実を掴んでいた。
即ち彼女は、どうしようもなく孤独なのだ。




荒い息づかいとともに種々の記憶が吐き出された。
ジョルジュに関する記憶。彼女が今まで大切にしてきた、恋する人の一挙手一投足。
喜び、幸福、微笑み、それら全てが態度を翻し、コバルトブルーに染められていった。
それと同時に気付く。嗚呼、私は愛されていなかったのだ、と。

電波に汚染されていた彼女の脳内領域が、不幸にも正常化しつつあった。
最後に刻まれたジョルジュの表情、今まではそれさえ、恋慕の表情と受け取っていた。
本当のそれは、怒りに満ち、憎しみに溢れていたというのに。
彼のことを知り尽くしていると思っていた。それと同時に、彼も全てを知ってくれているはずだった。
そんな確信や、一度も揺らぐ事のなかった愛情は、築き上げた時間にはあまりにも程遠い速度で瓦解した。

('、`*川「あぁ……」

罪悪感に塗れた吐息が零れた。なぜ私は今まで気付かなかったのだろう。
絶対的な危機に身を投ずる事で初めて気付いた事実、真理。
幸せはどこにも存在せず、あるとすればそれはペニサス自身の狂い具合のみだ。

自分は脳内に出来上がった桃色の花畑で酔い痴れる蛆虫だった。
迷惑をかえりみないストーカーだった、精神異常者だった、ゴミクズだった。
ジョルジュ君の恋人では、無かった。

怪物の足音は断続的に聞こえていた。
身体が大きいためか、通れるにしてもそれほど速く走る事は出来ないようで、
先程よりは少しばかり距離を離す事ができたようだ。

そしてペニサスは、静かに逃走の足を止めた。




途端に猛烈な内臓の蠕動を感じて、彼女は通路に向かって盛大に吐瀉した。
ほとんど透明な液体が彼女の内部を次々と逆流し、付近に激しい水音が響いた。
そうして吐き散らしながら、ペニサスはまともな頭で考えた――屑には似合った姿だ。

足音は徐々に大きくなり、ペニサスはそれを待っていた。
やがてその姿が闇の中から露わになったとき、彼女は歓喜の笑みを輝かせた。

彼女を視界に捕らえたとき、怪物は躊躇するように、彼女と距離をおいて立ち止まる。
急に態度を変えた彼女を警戒しているようだった。
そんな怪物に対して、彼女は平和的な態度で両手を精一杯広げる。
そして、極めて晴れやかに叫んだ。

('、`*川「殺してよ」

それは贖罪であり、彼女自身最期の幸福の追求であった。
ジョルジュに対していくら謝罪しても足らないだろう、死ですら足りるかわからない。
だがそうするしか無かった。少なくとも、ペニサスは死を逃れる権利を持たない。

そしてまた、それこそがペニサスにとって最大の悦楽であった。
ジョルジュには愛されておらず、また自分を蛆虫だと自覚しても、
それでもなお彼の事を愛して止まないのだ。

('、`*川「私が死ねばジョルジュくんは喜んでくれるもの、それが幸せなんだあ。
     だからはやく、殺してよ」




その叫びを、怪物が正確に解するはずもなかったが、
それらはしかし警戒心を解いてペニサスに接近し始めた。
彼女は目を閉じ、足音を聞く。聞きながらジョルジュのことを思うに徹した。

('、`*川「ごめんね、ごめんね。わたし、なんにも気づけなかったよ。
     ジョルジュくん、嫌がってたんだよね、こんな馬鹿なわたしを、嫌がってたんだよね。
     なんで気づけなかったんだろう、それなのにわたし、なんてことしちゃってたんだろう。
     わたしのそばにジョルジュくんはいないんだよね、いないんだよね。いないんだよね……
     ごめんね、わたしもう死んじゃうからね、あんしんしてよ、もういなくなるから、ね。
     ね、わらってよ。あたしこれから殺されちゃうから、わらってよ。
     ゴミクズみたいな私をわらってよ、おもしろいよ、おもしろいから。ね?
     ジョルジュくんだいすきだよ、ごめんね、だいすきでごめんね。
     こんなすとーかーおんな、わらってください、お願いします。お願いします。
     お願い……します」

瞬間、ペニサスの身体が軽々と持ち上げられ、その額に怪物の尾についた針が突き刺さった。
彼女は一瞬硬直し、それから恍惚とした表情を浮かべ、数秒後には無表情になって床に投げ出された。

怪物はしばらくペニサスを眺めていた。
やがてその背中が割れ、中から血液に濡れた五十センチ程の怪物が這いだしてくるのを確認すると、
安心したように背中についた目をいちど瞬かせ、振り返って通路を引き返し始めた。

後に放り出されたペニサスの死体、いや、怪物の抜け殻は、驚くほど滑稽な姿を晒していた。

・・・

・・




―第十一話 「素晴らしき世界」―

無機質に覆われているかのように静寂な地下空間で、未だ二人の人間と一体の生きた怪物、
そして無数の怪物の死体が混在している。
沈黙してしまった生きた怪物から少し距離を置いたところで、
クーは残った右腕を顎に当てて何やら考え込んでいる。
ドクオは彼らの丁度中間あたりで狼狽し、意味もなく徘徊したりしている。

<○>「疲れたなあ」

怪物が、心底疲弊したというような声色で呟いた。
喋り疲れたという意図では、おそらく無いだろう。

亡くなった自分の同胞たちを全てこの地下空間に運び込んだこと、
その過程における仲間の死。そして、最終的に降りかかってくる、ただただ孤独であるという虚脱感。
それら全てが、怪物を――かつて人間を蹂躙して支配下におき、
生物界の頂点に君臨した高等知能生物を疲労させたのだろう。

怪物の白濁した眼球がぎょろ、と動き、クーを見遣る。
そして咳き込むような笑い声をあげた。

<○>「そういやあお前たち、どうやってここに来たんだ?」

だがクーは沈黙し続けている。彼女は、おそらくはあえて無視しているのだろう。
そこに僅かな反骨精神が見て取れるような気がした。




怪物は彼女から聞き出すのを諦め、ドクオに視線を移した。
彼は歯をガチガチ鳴らしながら答える。

('A`)「じじ、じ、地震、地震が、で、地面がくく、崩れ、て」

<○>「そうかあ」

怪物には納得するところがあるらしい。

<○>「やっぱり、随分と老朽化していたんだなあ。
     いや何ねえ。そろそろ境界面とか殻の修繕はしないといけなかったんだよお。
     結局出来ずじまいだったけどなあ。あれは、ちゃんとしておかないと、
     おれ達も、ヒトも困る事になっちまうものだったんだ」

境界面なる単語が、ドクオの言う「地面」と一致する事は間違いないであろう。
死期を悟り、遺言を宣うかのように、怪物は饒舌な語りを見せる。
気のせいか、その声量、迫力が徐々に落ち込んでいるように、ドクオには思えた。

<○>「最期に、ヒトと出会う事になるとはなあ。
     こいつは、何かの報いなんだろうかな。なぁ、そっちのメ……女のヒト」

川 ゚ -゚)「……」

<○>「あんたはどうやら、何もかも思い出しちまったようだなあ。
     おれたちのことも、ヒトのことも、歴史も……ペットだから、な。
     昔は、本当に申し訳ない事をしたと思う。
     でもな、おれたちの祖先にも……プライドがあったんだ。
     この星、いや、この世界……その頂点に立つ者としての、些末なプライドがなあ。
     その結果として、ヒトを虐げ、屠るような結果になっちまった。
     所詮おれたちも、無知だったんだ」




仮にもそれは無知と呼べるのだろうか。
ドクオは、半ば泣きそうになりながら自嘲していく。
そもそも人間だって全知全能では無かったのだ。

その本来はただ子孫を後世に残していけばそれでよい。
それが何やら、生半可な知能を身に備えてしまったから、
他の生物に影響を及ぼすまでに発展してしまったのである。

怪物にとってしてみれば、人間を殺す事など、
アリを踏み潰す程度の所作でしかなかったのかも知れない。
彼らは、この殻世界を構成するほどに卓越した頭脳の持ち主であるのだから。
だが、そんな彼らでさえ、完全ではなかったのだ。

川 ゚ -゚)「今更、どうにかなることではあるまい」

ようやくクーが口を開いた。

<○>「……」

彼女は、ドクオを押しのけて怪物の間近にまで歩み寄る。
そして、不思議そうに彼女を追う怪物の目を見据え、瞭然と言い放った。

川 ゚ -゚)「教えろ、お前の殺し方を」

怪物の目が一瞬だけ見開かれ、そしてまた咳き込むように笑った。




<○>「おれを殺しても、怨恨は晴れないんじゃないかあ?」

川 ゚ -゚)「それでも、腹の足しにはなるだろう。まさか、死を恐れているのか?」

<○>「とんでもない。放っておいても壊れる命さあ」

怪物は無数の脚を折り曲げ、丁度前屈みになるような姿勢をとる。
そして、反り返った尾の先端にある太く鋭い針で、背中のこぶを示した。

<○>「この目を潰せばいい。おれたちの身体はヒトより遙かに頑強だけど、
     ここだけが唯一の弱点なんだな。だからこそ、ここの病気は致命的なんだ。
     物理的な攻撃は、目蓋を下ろせばそれで済むんだけどな」

ドクオはぼんやり立ち尽くして眺めている。クーを止める気には、なるはずもなかった。
全体像は把握できないが、彼女にはこの怪物を殺す動機や権利が十分にあるようだし、
怪物も自らが殺される事をすでに受け入れている。
彼は邪魔にならないよう、一歩身を引いた。

川 ゚ -゚)「ふむ、そうなのか。初めて知ったよ」

クーはそう言い眼球に向かって、先程腐敗して落ちた左腕を右腕で突き出した。
彼女はそれを、力一杯怪物の眼球に突き刺すつもりらしかった。

川 ゚ -゚)「知識を持つ怪物は、これで滅亡するわけだな」

その口調には、復讐を果たす喜び以上に、どこか恍惚めいた快感を含んでいるようでさえあった。



<○>「いやあ、まだ、完全に滅亡したとは言えないんじゃないかなあ。
     上にもおれたちの仲間はいるからなあ」

川 ゚ -゚)「上に?」

<○>「ああ。基本的にはヒトの監視、そして下の世界と連絡を取り合うって職務を担ってるんだ」

川 ゚ -゚)「そいつは、ここに降りてきていないのか」

<○>「あいつは変わり者だったからなあ。
     彼が住む管理スペースは一応居住できるだけの空間に整えられているんだ。
     だから、余程のことが無い限りあいつがあそこから出てくることは無かったな」

引き籠もりか。ドクオは瞬間、状況も忘れて虚ろな笑みを浮かべた。

<○>「そもそもあいつは、人間に異常なまでの関心を抱いていたからなあ。
     ……こちらの連絡係が死に絶えたから戻ってくるだろうとも考えたが、
     結局帰ってこなかったなあ」

川 ゚ -゚)「見捨てたみたいだな」

<○>「ううん、そうかもしれないなあ。あまり騒ぎに関わりを持ちたくない性格だったから」

川 ゚ -゚)「しかし、お前は何でもよく知っている」

クーがある種の期待を込め、皮肉めいた口調で言う。
怪物は一瞬話す事を躊躇するような仕草を見せたが、すぐに白状した。

<○>「ああ。俺は、この世界の管理に属していたからなあ。お前たちのことも、
     歴史も……それこそ、一般大衆には教えられないような歴史もよく知っているよお」




途端に、クーが笑った。狂ったように笑った。
いや、実際彼女は些か狂っているのかも知れなかった。
それは、彼女が左腕を落とした時の反応からしても明らかではなかったか。
大体、狂っているからこそここまで生きているのかもしれないのだ。

ひとしきり笑い声を響かせたところで、彼女は不意にピタリと口を噤んだ。
しばらくの静謐の後に、彼女はぼそりと呟いた。

川 ゚ -゚)「それは、素晴らしいな。お前を殺す価値が上がる」

ごふ、と怪物は痰がからんだような音を鳴らして呼吸した。
ドクオにとっては、怪物が如何様な表情をつくっているのか定かではない。
だが怪物が今、非常に複雑に表情筋らしきものを歪ませているように感じた。

クーが更に一歩怪物に歩み寄った。これでもう、両者の間にはほとんど距離が介在しない。

川 ゚ -゚)「もう、ほざくことは無いか」

<○>「もう……無いなあ」

クーは怪物に左腕を向ける。怪物の背中にある眼は、
その断面を穴が開くほどに凝視し続けている。時間が止まり、やがてクーは言う。

川 ゚ -゚)「せいぜい苦しめよ」

そして、彼女は勢いよく、左腕を怪物の、拳大ほどもある眼球に突き刺した。




重低音の咆吼が轟いた。それと同時に、怪物が脚を一斉に躍動させてのたうち回る。
左腕の突き刺さった眼球からは、白濁とした液体が緑と紫の鱗を伝い、
止め処なく床にこぼれ落ちていく。

あれは、ともすれば怪物の涙なのだろうか。分からない。
だが、その暴れようからして、落涙して余りあるほどの苦痛であることは間違いなさそうである。

クーは、怪物の断末魔を瞬きもしない様子で見つめ続けていた。
まるで一秒でも長く、その憐れな姿を焼き付けようとするかのように、
彼女は決して視線をそらそうとはしない。

その叫喚は一分ほども続いただろうか。けたたましく脚をばたつかせ、
ついには横臥し尾を四方に振り回しながら怪物はもがき続け、そのうち、静やかに動きを止めた。
脚と尾がだらりと垂れ下がり、前部の双眸が閉じる。
ドクオも、おそらくクーも、その時になってようやく、怪物の苦悶と死を確信した。

川 ゚ -゚)「残虐だと思うか」

クーが口角を吊り上げてドクオに問うた。
未だ、その幻のような情景から抜け出せないドクオは、彼女の質問に答える事が出来ない。

彼女の、残っていた右腕さえも今や彼女の身体を離れて、地面に落ちていた。
衝破の反動で、ちぎれてしまったらしい。




川 ゚ -゚)「……昔の話だ」

怪物の死体の前にぺたんと座り込んで、クーは回顧する。

川 ゚ -゚)「怪物共に追われた人間たちは、少数のグループを構成し、辺境で生きる事を決意した。
     その頃にはもう、奴らに都市部はおろか、
     ほとんどの居住地を奪われてしまっていたからな。
     最新の兵器も奴らには無力だったと聞く。物資と土地と矜恃を失った人間は、
     ほとんど原始人のような暮らしを余儀なくされたんだ」

彼女は淡々と物語を綴っていく。まるで自分とは関係のない事と主張するように、
そうしなければ自己が崩壊してしまうのではないかと恐れているかのように。

川 ゚ -゚)「それでも、怪物は時々襲いかかってきた。
     私たちの住処を探索し、執拗に殺戮、仲間の培養をするんだ。
     中には狩猟のように楽しんでいる者もいたかもしれない。
     『いただきます』などと自己満足な規律に従って、
     人間の額に針を刺した者もいたかもしれない」

今クーに腕があれば、彼女はおそらく拳を地面に叩きつけていただろうなと、ドクオは思った。

川 ゚ -゚)「その度に人間はせっかく生活できるようにできた住居を捨てて、
     さらなる辺境を行かなければならなくなる。
     そのうちに精神が壊れるのは、ある種当然だったんだろうな」

彼女の視線が虚ろに彷徨う。




川 ゚ -゚)「私は、生まれながらにして娼婦であり、盾だった」

ドクオは吃驚して彼女を、見つめた。

川 ゚ -゚)「逃亡しているうち、怪物が襲いかかってこなくなったらしい。
     それまでに何十年、もしや百年以上経過していたのかもしれないが。
     そうしてようやく、人間――少なくとも私の所属していたグループは、
     安住の地を手に入れる事が出来た。だが、その時にはすでに遅かったんだな。
     長年の逃亡と、絶望で、狂人と化していた。そんな中に私は生まれたんだ」

膝を折り、クーは体育座りのような姿勢をする。その前に怪物の死体は聳えている。
眼球からの液体の漏出は止まっていた。

川 ゚ -゚)「最初は皆優しかった。私が幼かったからな。
     その時に私は多くのことを教えてもらった。今喋っている内容も、だ。
     そしてようやく一人前になったころ、私は一人の男にあてがわれた」

しばらくの沈黙。二人がほぼ同時に溜息をついた。クーが話を続ける。

川 ゚ -゚)「その男は、どうやら居住地の警備をしているらしかった。
     だが、最早あの男にはそんな能力は備わっていなかっただろうと思う。
     きちがいの眼をしていた。
     私はそこに、彼を守る役目を担って赴いた。しかしそんなもの、
     怪物がほとんど襲ってこないと分かっているあの時となっては、建前でしかなかったよ。
     奴と同居し始めた最初の夜、私は、当然のようにして犯された」

耳を塞ごうと、ドクオは手を動かした。だがその手は、すんでの所で止まってしまった。
クーに見咎められるのも、逃避しようとしている自分自身も恐ろしかった。




川 ゚ -゚)「そんな暮らしが、どれぐらい続いただろうな。
     最初、私は男を、ともすればグループの人間全員を憎んでいた。
     騙されたとさえ思っていたんだ。だが、そのうちに憎悪の感情は消えていったな。
     おそらくは、自分の中で割り切れたんだと思う。これはこういうものなんだと」

歪んだ苦笑を浮かべた。

川 ゚ -゚)「まぁもっとも、そうやって割り切る事が出来るあたり、
     私自身もまた、狂っていたんだろうがな」

クーが立ち上がろうとする。しかし手が無いので、
上手く上体を持ち上げる事ができないようだった。
彼女を支えようとドクオが駆け寄るが、一瞬触れていいものかどうかと躊躇する。
だが、クーはいとも容易くドクオに身を委ねたので、
ドクオは悔恨の念を覚えながら彼女を立ち上がらせた。

川 ゚ -゚)「そうしているうち、再び怪物がやってきた。
     だが、今度は彼ら、襲いかかってこなかった。それどころか人語で宣ったんだ。
     『貴方たちを助けに来ました』と。
     奴らは途轍もなく巨大な飛行機械に乗ってやって来ていた。
     たった百数十年のうちに、奴らは人間が何千年もかけて辿り着いた、
     科学の極致を越えたんだ。おそらく、人間が変貌した姿だから、なのだろうが。
     それに気付いた瞬間に、私たちは奴らへの抵抗の意志をほとんど失っていた。




川 ゚ -゚)「そうして連れてこられたのがあの世界だ。
     そこで人間は手術を受けた。さっきあいつが言っていたことだ。
     感情のほとんどを排し、高等知能生物ではなく、あくまで子孫を残すための存在として、
     生かす。それが奴らなりの保護方法だったんだ。
     そこで問題になったのが、私の処遇だった。
     その頃にはもう、人間として認められていなかった、私の」

ドクオにはすでに結末が読めている。だからといって喚く事も出来ず、
彼は泣くように笑うばかりだ。

川 ゚ -゚)「私……というよりは娼婦という存在が最早習慣化していた。
     だから怪物共も、それを完全に排除する事は難しいと考えたんだろう。
     そこで、ペットというシステムがつくられた。
     私を含め、複数の人間の遺伝子が彼らによって改竄され、
     人間にもっとも従順で、知能もあまり持たないような傀儡へと『改良』されたんだ」

('A`)「……」

川 ゚ -゚)「だが、それにも欠陥があったらしい。ここからは私の推測でしかないが、
     私たちペットの知能や記憶は、誕生していくらかの期間を過ぎると、
     徐々に蘇ってしまうんだ。だから、彼らは寿命を設けた。そして人間に植え付けた。
     一定期間を過ぎたペットを、廃棄するように。
     まぁ生憎私の場合は、先に飼い主が死んでしまった。
     それからしばらくは、曖昧な知能と記憶しかなかったが、悲しむべきか、
     今となってはこのように、何もかも思い出してしまっているよ」




彼女はそこで話を終える。ドクオは彼女の台詞の一字一句を、ほとんど余さず、
記憶の中に刻みつけてしまっていた。

('A`)「わ、わから、わからない」

川 ゚ -゚)「ん?」

('A`)「ああ、あんたが虐げられてきたのは、むしろ、むしろ人間から、じゃ、ないか。
    なのに、何で今、あんなに憎んで、憎んでか、怪物を殺した……?」

クーがまた笑みを浮かべた。だが、さっきとは打って変わった、朗らかな笑みだった。
「さあ、そこだ」クーはドクオの方を向いて、言う。

川 ゚ -゚)「お前の言うとおりだ。私が、私個人が憎むべきは怪物じゃあないだろう。
     むしろ私を娼婦としてしか扱わなかった人間達だ。
     ……最早私にも分からない。私がどうして奴を憎み、殺したのか。
     もうどうしようも無いんだからな」

ははは。はははははははは。はは。あはははは。
乾いた嬌声が空間を満たしていく。

川 ゚ -゚)「教えてくれ、今、私は何故ここまで饒舌なんだ?
     奴と同じように、死期を悟っているのか? 私はそれを知っているのか?
     奴を殺したのは私の本能か復讐心なのか? ならば私は人間なのか?
     何故こんな世界が出来た? 人生とは、もっと美しく素晴らしいものじゃないのか?
     両腕が無くなってしまったぞ、それほど痛まないのは何故なんだ?」

あはははははははは。あは。あはははははははは。はははは。

―――――――――――――――




ブーンは居住ビルの最上階で、ギリギリと歯軋りをした。
その場所からは、大小様々な怪物の動く姿がある程度眺望できる。
幸い、このビルに上ってくる気配はない。彼らは、集団でどこかに移動しようとしているらしかった。
その方向を見、考えた上でブーンは愕然とする。彼らはどうやら、
以前モララーが言っていた「崩れかかっている場所」を目的地として歩いているようなのだ。

ブーンの中にあった目論見が崩れた。
ともすれば、地下空間に逃げ込む事が出来るのではないかと考えていたのだ。
だが、あれほどの大移動をするということは、当然何らかの目的があると思われる。
それが、地下をも侵略するという事である可能性は、非常に高いのではないだろうか。

ならば別の方策を見いださなければならない。
今となってはおそらく、彼らが移動してきた方向へと逃げるのが得策であろう。
では、そちら側には何か安全地帯があるのか。熟考するだけの時間は、
どうやら残存していそうなので、ブーンは知恵を振り絞る。

意外と早く、答えを弾き出す事が出来た。数日前、ハインと共に見つけた鉄扉。
図書館にある、隠された謎の鉄扉である。あれはあの時、確かに閉じられていた。
だが、もう一度確認するだけの価値はあるのではないだろうか。
というよりはむしろ、あそこ以外に状況を打破出来るようなところなど、
一つも思い浮かばないのである。

ハインは大丈夫だろうか。だがそれは、考えてどうにかなる問題ではない。
今は、大丈夫であると、信じるほか無いのだ。
彼女は、自分よりも数段頭が切れるような気がする。ならば。おそらくは。

しぃはブーンに寄り縋るようにして腕に抱きついている。
ブーンの行動理念は最早、彼女を守る事に基盤を置くしかなくなってしまっていた。




( ^ω^)「行くお、しぃ」

小さく声をかけ、ブーンは先程上ってきた階段を下り始めた。
怪物が出現する心配はほとんど無いが、それでも慎重に慎重を重ねなければならない。

街路に出ると、辺りは静まりかえっていた。当然と言えば当然であろう。
怪物はもう遠くの方へ去ってしまっている。仮に人間がいたところで、
危機管理能力に著しく欠けている彼らの事だ、餌食になっているに違いない。
そして餌食になった人間は、その表皮を破り、怪物へと姿を変貌させるのだ。
先程、病院で見た脱皮の瞬間が走馬燈のように脳内を駆け、ブーンの背中に怖気が走った。

(*゚ー゚)「だいじょぶ、だいじょぶ……」

怯えたような声でしぃは、何度も何度も呟いている。ブーンを励まそうとしていると同時に、
自分自身をも安心させようとしているのだろう。
彼女は、どうやらブーンより遙かに怪物の恐怖を知っているらしかった。

( ^ω^)「しぃはどうして、あいつらのことを知ってるんだお?」

尋ねた直後に、ブーンはある種の後悔に駆られた。
この質問をすることは本当に正しかっただろうか。この質問は、何か益をもたらすのだろうか。
しかししぃは、曖昧に首を振るばかりであった。

(*゚ー゚)「わかんない。けほ。オトナに言われた。それだけしかわかんないよ。ごめんね」

申し訳なさそうなしぃの表情に、ブーンは安堵せざるをえなかった。




ブーンの推論は的中し、道中で怪物と遭遇する事は皆無であった。
だが、その代わりに幾つもの人間の残骸――抜け殻と出くわした。
それらはまるで、丸められた巨大なビニール袋のように皺だらけで薄っぺらく、
原形を予想することはほとんど不可能な様相である。
だがそのおかげで、ブーンはあまりショックを受けずに先へ先へと進められた。

途中、何度か辺りを見渡してハインの姿を見つけようとするが、無意味だった。
もしかしたら、今通り過ぎたばかりの抜け殻がハインの成れの果てかもしれないというような、
負の思考が、のべつブーンにまとわりついていた。

ようやく辿り着いた図書館は、外観からしてブーンの知る数日前のそれとは、
全く豹変してしまっていた。自動ドアは倒されて粉々になっており、
入り口はぽっかりと穴が開いたようになってしまっている。
怪物がここを襲撃した事は疑いようのない事実であった。

だが、今その怪物の気配や物音は中の方から聞こえてこない。
ブーンはじっくり耳をすませた後、しぃを先導して足を踏み入れた。

内観は、なお一層酷く破壊されていた。
至る所で本棚が積み重なるようにして倒れており、
床には足の踏み場もないほどに本が散乱している。
中には何か強い力で圧迫されたように、カバーがひしゃげてしまっているものもあって、
おそらくそれは怪物が通った痕跡なのだろう。

そして、件の鉄扉は開放されたままになっている。




いざというところで、ブーンは躊躇した。
もしかしたら、鉄扉の向こうへと怪物が侵入しているのかも知れない。
だが、だからといって後戻りなど出来ようはずもなかった。
ここで中に入るのを躊躇い拒んでも、外を徘徊して生き延びる術は無い。

ホールはその機能を失い、あまつさえ怪物がいつ戻ってくるやも分からない。
レートの知れぬギャンブルではあるが、彼らは前に進む以外無いのだ。
そんな風に言えば、少しポジティブな印象を与えるのかも知れない。
だが現実はそうではなく、むしろ限りなく後ろ向きであるような趣さえある。

しぃの手を引き、ブーンは暗澹たる空間の中へと身を投じていく。
そこそこ幅広い通路にはまず階段が下の方へとのびている。
暗くはあるが、完全に視界が閉ざされてしまうと言うほどの闇ではなく、
外と同様に空間自体がぼんやりと光っているようだ。

階段が終わると、今度は先が見えない程に遠く長く伸びる、一本の通路が現れた。

生物的な要素を一つも見合わせない、
無機質な足音はブーンに、まるで深く荒んだ海底を歩いているかのような錯覚を与えた。

歩行しているうち、ブーンは自分がしぃに全く話しかける事が出来なくなってしまっている事に気付く。
恐怖しているのだろうか。ブーンは考える。しぃが如何なる解答を示すのか、
今となってはもう何も分からなくなってしまっている。
どのような会話が、彼女からブーンが知りたくもない殺伐とした情報をもたらす引き金になるか、
一切不明なのだ。

だからといって、恐怖していい理由にはならない。
しぃを励まさねばならない。慰めてやらねばならない。
ともすれば、そういった自意識過剰な使命感は、
自分がしぃを見下している証拠であるのかも知れないとさえ、ブーンに思わせた。




思考に深く沈んでいたブーンの足下が、不意にぐにゃりを曲がりくねった。
転びそうになって、慌てて体勢を持ち直す。
見下ろすと、そこに柔らかい、何かの塊が存在していた。
それが誰かの抜け殻であるということに気付くまでに、さほどの時間はかからなかった。

悲鳴を漏らしそうになるのを、すんでの所で何とかおさえこむ。
しぃが強くブーンの腕にしがみついた。

ここで誰かが殺されたのだ。更に不安感が増幅する。
この先に、怪物がいるのではないか。そして彼らは、見境も無く自分やしぃを殺すのではないか。
ブーンは懊悩する。肩越しに振り返ってみるが、
もう図書館の光が見える場所では無くなってしまっていた。

今、まさにこの瞬間にも怪物が背後から迫ってきているとしたら――

( ゜ω゜)「急ぐお!」

ブーンは叫び、しぃをつれて早足で進み出した。それはすぐに駆け足へと変わる。
為体の知れぬ焦燥、恐怖、不安定さ、あらゆるものを包含した感情がブーンを追い立てていた。

それから数分ばかり二人が走り続けたところで、ようやく通路の終着点が見えてくる。
図書館と通路を繋ぐそれと同じような形状の鉄扉だ。
ブーンは更に足を速める。息づかいが荒くなる。些末な疲労感は、すでに喪失してしまっている。

彼は猛然と取ってを引っ掴むと、叩きつけるようにして、スライド式のその扉を開いた。




そこは、それまでブーンが持っていた殻世界への印象を一変させるような空間であった。
目の前に、壁一面を覆う巨大なディスプレイが存在する。
それは多数に分割され、様々な映像を映し出している。
映像は全て、殻世界の現況のようであった。だが、未だ正常に表示しているのはごく僅かで、
ほとんどが砂嵐へと切り替わってしまっている。ある種の監視システムなのだろうか。

ディスプレイの下には多彩な機械類が存在している。
映画で見るような、宇宙船のコックピットを彷彿とさせる形態である。
そしてその前に、ソファを意図的に壊したような、いびつな椅子が一つ。

( ゜ω゜)「……」

ブーンは呆気に取られながら周囲を見回す。
右側には巨大な机が存在して、その上にこれもまた巨大なコーヒーカップが置かれていた。
その向こう側には、台所らしき空間が存在しているのだが、
そこに置かれている種々の機械、オブジェクトも規格外の大きさである。
とても、人間が使用するものとは思えなかった。

左を見ると、そちら側には廊下らしき通路がのびていて、
両側にいくつかの扉が設置されている。

そして今まさに、その内の一つの扉が静かに開かれ、
不気味な形状をした怪物が姿を現した。

―――――――――――――――




不意に地響きがして、ドクオは身をすくませた。
クーが笑うのをやめて、暗い眼を左右させる。刺々しい叫喚が聞こえる。

川 ゚ -゚)「ふん、怪物か」

事も無げにクーが言う。ドクオは激しくかぶりを振った。
クーの言説を否定しようとするのではなく、ただ現実を拒もうとしているのだ。
どういうことだ、怪物は滅んでしまったのではないか。
それとも、今し方死んだ彼が言っていた、上の世界に残されたそれであるのか。
だが、その割には怪物の咆吼、そして地響きが大きい……。

やがてその足音は接近してくる。
そして上階……止まったエスカレーターの向こう側から、複数の怪物が姿を見せた。
彼らはまだドクオとクーの存在に気付いていないらしい。

('A`)「う、あ。ああ……」

ドクオが腰を抜かして尻餅をつく。その醜態を、クーが嘲って見下ろしていた。

川 ゚ -゚)「どうした。死ぬのか?」

('A`)「うあ、で、だ。だって」

川 ゚ -゚)「これだけ怪物共の死体があるんだ。それなりに空間も広い。
     そこそこの間、隠れることはできるぞ」




ドクオは何とか立ち上がって、クーの後について地下空間の奥の方へと進んでいく。
両腕を失い、上手くバランスが取れないのか、彼女の足取りは危ういほど覚束ない。
どこまで進んでも無数の怪物の死体が整頓されて敷き詰められており、
確かにこの影に隠れることで、しばらくはやり過ごす事ができそうだ。

川 ゚ -゚)「まぁ、もう死んでも構わないのだが」

クーが、誰に向けるわけでもなく言った。

川 ゚ -゚)「怪物に殺されるのは、あまりにつまらないからな」

二人はとりあえず、一つの怪物の死体に身を隠した。
それと同時、エスカレーターを駆け下りてくる生きた怪物が計三体、視界に映り込んだ。
彼らは歩行しながら睨め付けるように並べられた、自分と同じ形状の怪物を眺め回している。
そしてまた、怒鳴るように叫喚した。

川 ゚ -゚)「あれが、知性を持たない怪物だ」

クーが身を隠し、首だけを突き出して怪物を観察しながら呟く。

('A`)「ち、ちせ、なんで、そんな奴らが、こ、ここ、ここに?」

川 ゚ -゚)「地震で殻が破壊されただろう。あそこから侵入してきたに違いない。
     ……それほどのこの殻に執着していたんだな。当然かも知れないが」

「いい気味だ」と、彼女は吐き捨てた。




そのうち、怪物のうちの一体が今まで以上に激しく唸り、尾を振り上げた。
そして、空中に掲げたそれを、死体に叩きつけたのである。
堅牢な鱗が剥がれ落ちて、赤黒い肉が剥き出しになった。

その攻撃を合図にするように、他の二匹も次々と自らの獲物を決めて、破壊行動を開始した。
手で死体の胴を掴み、尾を叩きつけて壊していく。
そうして完全に粉砕すると、彼らは勝利したように、陶酔した歓喜の声を湧かせるのだ。

クーは、その光景をスポーツ観戦しているような目つきで凝視している。
怪物たちの行動に如何なる意味があるのか、ドクオにはよく分からなかった。
だが、おそらくはクーの言った、「執着心」が関係しているのだろう。
彼らは嫉妬しているのかも知れなかった。
自分たちより更に先へと進んでしまった同胞に対して羨み、憎んでいるのだ。

一体を破壊した怪物は次の標的に視線を移す。
彼らはこの地下空間に置かれた死体、その全てを粉々にするつもりなのだろうか。
彼らの行動理念など知れるはずもない。何故なら、彼らには知能が存在しないのだから。

川 ゚ -゚)「これは、チャンスだな」

もう見飽きてしまったのか、クーはドクオの方を振り返った。

川 ゚ -゚)「今の内に地上へ上がろう。そうしなければ、どうにもならない」

怪物が全てを破壊するつもりならば、いずれ見つかってしまうことは自明である。




地上へと繋がる昇降場所を探さなければならなかった。
唯一判明しているのは例のエスカレーターであるが、
あの周辺には未だ怪物が陣取っていてあまりにも危険だ。

ならば、別のルートを模索せねばならない。
或いは、怪物たちが更に奥まった場所へ進入するのを待つという手段も考えられる。
だがそれはドクオにしてみれば、厳しい待機となることは明白であった。
今、怪物が目の前で破壊活動をしている頃おいに沈着冷静でなどいられるはずもない。

一方でドクオは、クーのたたずまいから、むしろ怪物たちの所作を愚かしいと、
嘲笑しているようなきらいを感じていた。
これもまた、矜恃や本能によるものなのだろうか。
知能のあるそれと違い、彼らに対しては易々と見下す事が出来るのだ。

川 ゚ -゚)「……ここからだと、あまり見通しが良くないな」

ドクオたち二人は、どうやら空間のほぼ中心に位置しているようだった。
四方の壁まで見渡す事が難しいのである。
どちらにせよ、このままとどまっていては怪物たちに発見されてしまうのであるから、
そうならないよう移動しなければならない。それも、できるだけ怪物が接近してこないうちに。

川 ゚ -゚)「とりあえず奴らから離れるように動こう。そうして四方を調べるんだ」

これだけ広いのであるから、昇降場所も数多く用意されているはず
――それはおそらく、二人にとっての共通見解であった。




クーが怪物たちに向かって後方へと歩き始める。
相変わらずおぼつかない足取りで、ドクオは彼女を支えるべきか悩んだ。
しかし、今彼女は一人でどうにか歩けているわけであり、
そんな時に補助を申し出れば咎められるのではないかと思い、結局何も言い出せなかった。

時々振り返り、怪物達に気付かれていないかを確認する。
幸い彼らは死体の破壊にばかり執着していて、それ以外の事は全く目に入らない様子だった。

一方の壁が見えてくる。そしてそこには、上へと続く幅広い階段も置かれていた。
ドクオは歓喜し、クーは息を深く吐いた。とりあえず、地上に上ることはできそうである。
階段の一段目に足を乗せたとき、突如クーの動きが停止した。何事かと、ドクオは彼女を見つめる。

川 ゚ -゚)「ふむ」

クーは自分の足に視線を落としていた。

川 ゚ -゚)「足も、傷んできたようだ」

('A`)「え……」

川 ゚ -゚)「寿命が、身体的影響を及ぼす事も、また確かだからな。こうしてどんどん壊れていく」

ドクオはようやく彼女の本心を悟っていた。
すなわち、彼女は自殺願望に似た感情をを抱いているのだ。
そのうえで、ただ本能と誇りを忠実に守って、怪物から殺される事だけを避けているのである。

ドクオの中に、同情心のようなものが湧出した。
しかし同時に、果たして自分にそんな感情を持つ余裕があるのかとも思っていた。




自分はどうなのだろう――ドクオは自問する。死にたいだろうか。
クーと怪物の口から絶望的な真実を知り、それでもまだ生きたいと願うのだろうか。

死んでも構わないのかも知れなかった。
惨めな身分にまで堕ち、奴隷じみた生活に身を沈めるならばむしろ、
美しく死ぬべきではないだろうか。

川 ゚ -゚)「行くぞ」

クーがそう言い、重たい足取りで一段一段、階段を上っていく。
ついて行きながらドクオは諦観する。とりあえず、今は逃げよう。
そしてそれから、本格的に死を考えるべきだ。クーがもしも自殺を選択するならば、
それに追従するのも悪くは無かろう。どうせ現実に戻ったって、
待っているのは母親の刃。それを避けたとしても退屈な日常しかない。

嗚呼、何故こんな下らない世界に生まれてしまったんだろうな。
こんなに下らなくて退屈でつまらなくて絶望的で歪んでて俺にはちっとも似合わない世界に。

ドクオはふと、壁を殴りつけたい衝動に襲われていた。

一階分の階段を上りきっただけでも、クーの息はすっかり上がっていた。

川 ゚ -゚)「ええ……出口は、こっち、か……」

記憶していた位置関係から算段したのだろう。
クーは、衣料品売り場であるそのフロアを、迷うことなく歩き始めた。




ドクオは安堵しきっていた。それはどこか麻薬の症状にも似ていて、
今までになく彼の足取りは軽く、浮き上がるようでさえあった。
出口が目前に迫っている。しかし次の瞬間、彼より一歩遅れていたクーが鋭く叫んだ。

川 ゚ -゚)「止まれ!」

ドクオは吃驚して肩を震わせ、立ち止まる。そして慌ててクーの方を振り返った。
彼女は茫然と立ち尽くしたまま、彼方を指差していた。その先を目で追う。

道路に面したガラス張りのショーウインドウの向こう側、そこに複数の怪物が群れを成していた。
そしてその中の一体が、こちらに向かって背中の眼球を向けたのである。

ヒィ、とドクオが喉を鳴らしたのと、怪物がショーウインドウに尾を突き立てたのはほぼ同時だった。
ガラスの割れる甲高い音が響き渡る。ドクオは無意識のうちに後ずさって、
後ろにあった移動式ハンガー・ラックに足を引っかけ、倒してしまった。

川 ゚ -゚)「逃げるぞ!」

クーが言い、もと来た方へと走り出す。だが、その走り方はやはりあまりにも頼りない。
ショーウインドウと内部の間のガラスも割られて、怪物が本格的に侵入してくる。
それは全身を震わせるような唸り声を轟かせ、尾を空高く掲げてこちらに向かい、接近してきた。

先程形成されたばかりの、ドクオの自己欺瞞にみちみちた感情の肉塊は、
呆気なく瓦解してしまった。

喉が裂けんばかりに絶叫し、ドクオは階段へ向かって駆けだした。




だが、その時にはもう、クーの体力は限界に達していた。
階段に辿り着いたはいいものの、彼女はもうほとんど自力で足を動かす事ができず、
故にドクオが彼女を補助し、支えてやらなければならない。
涙目になりながらドクオはクーを上へ、上へと運んでいく。

川 ゚ -゚)「すまないな」

クーが、老人のように力無い笑みをドクオに向ける。
だが、ドクオにはそれに応えるだけの余裕が全く無かった。
今はまだ怪物がさほど距離が狭まっていない。
視界に入らないからこそ、こうして悠長に人助けなどができるのだ。

大体、上へ進んでどうするのだ。道に怪物が犇めいている事はおそらく間違いない。
だからどうしようとこの建物からは出られない。

思考の意図が絡まり、ほどけなくなっていく。

川 ゚ -゚)「意外と優しいじゃないか、こんな状況でもなければ、きちんと礼をしたいところだ」

クーの、甘ったるい台詞さえ最早雑音でしかない。
自分はさっき自殺しようと意識を深層へ踏み込んだはずだ。
だがそんな意志は今や完全に崩壊している。

美意識、誇り、死への希望。そういった感性の一切が愚かしく感じられてならなかった。
死ぬ事で自分を美化。それが或いは歴史上、あるいは人格として正しいのだとしても、
自分にそれを遂行するのは不可能だとドクオは悟った。
ドクオという人物はどこまでも薄汚く、腐りきった存在なのだから。




それがどうしたというのだ。ドクオは笑い、消極的感情を一蹴する。
生きたいと思うのは当たり前の感情では無いか。そう思う事が罪なはずもない。

そうして三階と二階の間の踊り場まで到達して階下を見下ろしたとき、
二匹の怪物がようやく視界に入ってきた。顔面の表情筋が一斉にひしゃげ、
歪んでいくのをドクオは自覚した。クーは最早無表情である。諦観しているのかも知れない。

もしかしたら、彼女の内部では、「最期の瞬間に人の優しさに触れて……」などという、
あまりにも陳腐な物語が広がっているのかも知れなかった。

冗談じゃない。ドクオは心の中で、彼女を唾棄した。
実際のところ、それはドクオの独りよがりな思いこみでしかないのであるが、
最早彼には判断能力さえも失われてしまっているのだった。

冗談じゃない、どうしてこいつを助けたせいで諸共死ぬなんて、
キチガイじみた役を演じなければいけないんだ。
ここには誰もいない。いるのは、片輪の障害者だけだ。そしてこいつもそのうち死ぬ。
ならば、誰が俺のこうした素晴らしき振る舞いを後世に伝える?

先頭を行く怪物はすでに二階まで達していた。
このままでは二人とも捕らえられてしまう。ドクオは意を決した。

川 ゚ -゚)「共に死のうか」

クーが朗らかにそう言った瞬間、ドクオは彼女の腹部を蹴り飛ばし、二階の踊り場に叩き落とした。




クーの、愕然として見開かれた眼球と、一瞬視線が合った。
彼女は階段を、音を立てて滑り落ちていく。そして怪物の眼前に、
まるで生け贄として差し出されたかのように転がった。

両脚があらぬ方向に折れ曲がっている。転落の最中に骨折したか、
或いはちぎれてしまったのだろう。

彼女の末路を拝むことも無く、ドクオは再び猛然と階段を駆け上っていく。
肩の荷が下り、彼は今非常に心地よく感じていた。風を突っ切る感覚が、
ゾクゾクとした快感に変わっていくのである。クーを見捨てた罪悪感など、
微塵も思わない。むしろ彼は達成感を味わっているのだった。

しばらく上ってから階下を観察すると、追走する怪物が一匹に減っていた。
もう一匹は、今まさにクーを屠殺し、食らっているところなのだろう。
ドクオはほくそ笑んだ。ある程度の時間稼ぎにはなった。目論見通りである。

('A`)「いいぞ、いいぞ……よし、よおし」

白痴じみた表情で彼はさらに階段を上る。その時、彼はもはやその目的を失っていた。
今自分が、どこに向かって逃走しているのかを忘却してしまっていたのである。
それでもドクオは走り続ける。

彼の視界には、目の前で輝きを放つ金色の馬が映っていた。
空を飛び、楽園へと連れて行ってくれる使者だ。

('∀`)「楽園だ、楽園だ!」

彼は歓喜の声をあげ、なおも走る。




幾度目かの階段を上りきったところで、唐突に視界が開けた。
どうやら、屋上にたどり着いてしまったようである。

いくつかの、キャラクターを模したような遊具が設置されている。
廃れたミニ遊園地といった風体であろうか。どれもこれも錆び付いてしまっていて、
中にはコケのようなものが生えているオブジェさえ見受けられてしまう。

背後から、未だ足音が接近し続けている。
そして、その響きは確実に先程より増加していた。
つまり、ドクオを追う怪物が二体、或いはそれ以上になっているのだった。

だが、今のドクオにとってそれは、些末なことに過ぎなかった。
彼の眼前には未だ金色の馬が浮かんでいる。ドクオはそれに向かって、一目散に駆けていった。

('∀`)「解放されるんだ、僕は解放されるんだ!」

行き着いた先にカタルシスがあると、ドクオは深く思っていた。
この壊れた世界を旅立ち、美しく素晴らしい世界に行けると信じて疑わなかった。
なんて人生は素晴らしいんだろう。彼はもはや狂人だった。

現実、そこには落下防止用の柵があるのだが、
ドクオにはそれが、まさに出発点であるように錯視できたのだった。
金色の馬の嘶きが、彼の鼓膜を揺らした。

('∀`)「ああ、素晴らしいなあ! 人生はすっごく楽しいなあ!」

いつの間にか、五体にまで数を増やした怪物がすぐ傍にまで迫っていた。
その中には今生まれたばかりのような幼体も含まれていて、
それはもしかしたら今し方死んだばかりの、クーの生まれ変わりなのかも知れない。




ドクオは柵を乗り越え、デパートの端に立つ。
彼は金色の馬にまたがる。その瞬間、現実に於いて彼は足場を失い、落下を始めていた。
金色の馬は風を切り、走り出す。同時にドクオは風を切り、墜落していく。

('∀`)「ああ、素晴らしいなあ! すごいなあ!」

ドクオは幾度となく叫んだ。母親の笑顔が浮かんでくるくると彼の周りを回り始めた。
彼は今、幸せの絶頂に立っていた。

何もかもが美化されてドクオの意識下に登場する。殻世界で出会った少女。
共にここに漂流してきた三人。クー。皆笑っている。笑って、彼を祝福している。

('∀`)「ありがとう! みんな、ありがとう!」

彼が墜落していく先の道路には怪物が多数群がっている。
ドクオの姿を認め、落下してくるのを待ち望んでいる。
やがて、彼の意識は朦朧とし始めた。その迷妄を、彼は自分の中で夢見心地と定義づけていた。

('∀`)「ありがとおお!!」

そう叫喚した瞬間、彼の身体は地面に激突した。
瞬間的な激痛に正気を取り戻すこともなく、彼の意識と生命は、即座に消えて無くなった。

・・・

・・




―第十二話 「紅鏡の末路」―

( ・∀・)「あれは、一体なんでしょう」

モララーが、色濃い空を仰いで呟いた。
彼の視線の先……仰角三十度ほどの位置に、赤黒く光る円形の物体が存在している。
そこから浴びせられるものは、モララーにとっては初めての、あまりに強烈な光なのだろう。

从 ゚∀从「ああ、あれは太陽じゃねえか」

( ・∀・)「太陽、あれが太陽ですか」

从 ゚∀从「知らなかったのか」

( ・∀・)「聞いたことはありますが、見たことは一度も」

从 ゚∀从「映画館とか、利用しなかったか?」

( ・∀・)「興味が湧きません」

从 ゚∀从「……そりゃあ、そうかもな」

彼らは役所の外に出て、死を待っている。望んでいるわけでもなく、ただ来るものとして待っている。
先程まで聞こえていた足音は、何故か次第に遠ざかってしまっていた。
「下の世界へ行ったのかも知れません」とは、モララーの言である。

( ・∀・)「なんというか……太陽というものは、あのように醜いのですね」




確かに今の太陽は醜いと、ハインは思った。
様々な汚染物質が空気中に浮遊しているためだろう、
普段神々しく光り輝いているはずのそれは今やどす黒いもやがかかった、
発光する汚物でしかないのだ。

从 ゚∀从「……でもな、本当の太陽はもっと凄いんだぜ」

( ・∀・)「へえ、どんな風に」

从 ゚∀从「こう、なんだ。まずデッカい青空があるんだよ。綺麗でな、雲一つ無い。
      そこにギラギラした太陽が強烈に輝いてるんだ。
      今みたいに、直視できないぐらいに、だぜ。
      それが無かったら、俺らは当然生活できないんだ。
      まさに神様みたいなもんだぜ、あれは」

( ・∀・)「ふむ」

モララーはしばし逡巡するように頭を左右させていたが、
やがて「よくわかりません」と言った。

从 ゚∀从「……ま、実際に見てみないと分からないわな」

( ・∀・)「ところで、ここで立ち止まってていいんですか?」

从 ゚∀从「ん?」

( ・∀・)「幸い怪物はまだ来ないみたいだ。
      今ならまだ、逃げ道を見つけられるかも知れない」




从 ゚∀从「もう疲れたよ、俺は」

( ・∀・)「と、いいますと」

从 ゚∀从「現実に戻ってまた売女やるかね。アレ、楽だけどキツいんだよな。
      お前こそどうなんだよ。逃げないのか」

( ・∀・)「どうやら、この世界の住人はほとんど殺されてしまったみたいですし、
      これからも殺戮行為は続くでしょう。一人で生きていても、仕方がありません。
      だからここは素直に、死を受け入れるべきかと」

从 ゚∀从「殊勝だねえ」

ハインが皮肉るような声を出すが、モララーはまったく動じない。
彼は未だ、どうやら沈んでいくらしい太陽を眺め続けていた。

( ・∀・)「……よくよく見れば綺麗かもしれませんねえ、太陽」

从 ゚∀从「ま、アレ自体は何も変わってないだろうからな。
      変わったのは、この星に住む阿呆ばかりだ」

( ・∀・)「思えば思うほど、無意味な生涯でしたよ。私は何のために生き、死んでいくのか」

从 ゚∀从「思春期みたいなこと考えやがって」

ハインがせせら笑う。
だが、彼にとって、いや、この世界に元々住んでいた人々にとっては深刻な命題なのだろう。
なまじ知能を有しているがゆえに湧き上がる、答えの見つからない空虚な疑念そのものだ。




从 ゚∀从「そういや、お前ら子供産んだりもしないんだったな」

( ・∀・)「昔は、少しばかり産まれていたようですがね」

从 ゚∀从「本来、生物にとっての第一義はそこにあるんだぜ」

( ・∀・)「へえ、そうなのですか」

从 ゚∀从「つーか、これは本能レベルの問題だと思っていたが……。
      ったく、。俺たちの世界じゃ危ない橋渡ってまでヤろうって奴ばっかなのによ」

( ・∀・)「それほど子孫を残したいものなのですか。私にはとんと分かりませんね」

从 ゚∀从「いや、金払う奴は子作りを目的にしてるわけじゃないんだが……な。まあいいや」

ハインは、モララーの性欲の無さに驚いていた。
本来、動物というものは誰から教えられるわけでもなく、交尾にいたるものである。
それすら、殻世界の住人には見受けられないのだ。

从 ゚∀从「……必然的な衰退かもな」

( ・∀・)「必然」

从 ゚∀从「ああ。神様か誰かが、もう人間いらねえって言ってるんだよ。
      怪物がいようといまいと、おそらく近いうちに、人間は滅ぶ運命にあったんだ。
      子孫を残す必要が無いって」




( ・∀・)「思うんですがね、そもそもそんな義務に囚われる必要が無いはずなんですよ。
      私たちは、個々として立派に生きていけばいいんじゃないですか」

从 ゚∀从「あんたがそれを言うかね」

( ・∀・)「ええ。だから、我々のように没個性的、壊れた人間は死ぬべきなんです。
      あなたが言う、必然的衰退ですよ」

ハインの頭に、いつか聞いたレミングの話が髣髴と浮き上がってきた。
彼らは、自らの種を最適な量数に調整するため、自ら死んでいくのだと信じられていたらしい。
だが、後にそれが間違いであると判明した。
何のことは無い、彼らはただ新しい餌場、住居を求めて移動しようとし、
その道すがらで川に落ちたりして死んでいくだけなのだ。
彼らは決して、種族の保存などという大義名分について考えているわけではない。

人間だってそうだ。快楽的目的で交接し、身篭った子は中絶によって殺す。
人口は増加していく。それに伴ってあらゆるバランスが崩壊していく。
高度な知的生命体でさえ、自らの種を守ろうという概念が存在していないのだ。
ただ自己満足を追い求め、生きて死んでいく。
その過程に、たまたま子孫を残していき、結果現代に繋がっているわけではなかったか。

从 ゚∀从「……エゴイズム万歳か」

( ・∀・)「あるいは、そう言えるかもしれませんね」

ハインは静かにため息を落とし、宙を見上げる。

从 ゚∀从「やってられんねえ、どうも」




そのとき、出し抜けの足音に、二人は身を震わせた。
それらは地下のほうから響いてくるように感じられる。
戻ってきたのだろう。二人は顔を見合わせた。

从 ゚∀从「今度こそ、こっちに来るかね」

( ・∀・)「望んでいるのですか」

从 ゚∀从「ああ、もうここまできたら、スッパリやっちゃってほしいもんだ」

ハインはそう言って、下り階段の傍まで歩み寄った。
そして、両手を口にあて、声を枯らして叫んだ。

从 ゚∀从「おおい、怪物どもぉ、さっさと殺しに来やがれ!
      ここに、生身の人間が二人、お前らを待ってるぞ」

太陽が徐々に沈んでいく。あたりは次第に暗澹の中へと没入していた。
ハインはモララーの隣に立つ。

从 ゚∀从「さて、どうするよ」

( ・∀・)「どうしましょうか」

从 ゚∀从「セックスでもするか」

( ・∀・)「はい?」




ハインは嬌笑し、モララーの肩に肘を乗せる。

从 ゚∀从「まぁ、そういう反応だろうとは思ったぜ」

( ・∀・)「何故この場面で、生殖行動を行う必要があるのです?」

从 ゚∀从「んまぁ……目的はそれだけじゃないんだよ、実際」

( ・∀・)「そうなのですか」

从 ゚∀从「そうなんだよ」

沈黙。モララーは戸惑っているようだった。
無理も無い。彼は、性交渉の方法さえいまいち知らないのだろう。
ハインの中で嗜虐めいた感情が湧出し始める。

从 ゚∀从「ここじゃあアンマリだ。あそこに行こうぜ」

( ・∀・)「ど、どこでしょう」

从 ゚∀从「ほれ、あっただろ。俺たちが、最初に来た場所だ」

ガクガクと、モララーは頷いた。
何か、恐怖的体験でもすると思っているのかもしれないなと、ハインは内心ほくそえんだ。
彼女は先に踵を返して歩き出す。

从 ゚∀从「ほれ、さっさと行くぞ。今回だけだぜ、タダなのは」

硬直したままのモララーに、そう怒鳴りつけた。




細い通路を抜けて扉を開いたその空間は、
最初ハインが来た時と変わらぬたたずまいを呈していた。
微妙なノスタルジアさえ心中を駆け巡る。
だが、本来そのような感傷はあるべきではなかった。
彼女にとって、この世界で得た思い出など唾棄すべきほどに瑣末なものだったのだから。

从 ゚∀从「なんか広すぎるが……ま、役所じゃあここが一番閉塞してるっぽいだろ」

( ・∀・)「まさか自分がこの立場に立つ日が来るとは思っていませんでした」

そういえば、とハインは上着に手をかけながら考える。
ブーンをたぶらかせたことがあった。その時、彼は彼らしい純朴な反応を見せていた気がする。
彼がその気になれば受け入れようとも思っていた。
いや、ハインの場合特別ブーンである必要などどこにも無かったのだが。
かわいそうなことをしたな、と嘲笑混じりに自省する。

だが、一方でブーンは安心しているのかもしれないのだ。
彼とて、娼婦と何も変わらない女を抱きたくは無かっただろう。

从 ゚∀从(俺を抱くのは、白痴のオヤジと……こいつらみたいな白痴の住人で十分なんだ)

ハインは扉付近で硬直しているモララーを見遣り、自分に言い聞かせた。




モララーを手で招き寄せる。それから上着を脱ぎ、上半身だけ下着姿になる。
『雌豚』と記された刻印が痛々しく浮かび上がっていた。

从 ゚∀从「そういやお前、キスもしたことないんだよな」

言ってから、なんだか恋愛小説みたいだな、とハインは思った。
そんな雰囲気が自分に似合わないことも、彼女は重々承知している。

( ・∀・)「……その行為に何の意味があるのか、いまいち分かりませんので」

从 ゚∀从「こう、なんだ。愛とか知らないのかね」

ハインが嘔吐するような仕草をしながら言う。

从 ゚∀从「俺は、あんまり好きな言葉じゃないが」

彼女に「愛」を教えたのは紛れも無く、かつて彼女を飼っていた人物だった。
それ以外の愛をハインは経験したことが無い。
家族愛、純愛その他、綺麗な「愛」と彼女はまったくの無縁であり続けたのだ。
これまでも、そしてこれから先、僅かな命の間にも。

どこかぼんやりしているモララーの顔にハインは自らを近づけ、
そして呆気にとられている彼の唇に自分の唇を重ねた。
数秒の沈黙。やがてハインが静かに体を離したとき、モララーは微睡んだ表情でぽつりと言った。

( ・∀・)「……なんだか、果てしなく虚しいですね」

从 ゚∀从「そりゃあ……そうだろうよ」

―――――――――――――――




今ブーンがすべきことは、おそらく自分の浅はかさに対する後悔であろう。
そもそも図書館に隠された鉄扉などというような隔絶された場所の奥が、
この世界に住む人間達の管理下に在るはずがないのだ。そこに怪物が潜んでいる事は、
よくよく考えてみれば当然の事ではないか。妙に幅広い通路も、
彼ら怪物の体格に合わせてつくられたに違いないのだ。

反射的に踵を返した。そしてそのまま、しぃを連れて元来た道へと走り出そうとした。

<●>「待ちなよ」

だが、怪物の人語に立ち止まらずを得なかった。
ブーンにとって、怪物が人間に通じる言葉を発したのを聞くのは初めての体験だった。
してみれば即ち、彼らこそが人間を滅ぼしたという、高度な生命体なのだろう。

<●>「逃げてもいい。逃げてもいいけど、外は怪物で一杯だよ」

怪物の足音と思しき重低音が背後から迫ってくる。

<●>「それに、僕にだってキミたちを追いかけて、
     捕まえて殺すぐらいの体力はある。あってしまうんだ」

振り返る。至近距離に佇んでいた怪物の、
計三つの黒々とした眼球が、笑むように細くなった。




<●>「でも大丈夫。僕はキミたちを、すぐさま食い殺そうなんてしない」

下卑た笑い声をあげる怪物の手がブーンの肩に置かれ、彼は慄然と身体を震わせた。
それから怪物は、彼から離れてモニター前のソファに身体を沈めた。
それは、人間にはあまりに不釣り合いな形状で成っていたが、怪物にはよくよく適しているのだ。

<●>「キミたちには恐らく残念な結果だよ」

モニターを隅々まで眺め回してから、怪物は呟いた。

<●>「キミたちはここまで、逃げ道や救済策を求めてやって来た。
     でも、生憎ここは僕のプライベートルーム兼監視室でしか無い。
     それだけじゃなく、この世界にはもはや逃げ場なんて無いよ」

( ゜ω゜)「そんな……」

<●>「例えばこれが、ある種王道的な小説ならば、
     キミにはある程度の希望が残されていただろうね。キミは種だし。
     でもそんなものは無いよ。これは現実で、あまりにも醜い末路なんだ。
     僕だって、ちょうど困っていたところなんだ、これからどうすればいいんだろうって」

ブーンは膝から地面に崩れ落ちた。その怪物の台詞を全て信用したわけではない。
だが、彼が嘘をつく必要などどこにも存在しないのも事実なのだ。

ブーンの言葉を待たずに、怪物は更に言葉を紡いだ。

<●>「どうだい、ここで一つ、終末への語らいをするっていうのは」




( ゜ω゜)「そんなの嫌だお!」

ブーンが叫喚する。怪物はややめんどくさそうに振り返って、彼を見遣った。

( ゜ω゜)「そんな……僕は、僕たちは生きたいんだお……それに、それに」

ブーンの中で様々な思念が渦巻いて混沌と化していた。
あの世界から消える直前、自分に告白したツンのこと。
同じく種として呼び出されたメンバーの中でも最も親しく、
それでいて最終的には見捨てる形になってしまったハインのこと。

隣にいるしぃのこと。今や生きているかどうかも定かでないドクオのこと、ペニサスのこと。
家族。学校。青空。太陽。家。自分の部屋。

泡沫の如く出現して消えていくそれらは、どこまでもとりとめがなかった。

(  ω )「なんでこんなことになったんだお。
      僕は、僕はどうしてこんな世界にこなければならなかったんだお……」

<●>「理不尽だろうねえ、理不尽だよねえ」

怪物が同情めいた口調で言った。

<●>「それについては、少々謝らなければと思っていたんだよ」

( ゜ω゜)「え……」

<●>「キミたちをあの時代から呼び出したのは、僕なんだよね」




( ゜ω゜)「どうして……そんなこと」

<●>「ふむ。これは少々長い話になるんだけど、まあいいや。最期だし」

怪物は淡々と語り始める。

監視員である彼が殻世界、特にヒトに危惧を抱き始めたのはもう数年前のことになる。
ここに収容された当初、なんとか意思を持って過ごしてきたヒトが、
徐々に個性や人格を失い、ただただ生かされる傀儡と化していったのだ。

その病ともいえる現象は徐々にエスカレートしていき、
遂には生物の根幹に存在すべき生殖本能さえ失わせた。

誰も子供を産まなくなった。当然頭数は減少していく。
それと同時に、ヒトに食料その他を供給するパイプラインにも異常が生じ始めた。
規定数の食料・物品を供給できなくなり、人知れず飢えるヒトが続出したのである。
もはや、彼一人で対応できる範疇を超えてしまっていた。
彼はすぐに、下の世界……怪物達が住まう世界に問い合わせた。

だが、下の世界は人間達に構っていられる余裕など一つも無かった。
未知の病魔が出現し、怪物達を根絶やしにし始めていたのである。
解決策など、無いという絶望的な結論さえ出されてしまっていた。

彼は苦悩した。まさか上下両方の世界に、同時に危機が訪れるとは思っていなかったのである。
しかし、病魔に対して彼ができることなど何も無い。
それどころか、無闇に下の世界へ降りれば自分も冒され、死んでしまうかも知れないのだ。
彼は一人、ヒトの監視を続けることを決意した。




まず、彼はカードによる制限を設けることで食糧供給を安定させようとした。
それはすなわち、あぶれたヒトを切り捨てる方策であったが、
彼にはそうする他どうしようもなかった。

だが、それでは根本的な解決にならない。
次世代へと引き継ぐべき子孫は生まれない。
パイプラインは徐々に破壊され、供給量を減じていく。

彼は最終手段に出ざるを得なかった。

<●>「それがつまり、キミたちを呼び寄せた機械さ」

生かされる、もとい怪物達に「飼われる」ヒトが、
その意義や本能を失ってしまうのではないかということは、
殻世界の創成前より懸念されていたことだった。
何しろ、殻世界に収容されたヒトには、
反抗心や知的活動を抑止するための手術が施されていたのだから。

だが、それに対する根本的な解決策は見当たらない。
知能を持たない怪物がうようようろつき、しばしば小競り合いも発生していたので、
憂慮するだけの時間も残されていなかった。

そこで、一応の善後策として、ある機械の製造が決定された。

<●>「十八歳周辺……つまりは、生殖に適した男女を数百名、
     あわよくばそれ以上の数を過去から呼び寄せる。
     そうすることで、ヒトの世界を持ち直させようと考えられたんだ」




その言葉に、ブーンは呆気に取られる他なかった。
なんと自分たちは、ただ生殖するためだけに呼び寄せられていたのである。

<●>「でも……それすら、失敗した。
     そもそもこの機械を製作した当時から、時間を跳躍する技術には疑問が呈されていたんだ。
     窮地に陥って起動させてみれば……このザマ。たった四人しか呼び寄せられなかった。
     この時、もはや僕は完全に絶望したんだよ。ああ、これでヒトは終わるんだなって」

( ゜ω゜)「そんなこと、勝手に決めつけないで欲しいお! 
      大体、僕たちのことなんて、何も考えられて無いじゃないかお!」

<●>「そうは言うけどね、絶滅寸前の『動物』を保護するために、
     他から生殖活動可能な『動物』を持ってくることは、人間達もよくやっていたじゃないか」

( ゜ω゜)「でも、僕らは……」

<●>「感情がある、とでも言いたいのかも知れない。
     でもね、僕たちからしてみれば、ヒトのそれなんて些末なものに過ぎないんだよ。
     オスとメスを合わせれば、そのまま交合するだろうって話も出てたぐらい何だから」

完全なる蔑視の対象なのだと、ブーンは悟った。
いや、それは蔑視ではなく、彼らにしてみれば当然の対応だったのだろう。
それもおそらく、彼らが人間を真似ることで得た素養なのだ。

<●>「もう、この頃には下の世界との連絡はまったく途絶えていた。みんな死んだんだろうね。
     そして地震が頻発し始めた。これはヤバいなあと一度ここから外に出たこともあったよ。
     案の定ダメだった。殻が崩れた。知能を持たない、僕らの同胞が侵入してきた。
     以上。おしまい。為す術無し」

最後、怪物は自棄的にそう吐き捨てたのだった。




(*゚ー゚)「……けほ。けほけほけほ」

その時、それまでブーンにしがみついたまま沈黙していたしぃが激しく咳き込んだ。
そしてなお一層強く、ブーンの腕を抱き締める。

<●>「……その子、ペットだね」

怪物がしぃをじとりと見下ろす。しぃは怪物に対して、憎悪の念を抱いて睨め付けている。
体調が優れてさえいれば、今にも飛びかかりそうな様相である。

<●>「分かってると思うけど、その子はもうとっくに寿命を越えてしまっている。
     それ以上生きさせるのは酷だよ」

( ゜ω゜)「ペット……しぃは、一体なんなんだお?」

<●>「それは、元々ただの性玩具だったものさ」

( ゜ω゜)「!」

<●>「そういう風な、幼い子供を犯す風習が、末期のヒトには染みついていたんだ。
     それを彼女たちの、ある種のクローンを量産することで殻世界に引き継いだだけの話。
     クローンだから劣化も早い。不具合として、
     過去の記憶を断片的に思い出してしまうこともあるようだね」

(*゚ー゚)「……逃げよう、逃げよう、ぶーん」

しぃが苦しそうに、ブーンに訴えかける。その目は、微かに潤んでいた。

(*゚ー゚)「だめ……かいぶつは、だめ。逃げないと……大きい怪物は……殺され、ちゃう」




<●>「一つ疑問があるんだけど、聞いてくれるかな」

(  ω )「……なんだお」

<●>「これは根本的な問題なんだけどね、すなわち僕らの歴史なんだよ。
     僕らという種族が一体どこから現れたのか、まったく不明なんだよね。
     最初、僕らの種族は全員、知能を持っていなかったんだから。
     勿論、進化論的な体系にも基づいていないし、
     かといって宇宙からやってきたって理屈も適当とは思えない」

(  ω )「そんなこと……僕が、僕が知るはず無いお……!」

<●>「だよねえ。
     ううん、せめてこればっかりは解決して死にたかったんだけど。
     それはたぶん、僕らが何故生殖能力を持っているか、にも関わる筈なんだ」

ブーンは答えない。答えるつもりがまず無かったし、
何より彼との問答が利益になるとも思えなかったのである。
今すぐにでも逃げ出したい気持ちであった。
しかしそれを許さないのがモニターに表示されている映像群である。
そこには、殻世界を徘徊する怪物達が、点々としるされているのだ。

<●>「僕らの生殖能力は、極めて特異でね。
     別種の……人間という媒体を使わないと生殖できないんだ。
     そもそも僕らに寿命という概念は存在しない。ここからして、まずおかしいんだけどね」




<●>「ヒトも、他の生物も、基本的に異性との交接によって子孫を繁栄させる。
     でも、僕らにはそういった手段が存在しないんだ。そもそも、性別って概念さえ無いし」

(  ω )「……」

<●>「僕らがヒトを……悪く言えば食い物にしていけば、当然その数は減少する。
     やがては絶滅してしまうかも知れない。
     ヒト以外を媒介にしての生殖活動は不可能だ。
     そのうち、それこそ病気や災害などで、僕らは死に絶えてしまう」

(  ω )「……この世界を、そういう風に利用すればよかったんじゃないかお」

<●>「そう。ヒトを住まわせたのには、そうした理由も存在していた。
     ある種、牧場のようなシステムでね」

(  ω )「!」

<●>「でも、それは二次的な機能に過ぎない。本来の目的は、
     ヒトを保護することだったんだ、純粋にね。
     僕らは死なないし、殻世界は絶対に安全だとも言われていた。
     だから、キミたちを使うことは非常手段として、だったんだ。
     まぁもっとも、突発的な病魔は驚く速度で浸透したみたいで、
     結局キミたちを使う機会は無かったけどね」




(  ω )「じゃあ……じゃあ、今すぐにでも使えばいいお!
     僕も、しぃも、お前ら怪物のために使えば……!」

<●>「ペットは無理だ、彼らは純粋なヒトではないからね。
     大体、僕らがヒトを媒体にして産み出した幼生は、最初知能を持たないんだ。
     外で暴れている連中と、同じだよ。
     それを、一体どうやって育てていくの。僕一人じゃ到底不可能だ。
     下の世界には、教育システムというのも一応存在しているけれど、
     僕には使い方が分からないし」

どこまでも平坦な口調を貫いて喋る怪物。
彼は意外とすんなりと、諦観しているようであった。

<●>「ああ、ちなみに」

怪物が、今はもう映っていないモニターの一片を尾の先で示した。

<●>「キミと一緒に来た三人だけどね、一人はもう死んだよ」

( ゜ω゜)「え」

<●>「髪の長い女性だ。さっき、キミが通ってきた通路で、ね」

あの、通路で踏みつけてしまった物体。
ヒトの抜け殻だと認識してしまった肉塊。




( ゜ω゜)「……そんな」

咄嗟にハインが思い浮かんだ。
だが、その女性がペニサスであるという可能性も捨てきれないのだ。
ブーンの中で、その二人の女性に対しての序列が存在することは、
否定しようもない事実であった。
共に過ごしていたハインの生存を願う気持ちの方が、当然のように強い。

<●>「もう一人の男性は下の世界に行ったよ。下はここから監視できないから、
     それからは行方不明さ。でも、その後に続くように、無数の群れが下の世界に侵入したから、
     今頃はもう、殺されてるんじゃないかなあ」

( ゜ω゜)「も、もう一人の……もう一人の女の子は?」

<●>「役所の方へ行ったみたいだ。そっちのカメラはすでに壊れているみたいだから、
     映像は受信できない。でも、奴らは各地を行軍しているから、死は近いだろうさ」

すでに膝を落とし、体勢を崩してしまっているブーンに、それ以上のリアクションは出来なかった。
彼はささやかに拳を握り締め、両眼から落涙させるばかりである。
涙滴は床に規則的に落下し、水たまりを形成していく。

<●>「そろそろ、全ての希望を失ったかな」

(  ω )「みんな……みんな、何も罪はないんだお!
      ペニサスも、しぃも、ドクオも、ハインも……!」

<●>「自分が抜けてるよ」




<●>「そう、何も罪は無い。それは僕らも同じだよ。
     僕らは自分の種族を残すために努力してきただけさ。
     客観的に、それが絶対悪だったとしても、主観的には必要悪さ。
     ヒトだって、そうだったろう?」

(  ω )「……」

<●>「ま、君たち四人には同情する。そして謝罪もする」

怪物はブーンの方に向き直り、深々と頭を地に伏した。

<●>「申し訳なかった」

怒ればいいのか、泣き叫べばいいのか、ブーンには分からなかった。
あらゆる感情の表現さえ、現在においては稚拙であるように思えた。
目の前に死が立ちはだかっている。そう遠くないうちに、それを自分は受け入れなければならない。

<●>「……そこで、だ。お詫びのしるしと言っては何だけど、
     キミにとっての最後の希望を提示しよう」

(  ω )「?」

<●>「キミをここに呼び寄せた機械に、逆流機能が付属しているんだ。
     つまり、キミを元来た時間に帰すことが出来る」

( ゜ω゜)「!」




<●>「これは本来の使い方ではないんだけどね。まぁちょっとした応用法さ。
     どうだい、試してみる?」

すぐにでも、とブーンは口にしかけた。だが、すんでの所でやはり躊躇した。
自分だけが帰ってもいいのだろうか。
ペニサスかハインか……どちらかは分からないが、すでに死んでしまっている。
他の二人にしたって、生き存えることは絶望的と考えるべきだろう。
そんな状況にて、自分だけが元の世界へ帰還する……それが、果たして許されるのだろうか。

だが、それにも増して彼の現実逃避欲は強くなっていった。


<●>「ただし、さっきも言ったように、この機械は実に不安定だ。
     もしかしたら誤作動を起こして別の世界に飛んだり、
     或いは肉体がバラバラになって到着することも有り得る」

(  ω )「……僕は……」

ブーンがふらふらと立ち上がる。

(*゚ー゚)「ブーン……」

(  ω )「しぃ……ごめんだお。僕は……僕は、ここから逃げるお」

そして、薄く開かれた目で怪物を見据えた。

(  ω )「帰るお」




彼の精神状態が限界に到達していることは、傍目からも明らかだった。
視線は虚ろに宙をさ迷っていて、怪物やしぃが視界に映っているのかも怪しい。
身体は小刻みに震えていた。涙はとめどなく頬を伝っていく。
しぃが、彼を案じて心配そうな表情をする。
手を握ろうとするが、ブーンはそれを力強く振り払った。

<●>「そうかい。それじゃあこっちの部屋……に……?」

案内しようと腰掛けから立ち上がり、彼は先程出てきた部屋へと続く廊下へと歩き出し、
だがすぐに、その動作を停止した。

<●>「……そうか、そういうことか……」

彼は口の中でぶつぶつと呟き、そしてやがて、嬉々として叫んだ。

<●>「なるほど、そういうことだったのか!」

しぃが吃驚して怪物を見上げた。
ブーンは特別反応もせず、ただ彼の姿を見つめている。

怪物はブーンのほうを振り返ると、それが彼らの笑顔であるらしい、
笑みを浮かべた。

―――――――――――――――




从 ゚∀从(やっぱ、性欲ってあるもんなんだねえ)

ハインは、自分の上で懸命に体を動かしているモララーを見上げて、漠然と思った。
彼女がモララーに、懇切丁寧に何かを教えたわけではない。
ただ少しばかり手引きしただけで、彼は交合の方法を理解したのだった。

从 ゚∀从(不能なんじゃねえかとも思ったが、そうでもなかったな)

時々荒く息を吐き、呻くモララーとは対照的に、ハインはどこか客観的に、
自分と彼が行っている行為を眺めていた。
そもそも彼女が誘ったのではあるが、彼女自身、性行為の際は常にこうなのである。

脱走以来、何人と寝たのかは覚えていないが、当初からハインはほとんど無表情だった。
破瓜の痛みに耐えて以後、彼女にとって交接とは、
何の意味も無い不毛なものでしかなかったのである。

从 ゚∀从(なんか……やっぱつまんねえな。そこらのオヤジ連中と変わらねえ)

その時、モララーが一際大きな吐息を散らした。
どうやら、達したらしい。

何の感慨も得ずに、ハインは身体を離して、肩で息をしているモララーを見遣る。




( ・∀・)「……申し訳ありません、なにやら、途中から意識がぼんやりしてきまして」

从 ゚∀从「そういうもんだ」

( ・∀・)「今は、先ほど以上に虚しいです」

从 ゚∀从「そういうもんだ」

( ・∀・)「そうですか」

从 ゚∀从「ああ」

ハインはそのまま仰向けに寝転がり、天井を見つめる。
白色の空間。ここには、夜が訪れないようだ。
地面が細かく震えている。怪物は、間近まで迫っているのだろう。
今度こそ殺されるに違いない。
ハインはそう思い、達成感に満ち満ちた笑い声をあげた。

( ・∀・)「これが、いわゆる生殖活動ですか。
      話には聞いていましたが」

从 ゚∀从「そうなるな。本来の目的を忘れてる奴も多いが」

( ・∀・)「しかし、怪物が迫ってきている今、意味がありませんね」

从 ゚∀从「皆無だな」




ぽつ、と。ハインの目から水滴が頬を伝い、床に零れた。

从 ゚∀从「……ありゃ」

拭ってみてから呆然とする。何故自分は泣いているのだろう。
死を恐れているわけではない。むしろこれでよかったと心底思っている。
モララーに犯されたことに対しては、そもそも感傷の欠片すら存在しない。
ならば、なぜか。

いや、知る必要は無いだろう。ハインは悟る。
足音は扉の向こう側、そのすぐそこに到達している。
扉が、強引に破られる。

( ・∀・)「来ましたよ」

从 ゚∀从「みたいだな」

咆哮。空気がビリビリと裂けていくような感触を得る。
どうやら、涙の理由を探るほどの時間はなさそうだ。
ならば、この水滴はそのままにしておこう。
ハインは顔から手を離すと、涙はとめどもなく頬を流れ続けた。




( ・∀・)「悔い、というものはありませんか」

从 ゚∀从「どうだろうね。今更、ほんの少しだけ出てきたかもしれん」

( ・∀・)「それは?」

从 ゚∀从「いや、俺は今回の人生は諦めているよ」

視界に怪物の醜悪な表情が映りこむ。

从 ゚∀从「次回、次回があるならせめて……そうだな、死ぬまで貞操を守り抜きたいな」

返答は無かった。
代わりに、肉を裂くような鋭い音が響いた。つづいて、ボタボタと水滴の音。
モララーは先に捕らえられ、殺されたのだろう。

ハインの身体も強引に床からはがされ、持ち上げられる。
怪物に両手でつかまれたのだ。反射的に逃れようとしたが、無駄だった。

彼女はこれまでのことを軽く考えた。
自分を奴隷にしていた飼い主。殺した少女。繁華街の風景。世界。
そして最後に、ちらとブーンのことを考えたとき、彼女の額を怪物の持つ鋭利な針が刺し貫いた。

歪んだ笑みを顔面に貼り付けたまま、ハインは事切れた。

―――――――――――――――




出し抜けに、しぃが泣き出した。
吃驚して怪物とブーンは立ち止まる。
振り返ると、彼女は床に突っ伏し、獣の咆吼のごとく泣き喚いていた。
抑圧されていた感情を、全てぶちまけるかのように。

( ゜ω゜)「しぃ、どうしたお!? 大丈夫かお!?」

慌てて駆け寄り、肩に手を置いたブーンを、
しぃは精一杯の力で抱き締めた。

(*;-;)「行っちゃやだよ、行っちゃ……やだよ!」

( ゜ω゜)「しぃ……」

<●>「まぁ、彼女がそう言うのも無理は無いよ」

怪物が、どこか冷徹な口調で言う。

<●>「ペットだもの。飼い主には忠実で、一方では捨てられることを怖がって……」

( ゜ω゜)「そんな言い方はやめてくれお!」

ブーンが再び叫んだ。怪物は一旦口を噤み、やがてぼそぼそと言う。

<●>「何にせよ、その子はもう長く生きられない。これから先、苦しむばかりだ」

( ゜ω゜)「何か、何か解決策は無いのかお!?」

<●>「無いね。下の世界ならあるいは……だけど」




この時が来ることを、ブーンはしぃに出会った当初から予見していたのかもしれない。
大体、あの時すでに彼女は寿命を終えていたのだから。
それから急激に弱っていっても、何もおかしくはないのだ。

それでも、ブーンは理不尽さを感じざるを得なかった。
彼女はこのままの形でホールから吐き出された。
そしてこのままの形で死んでいく。それはとても、人の死を死んでいくとは言えなかった。

(* - )「けほっ、けほ、けほけほ」

床に、彼女のはき出した血の飛沫が散らばった。
そしてそのまま脱力し、ブーンを掴んでいた腕がだらりと垂れ下がった。

( ゜ω゜)「しぃ!」

肌に触れ、そして、驚く。
彼女は、今や体温をほとんど失っていたのだ。

限界なのだろう。何しろ、弱体化していく彼女を、幾度となく走らせるという愚行を犯したのだ。
それはブーンの責任であった。彼女にむち打ったのは、他ならぬ彼自身なのだ。

しぃを抱きかかえ、その面持ちをのぞき込む。彼女は、
いくつかの感情をぐちゃぐちゃにかき混ぜたような、複雑な表情をしていた。
そこから、かつての無機質さはほぼ感じられない。彼女は、れっきとした人間なのだ。

だがそれはブーンの中における定義に過ぎず、実際彼女は、みるみる衰えているのである。

(  ω )「……大丈夫、かお」

言うべき上等な言葉も無く、彼女に虚ろな声をかける。視線がぶつかる。無垢な双眸。無力な双眸。




(* ー )「ぶーん……死んじゃうみたい、私」

彼女の唐突なその台詞に、ブーンはハッと目を見開いた。

(*゚ー゚)「なんだか、すっごく身体が軽いよ。このまま天国まで飛んで行けそうなぐらい」

( ゜ω゜)「……」

(*゚ー゚)「それに……ブーン、やっと今思い出したよ、全部」

( ゜ω゜)「ぜん……ぶ……」

(*゚ー゚)「うん……けほ、けほけほ。全部。何もかも。クローンである私の、本体の記憶も」

すなわちそれは、彼女が過去、性奴隷だった時代のこと。
全て、思い出したくない記憶だろう。

だがそれ以上に、しぃは自我に似た何かを取り戻したことを、嬉しがっているのかも知れなかった。
その証拠に、彼女は泣き顔の中で僅かに微笑んでいるのだ。

(*゚ー゚)「……ありがとう、ブーン。あの時、私を助けてくれて」

礼を言われる筋合いもない――ブーンは激しく首を左右させた。
彼女を助けるという明確な意志があったわけではないのだ。




(*゚ー゚)「お礼、けほ、言いたかった。
     でも、言えなかった。なんでだろうね、ずっと喉につっかえてた」

今のしぃの饒舌さが、何故かブーンには悲しかった。
彼女自体を否定することは無い。
だが、何か一つの終焉を目の当たりにしているような気分になるのだ。

(*゚ー゚)「……良かった。それだけ、どうしても言いたかったんだ」

(  ω )「……」

言葉にもならず、ただ腕の中の彼女を強く自分に密着させた。
血の気の失せた顔。彼女は急激に生気を失わせていた。

もはや、死者同然といっても間違いないほどに。

<●>「……寿命が近づくにつれて、ペットはヒトらしさを取り戻す。
     でも、そうなったら最後、いつ死んでもおかしくない」

(*゚ー゚)「うん、死んじゃう。もうすぐ」

しぃは気丈に、しかしどこか悲壮感を漂わせながら言った。
また咳をする。血液がブーンの身体に降りかかった。
「ごめんね」と、彼女は絶え絶えに呟いた。




(  ω )「しぃ……僕は」

(*゚ー゚)「行っちゃうんでしょ? 分かってるよ」

へら、と彼女は笑った。
無理矢理の笑顔なのか、純粋なものか、ブーンには判別できない。
彼女は今や、複雑極まりない人間的感情を、ほぼ完全に取り戻しているのだ。

(*゚ー゚)「さっきはごめん、行っちゃ嫌だなんて言って。
     でも、ブーンは帰らないと駄目だよね。この怪物は、なんだか良い人っぽいし」

<●>「……ヒトじゃないけどね」

怪物がどこか呻くように訂正する。

(*゚ー゚)「私、ブーンに会えてよかった……よ」

だらり、とブーンの背中に回していた手が床に滑り落ちる。
ハッとその腕を掴むが、最早熱は無く、彼女は力無く唇を動かし続ける。

(*゚ー゚)「今までずっと、人間として認められなかった……初めてだったよ、ブーンが。
     ロクに喋ることもできなか、った、私を、助けてくれて……助けて、くれて」

もう咳き込む体力すらしぃには残されてなかった。
掠れきった声で、彼女は「でも」と最期の言葉を紡いでいく。

(* ー )「でき、れば。ひと、一つでい、いから。楽、しい思い出。
     作れたら……良か、た……」




目蓋が落ちる。同時に、しぃの身体が重たくなった。
全ての力が失われ、彼女は最後、ブーンに寄りかかるようにして息絶えた。

瞬間、ブーンは声をあげて泣き出した。
長い間過ごしていた仲ではない。たった数日……それだけ。
故に悲しいのかも知れなかった。
また、自分が殺したというような自責の念にも苛んでいた。

何故彼女が死ななければいけないのだろう。
これまで散々な仕打ちを受け、その遺伝子を引き継いだままクローンにされて、
そのうえでなお「ペット」と称されて引きずり回される。
そうして浪費した命は、わずかな期間のうちに果ててしまったのだ。

あまりにも不条理だった。だからといって、誰を憎めばいいのだろう。
結局白羽の矢を立てる場所は、自分自身にしか残されていないのだ。

<●>「……彼女は、幸せなほうだと思うよ。
     他のペットなんかは、あのダストホールで粉々になって破棄されるんだからね」

彼女と同じ形状をしたクローンが、一体いくつ作られ、そして放棄されたのだろう。
考えるだけでもおぞましかった。
その中の、たった一人を助け、そして死に際に泣く自分は……偽善者だろうか。

今になって再び、しぃを助けた時にハインの放った蔑んだ視線と言葉が、脳裏に染みこみ出した。
それでも、ブーンにはしぃに抱いた他と違う特別な感情を、捨て去ることなど出来ないのだ。




(  ω )「……一つだけ、お願いがあるお」

<●>「何?」

(  ω )「しぃを……しぃを、どこかに埋葬してやって欲しいお……ダストホールだけは」

できれば自分の手で彼女を葬りたかった。
だが、それは出来ない。彼女を運んでいる最中にでも外の怪物に見つかり、
諸共食われてしまう可能性もあるのだから。
また、怪物についていったとしても、きっと足手まといだろう。
断腸の思いで、彼は怪物に後を託すしか無かったのである。

<●>「……分かった。でも、確約はできないよ。
     僕だって、そのうち死ぬ運命にあるからね」

今や、ブーンが元の時間に戻るその目的は、現実逃避以外には何もなかった。
それでいい……ブーンは狂いそうになりながら思った。
全てが夢であればいい。
覚醒したときに、何もかも忘れてしまえば済むことだ。
そもそも、それ以外に正常な精神状態に戻る方法が見つからない。

<●>「じゃあ、先に済ませようか。こっちに」

怪物はまた、廊下を歩き出した。
ブーンはしぃを抱き、その後をついていく。




入った部屋は、真っ白いただの空間だった。
灰色の床の中心部に、半径2メートルほどの円形に白線が描かれている。
ただそれだけで、他には部屋の隅に一つ、コンピューターに似た装置があるだけ。

その円の中に、と怪物に言われ、ブーンは静かに歩み出した。

しぃを連れて行くわけにはいかない……そう気付いて、
彼は壁を背に彼女を座らせる。
そうしていてさえ、彼女は愛くるしさを失っておらず、まるで人形のようだ。

怪物は装置の前に立つと、二本の腕でそれを器用に操作し始めた。
やがて、細かい電子音が部屋中を満たし、そのうちに地面が発光を始める。

<●>「……僕、思うんだ」

不意に怪物が口を開いた。

<●>「僕たち知能を有する者と知能を持たない者の違いさ。
     そもそも、当初は皆知能が無かった。でも、そのうち必然的に身につけたんだよ。
     最初は簡単なものだったんだろうね。
     例えば、ヒトを効果的に捕まえる方法だったり、ヒトの軍隊を退ける方法だったり。
     ちょうど、ヒトが火を覚えたのと同じでさ」

(  ω )「……早く作動させてくれお」

<●>「起動はした。あと少し時間がかかるよ。だからさ、まぁ、聞きなよ」




<●>「そのうち彼らはどんどん頭がよくなった。僕たちのベースとなる身体は人間のものだからね。
     それも効果的に作用したのかも知れない。
     で、何故僕たちが人間を媒介にしたかって話だけど。
     たぶん、そうするしか方法が無かったんだ。もしくは、それが最良の選択だった」

<●>「異性との交接をしないのは、たぶん最初の時点で僕らの種族は、
     単一でしか存在してなかったからなんだ。だから、仕方なく他の種族を媒介にしたんだ。
     長い長い年月の中で……いずれ滅ぶことも予見しながらね」

<●>「これで、僕たち知能を持つ種族は滅ぶ。知能を持たない者も、ヒトがいないんだから、
     やがては絶滅するだろう。でもそれでいいんだ、それで。
     大切なことは、僕たちという種族が、ヒトに代わって歴史を重ねたことなのさ」

(  ω )「歴史を……」

<●>「そう、歴史を」

怪物が、じりじりとブーンににじり寄る。

<●>「積み上げた歴史は、そのまま矜恃に繋がる。
     僕らが歩んだ果てしない歴史は、間違いなく誇れるものだよ」

零距離。

<●>「そのための礎を、僕は作らなければいけない。歴史の終止符として、ね」




突然、怪物の腕が伸びてブーンを掴んだ。
彼が驚く間もなく、その身体は持ち上げられる。

( ゜ω゜)「な、何……」

<●>「キミが、この星に生まれた僕らの種族の、第一号だ」

( ゜ω゜)「!?」

<●>「つまりこういうことだよ。キミをこの針で刺して、幼生を誕生させる。
     そのまま逆流装置に乗せる。
     元の時間に帰ったキミは、やがて、どんどん生殖行動をして増えていくのさ。
     僕ぐらいの大人になるまで成長させればもっといいんだけど……あいにくその時間はない。
     それに、最初僕らに知能が無かったという歴史とも、辻褄が合う」

騙された。
そう気付いたとき、もはや何もかもが遅かった。
悲痛な表情を浮かべ、ブーンは喚こうとするが、先程泣き腫らしたばかりなので、
どれだけ絞り出しても、乾ききった声しか出てこない。

ブーンはしぃを見遣る。

<●>「大丈夫、彼女はちゃんと埋葬するから」

( ゜ω゜)「そんな……の、無い……お、酷い……」




<●>「そうかもしれない。でも、僕にとっては歓喜の瞬間なんだ。
     何しろ、この手で自分の種族の歴史を、幕開けさせることができるんだから」

怪物は躁病的な高笑いをする。
尾の先端がブーンに迫る。彼はもがいて逃れようとするが、怪物の力に敵うはずもない。
それでも、彼は諦められなかった。

かつて、自分はもしやこの殻世界を救うヒーローでは無いかと考えていた時期があった。
だが、真実はその逆ということになる。すなわち、自分は、多くの人間を虐殺し、
増殖する怪物の原初……いわば大罪人であるのだ。その事実が受け入れられなかった。
その時、周囲がより強く輝き始めた。「時間か」と怪物が呟く。

<●>「それじゃあ、頼んだよ……お父さん」

ブーンの額に針が突き立てられた。
瞬間、彼は夢を見始めた。

全ての人間を殺していく夢だった。
その中には母親がいる。ツンがいる。ドクオがいる。ペニサスがいる。ハインも、しぃも。
皆、自分に恐怖の表情を見せて逃げていく。
制御できない彼の身体はそれらの人間を追いかけ、捕まえる。
そして、狂ったように叫ぶ彼らの額に、次々と針を刺していくのだ。




こんな終わりがあってなるものか。ブーンは夢の中で喚いた。
同時に、夢よ覚めるなとも懇願した。
この夢が果ててしまえば、それはつまり自分が死ぬということである。

人々を殺していく。一人殺すたび、怪物と化したブーンの身体は満面の笑みを浮かべる。
それはちょうど、初めて自分の子供と対面した人間のように。

そのうち、夢が混濁し始める。
全てが迷妄の中に消えていき、霞がかったようになる。
死ぬのだ。ブーンは直感した。この走馬燈めいた夢の先に、死が待っている。

もう、どうにでもなればいい。
どうせ自分は死ぬのだ。消えて無くなるのだ。
その後のことなんか知らない。怪物になるならなっちまえ。

殺してしまえ。どいつもこいつも殺してしまえ、殺してしまえ。
殺して。

・・・

・・








―エピローグ 「ファンファーレ」―

その瞬間、ツンは顔をそむけていた。
ブーンに告白されてしまった……それが自分の妄想か、或いは現実か判断できなかったのである。
何故なら、彼女もまた、ブーンのことを密かに想っていたから。

ξ////)ξ(え……どうすればいいの、私……)

とてもブーンを直視できそうに無かった。
いつも気丈に振る舞っている彼女であるが、こんな時はどうしても尻込みしてしまう。

だが、言わなければならない。
彼女は意を決した。

ξ////)ξ「私も、ブーンのことがっ!」

だが、そこにブーンは存在しなかった。

ξ゚⊿゚)ξ「……え?」

足下から血生臭いにおいが漂う。
見下ろすと、そこに引き裂かれた衣服と血に塗れた肉塊。
そして、サソリにも似た怪物が、やけに人間じみた両腕を掲げてツンを睨め付けていた。




ツンが悲鳴をあげるよりも先に、怪物は彼女に飛びつく。
そして、反り返った尾の先端に付属する、巨大な針をその額に突き刺した。

ガクガクとツンの身体は痙攣し、やがて力無く崩れ落ちる。
怪物は、一連の動作を済ませると床に飛び降り、そのままじっと佇んでいた。

彼女の身体が背中から引き裂かれ始める。
程なくして彼女の体内から飛び出したのは、形状のほとんど変わらない、
硬質の鱗に大量の血糊をこびりつかせた怪物であった。

二匹の怪物は互いの姿を見るや、大きく奇声をあげた。
高らかに。まるで祝福をしているかのように。
そうしてそのまま、彼らは連れだって歩き出す。

この時、彼らは新しい歴史の創成者として、世界に迎え入れられたのである。
彼らが地球上の人間をほとんど全て殲滅し、
自らが高度知的生命体となって、この星の支配者となるまでには、
まだまだ気の遠くなるような時間がかかるのである。

・・・

・・



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